#44 恐竜時代で放課後を
母船から降りた俺は、松林でツキと合流した。
「博士の船、新しい持主が見つかるまでタイムパトロールが引き取ることになったんだってさ。ツキのほうは?」
「動物たちは無事だって。デイノニクスも、ハボロダイオウイカも、みんな。マキナは今、船内の地図を作ってる」
「そうか……よかった」
俺は胸をなでおろした。
夕焼色の浜を並んで歩く。水平線に日が沈もうとしていた。博士の船が沖合に停泊しているのが見える。
ツキが立ち止った。どうしたんだろうと顔を覗き込むと、ツキは目を伏せて、少し恥しそうに髪を解いた。解いたそばから、ピンクがかった髪が海風になびいた。
俺の手を取り、青いリボンをそっと返してくれる。
「羽揺。君のおかげで大切なことを思い出せたよ。本当にありがとう」
俺はハッとした。波の音が遠くに聴こえた。空がずんずん暗くなってゆく。
マキナさんとは四年後にもう一度会える。だけど、ツキとはこれでお別れなんだ。そう思うと、途端に心細くなった。
すぐさまリボンのゴムを手首に通す。四次元ペンダントを外して、ツキに握らせた。
「こちらこそ。ツキのおかげで、すごく勉強になったよ。この五日間で、数えきれないほどたくさんのことを教った。信じられないような体験もできた」
ツキは微笑みながら、ペンダントを首から下げた。緑色の宝石が仄かな明りに透け、黄緑色の影を作った。
「四年後、マキナと会いに行くよ」
ツキが言った。その言葉の意味を理解して、俺は嬉しくなった。
「ああ、待ってる。試験、頑張れよ」
星空の下で俺たちは固い握手を交した。ツキは幸せそうに笑った。
*
暗い廊下に立ち、深呼吸をする。紙束を胸に、俺は扉をノックした。
「何?」
しばらくすると、くぐもった声が聴こえた。「穂乃香の部屋」と書かれたドアプレートが揺れる。
「まだ日も昇ってないじゃない」
目をこすりながら姉ちゃんが出てきた。欝陶しそうに言われて、俺はちょっと反省した。
「ごめんなさい。できるだけ早く渡したくて」
俺は紙束を差し出した。
「これ、来月の原稿」
「ゲンコー?」
首をかしげ、姉ちゃんが面倒くさそうに頁をめくる。そして、寝ぼけまなこをだんだんと見開いた。
「どうしちゃったの!? 〆切前に出してくるなんて」
驚き半分、喜び半分といった表情で俺と原稿を見比べる。俺は得意になった。
「実は俺、長篇も書いてるんだ」
「へえ、どんな話?」
姉ちゃんを部屋に招く。俺は机の前に坐り、一冊のノートを取り出した。彼女が「あっ」と声を漏らす。
水色の表紙に蝶の絵が印刷されている。
「主人公の高校生が、変幻自在の動物に出会うんだ。その動物は、自分の本当の姿がわからない。主人公はいろんな時代を旅して、動物の正体を一緒にさがしてやるんだ」
ノートを開く。そこには俺の字で新作の素稿が書かれていた。
「ふうん……面白そうじゃん」
姉ちゃんが意味深長に微笑んだ。
朝日が町を照し出した。網戸から涼しい風が吹き込んでくる。壁に掛けられた青いリボンがひらひらと揺れていた。
恐竜時代で放課後を(終)




