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恐竜時代で放課後を  作者: 半ノ木ゆか
第8話 船内博物館
43/45

#43 ツキとマキナさん

 二人で階段を駈け登る。


 外へ飛び出すと、銃声が響いた。ツキの四次元ペンダントが砕け散った。ツキが体を強張こわばらせる。


 前方の空中に黒い人影と一台の車が立っていた。万化銃の銃口をこちらへ向ける博士と、マキナさんだった。


 ここは船の甲板だ。船体が透明になっているので、空中に立っているように見えるんだ。遥か下で魚たちが群れている。鏡のような肌が日差を照り返していた。


 目の前をよく見ると、ひらひらとした屑のような物が海風に流されている。四次元ペンダントは粉々になったのではなく、灰になってしまったんだ。


「トキ。今、お前の眉間に狙いを定めている」


 黒いコートが旗めく。外套の裂け目から日光が洩れる。ツキも俺も、人形のように止まっていた。


「トゥキ様」


 博士の背後でマキナさんが呟いた。その背後に入道雲がそびえている。


 階段から続々と車たちが昇ってきた。未来のマキナさんもユウさんも、黒いバイクもいる。


 真昼の太陽に照らされて、一筋の汗がツキの首で光った。


「……マキナさんを返せ」


 俺は言った。ツキが体をぴくりと揺らした。


「生物学者なら知っているだろ。生き物には個体差があるんだ。同じ種の生物でも、一匹々々、個性がある」


 喉から言葉が溢れてくる。


「機械だって同じなんだ。あなたの目には、みんな同じ車に見えるかもしれない。だけど、一台々々、性格が違う。考えることも違う。抱えている思い出も違うんだ。簡単に盗んだり、壊したりするな!」


 博士は何も言わなかった。静かに万化銃を握り直し、まっすぐと、ツキに狙いを定める。


「先生」


 バイクが博士に呼びかける。


「今から別の時代へ逃げて、一体何ができるのですか。法を犯してまで研究を続けて、その先に何があるのですか……」


 博士は狙いを変えた。万化銃から薬品の入った弾が発射される。銃弾は俺たちの背後の船体に命中した。


 炎が上がる。


「どうぶつたちが!」


 車たちがどよめき、悲鳴を上げた。ツキが目を見開く。


 博士は言い放った。


「鳥の一千羽、車の一万台がどうした。個体差など揺らぎに過ぎない。代りは幾らでもあるのだ」


 俺たちを尻目に、マキナさんに乗り込んだ。


「さあ、出発しろ。行先は二億年後の超大陸だ。人間は絶滅していて一人もいない。誰にも邪魔されず研究に没頭できるだろう」


 しかし、マキナさんは動かなかった。博士が繰り返した。


「おい、聞いているのか。さあ動け」


「動きません」


「なんだと」


 博士が驚く。


「私はあなたの物ではありません。あなたの言いつけには、これっぽっちも従いません」


 コートを翻し、マキナさんから降りる。


「機械が人間に逆らうな!」


 万化銃を取り出した、博士の手をツキが払った。そのときの衝撃で博士がどさりと倒れる。万化銃はくるくると回りながら透明な甲板を滑った。


 万化銃が止まった。ツキがそれを力いっぱい踏み潰す。ガラス製の銃は簡単に砕け散った。薬品の附着した部分だけ、甲板が変質する。灰が風に吹かれ、金属の船体が露出した。銃は跡形もなく消えた。


 博士が顔を上げる。ツキはそれを見下ろした。真白な髪が風をふわりとはらむ。青いリボンが風になびいている。リボンは黄ばみ、毛羽立っていた。


「僕の家族に手を出さないで」


 ツキがきっぱりと言った。博士が眉間に皺をよせる。


 その時、空の彼方から何かがやってきた。


「タイムパトロールだ!」


 俺は指差した。車たちが歓声を上げる。ツキとマキナさんが空を見上げて微笑んだ。


 マキナさんと同型のパトカーが甲板の上に何台も降り立った。パトカーの中から一斉に色とりどりの蝶が羽ばたく。ツキはマキナさんに寄り添い、その様子に見とれていた。


 蝶が次々に人間へと変身する。隊員たちは無言で銃を構えていた。あの女性隊員もいた。みんなの先頭に立って、博士を見据える。


 博士は歯を喰いしばり、俺たちを見た。マキナさんもツキも俺も、彼を睨んだ。


 眉間の皺がのびた。博士は崩れ落ちて、観念したように両手を上げた。



 俺たち三人は、タイムパトロールの母船のなかにいた。


 俺は椅子にかけていた。隣にはツキがいる。そのまた隣にはマキナさんがいる。この会議室で待っているように言われてから、かれこれ三十分が経っていた。


 正面の扉が自動で開いた。部屋に入ってきたのはあの女性隊員だった。彼女はこの隊を取り仕切っているようだった。俺たちの顔を一人々々確めるように見てから、隊長は言った。


「あなたたちの無実は証明されました」


 俺はほっと溜息をついた。ツキとマキナさんも同じようだ。


楢原ならはら羽揺くん。あなたは二十一世紀に帰るのですよね」


「はい、帰ります」


「問題は、ツキさんとマキナさんです」


 隊長のことばにツキの顔が強ばる。マキナさんも光を弱くしてツキに寄り添った。


「ツキさん。私たちの調査によれば、あなたは飛鳥時代の日本にトキとして生れました。そして、五歳になった夏。博士に捕えられ、船の中で人間に変身し、マキナさんと出会いました」


 ツキは、その言葉をひとつひとつ、ゆっくりと飲み込むように聞いた。それから首肯した。


 隊長は芯の通った声で言った。


「選択肢は二つあります。トキに戻るか、人間として生きるかです。いずれにしても、マキナさんは本来タイムパトロールの所属です。このあと、私たちが責任をもって引き取ります」


 俺はカチンと来た。隊長は、二人がお互いのことをどんなに大切に思っているのか、知らないんだ。マキナさんの意向をはなから訊かないだなんて、許せない。


 俺が席を立とうとした時、ツキが意を決したように言った。


「僕も、タイムパトロールになりたい」


「……えっ?」


 マキナさんがきょとんとする。俺も意味がわからなかった。


 隊長がこくこくと頷く。


「志望動機は?」


 ツキは、隊長の目をまっすぐ見据えて言った。


「仕事の様子に、心を動かされたからです。人間と機械が協力して、大きなことを成し遂げようとしているふうに見えました。お互いに、頼りっぱなしでも従いっぱなしでもありません。その関係を、とても素敵だと感じたんです」


 俺はツキを見て目を疑った。髪の毛先がみるみるうちに染まってゆく。やがて、オレンジがかったピンク色に変った。


 隊長が無言でつづきを促す。


「生物や機械の知識には誰よりも自信があります。入隊したらきっと活躍できます」


 そこで一度口を噤む。それから、言葉を選ぶようにゆっくりと言った。


「それに……僕は、マキナと一緒に暮したいんです。千年間、ずっと一緒にいたんです。別れるなんて……考えたくありません。だから、お願いします。マキナと一緒に二十二世紀へ連れて行ってもらえませんか」


 部屋の中が静かになった。マキナさんの車内で色とりどりの光がまたたいていた。


 隊長が厳しい目で言った。


「必要なのは、生物学と工学の知識だけではありません。法律のことも知り尽くしていなければなりません。入隊には試験もあります」


 ツキがうつむいた。隊長がつづける。


「それでもやりたいというのなら……この船に残りなさい」


 ツキは顔を上げた。マキナさんを見つめて、ぽかんと口を開ける。


「トゥキ様!」


 マキナさんがツキに飛びついた。


「マキナ!」


 ツキはマキナさんを受け止めた。部屋の扉が開き、マキナさんと同型の車たちが雪崩込んできた。バイクも、改造された車たちも一緒だ。未来のマキナさんもユウさんもいる。


「マキナちゃん、よかったね」


「ふたりともおめでとう!」


 ツキをボンネットに乗せて、マキナさんは宙に浮かび上がった。その場でくるくる回る。ツキは満面の笑みだった。


「ツキ、マキナさん。よかったな」


 俺は声をかけた。隊長も微笑んでいる。


 床に降り立ったツキの顔を見て、俺は言葉を失った。ツキは泪を流していたんだ。


「マキナ、ごめんなさい」


 ツキが頭を下げた。マキナさんは静かに耳を傾けている。


「マキナのことを消そうとして、ごめんなさい」


「わかっていましたよ」


 マキナさんはくすりと笑った。ツキが顔を上げる。彼女のサンバイザーには「麻紀奈」と書かれた紙が挟んであった。


「わかっていましたよ、あなたが私のことを消せるはずがないって。私にとって、トゥキ様はおひとりだけです。トゥキ様にとっても、私はひとりだけなのですから。あなたの命が尽きるまで、あなたに付き合ってみましょうか」


 ツキはゆっくりと頷いて、ヘッドライトに頰を寄せた。

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