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恐竜時代で放課後を  作者: 半ノ木ゆか
第8話 船内博物館
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#42 操舵室

 バイクと過去のツキの目が、フロントガラス越しに合った。


 バイクはぎょっとした。過去のツキも目を丸くして、席に坐ったまま後ずさった。振動でペンダントが揺れる。マキナさんがその一部始終を録画する。


 きっと、スイッチに触ったのだろう。コンピューターが起動してしまった。自動でシートベルトが締り、体を固定した。過去のツキは悲鳴をあげて藻搔もがいた。


 博士の足音が迫ってくる。


 バイクが我に返り、ドアを開けようとする。しかし、鍵がかかっている。


「早く、そのボタンを押して!」


 バイクが窓越しに何度も言った。


 じたばた動かしていた左手が、車内前方の空を切った。そこに立体映像が浮び上がる。過去のマキナさんが言った。


「行先、ジュラ紀中世、北中国」


 過去のマキナさんがまばゆい光を放つ。バイクはカメラを背けた。駈けつけた博士が腕を盾にする。


 気付くと、過去のツキとマキナさんは跡形もなく消えていた。


 マキナさんが姿を現して言った。


「撮影、完了しました」


「やった!」


 俺とツキはハイタッチを交した。ツキがマキナさんのタイヤを優しく叩く。マキナさんが嬉しそうにちょいと押し返した。ツキが言った。


「よし、あとは通報するだけだよ」


 俺は博士たちのほうを見た。そして、言葉を失った。


 博士がバイクを無言で見下ろしている。彼女は怯えるように、少し後退した。


 博士がつかつかと詰め寄る。


「申し訳ございません。申し訳ございません」


 バイクが繰り返す。博士の目には光が宿っていなかった。部屋の隅に追い詰められ、スクラップ入れの前で震える彼女。


 時間が長く感じられた。


 彼がバイクに背を向け、その場から離れてゆく。彼女は張り詰めた様子でその背中を見ていた。


「羽揺さん、操舵室へ行きましょう」


「……うん」


「そうはさせるか」


 博士が右手を素早く動かした。黒い手袋の上で赤い光が走る。「ガシャン」と、遠くで金属の揺れる音がした。


「……なんでしょうか」


 マキナさんが言った。ツキが声を潜める。


「逃げよう」


「えっ、何」


「吹抜まで急ごう」


 俺の背中を押し、車庫の通路を進んでゆく。マキナさんが不安気に辺りを見回す。ツキの歩みが速くなった。


「右だよ」


 言われた通りに角を曲る。ぴとぴとと足音が近づいてきた。


「今度は左!」


 ツキが俺を追い越し、また角を曲る。背後の足音が速くなった。俺とマキナさんはツキを追った。


「左から来ました!」


 俺は振り向いた。廊下の先を黒い影が駈け抜けた。長い尻尾が見える。


「何なんだよ、あれは。何の動物なんだ?」


 ツキが叫んだ。


「振り返らないで!」


 車庫を飛び出して走る。


 暗い室内に不気味な声が響いた。物影に姿が見え隠れする。長い口先を持っている。


 羽毛に身を包んだ動物が、箱の上からパッと飛び降りた。心臓が止まるかと思った。ツキがきびすを返す。


 肉食恐竜だった。ジュラ紀のアメリカで見たコパリオンに似ている。だけど、ずっと大きかった。虎くらいの体格がある。


「ヴェロキラプトル?」


「デイノニクス・アンティルロプス!」


「羽揺さん!」


 マキナさんがドアを開けて待っている。


 俺は彼女に逃げ込もうとした。その時、デイノニクスが屋根に飛び乗った。


「うわっ!」


 思わず飛び退く。全身黒ずくめで、翼だけは桃色だった。吻は黄色だ。左右の足に一本づつ、特大の鈎爪を備えている。


 俺たちは吹抜に追い詰められた。


 ツキが千変鏡を取り出す。だけど、デイノニクスが迫っていた。ツキは鏡をぶん投げた。デイノニクスは軽々とそれをかわした。鏡は割れて、壊れてしまった。


 マキナさんが一頭に体当りした。デイノニクスがよろめいて、こちらを睨む。別の一頭が駈けつけてきて、恐しげな声で鳴いた。


「手に負えません!」


 マキナさんが嘆く。


 二頭のデイノニクスが、俺たちを挟み撃ちにしようとしている。俺は覚悟を決め、目を瞑った。


 その時だった。


 一台のバイクが颯爽と走ってきた。デイノニクスが振り返る。ツキが指差した。


「博士のバイクだ!」


 吹抜で急停止し、言った。


「みんな、私に続きなさい!」


「わああ」とマキナさんと同型の車たちが一斉に飛びかかる。千台はいたと思う。凄まじい光景に俺たち呆然としてしまった。


「トゥキさまをすくえ!」


「ハカセをたおせ!」


 デイノニクスたちがその勢いに気圧けおされる。クレーン付の車がデイノニクスを引き留め、そこへネットランチャー付の車が網をかけた。


「奴ら、手の平を返しやがって」


 博士が銃を打ち捨て、逃げてゆく。


 そこへ未来のマキナさんが飛んできた。


「ユウさん!」


 彼が窓から顔を出す。


「ここは俺たちに任せて。早く操舵室へ」


「……ありがとう」


 二頭のデイノニクスは網の中で大人しくなった。


「やったー!」


「ばんざーい!」


 喜ぶ車たち。


「ハカセがにげていくよ!」


 一台が教えてくれた。吹抜の隅に設けられたエレベーターが昇ってゆく。その中に黒い人影が見えた。彼が向かう先は――。


「操舵室だ!」


「マキナ、お願い」


「お任せください!」


 ツキと俺はマキナさんに飛び乗った。彼女は吹抜内を急上昇した。


 今、博士を乗せたエレベーターが最上階で停った。マキナさんがそれを追う。操舵室の扉が目の前に迫る。


「この先揺れますので、しっかりお摑まり下さい!」


 鋼鉄の扉が弾け飛んだ。


 扉を突き破ったマキナさんが急ブレーキをかける。タイヤと床が擦れて、耳を割るような高い音が響いた。扉から数メートル滑ったところでマキナさんはやっと停った。


 ツキと俺は飛び出した。


 操舵室は拍子抜けするほど簡素な造りだった。半円柱の形をした広い部屋に、黒い椅子が一脚据え付けられていた。前方の曲面の壁に特大の画面がある。身長は俺の背丈の倍はありそうだ。――それだけだった。


「博士はどこだ」


「まずは通報しましょう。時間がありません!」


 マキナさんの声より先に、ツキが黒い椅子に着いた。俺はその後を追った。ふと下を見る。なめらかな白い床にブレーキ痕が弧を描いていた。靴で踏むと、靴底のゴムが少し熔けて、シールのようにぺたぺたとくっつく。


「あら、あなたたちは」


 透明感のある声とともに、大画面が煌々と光った。


「私に入り込んで、ちょかまか逃げ回っていた子たちね」


 母船のメインコンピューターが話しかけてきたんだ。


「タイムパトロールと連絡をとらせてくれないかな」


「ごめんなさいね」


 彼女はツキの申入をやんわりと断った。


「私は博士以外の()()には従わない設定なの」


「私は機械です」


 マキナさんが言った。


「――タイムポストを起動します」


「やったあ!」


 ツキとマキナさんが喜び合う。俺は首をかしげた。


「何それ」


「タイムマシンの一種だよ」


 ツキが教えてくれた。


「小さな箱にことづてを載せて、過去や未来に送るの」


 画面が切り替った。マキナさんがそこに目にもとまらぬ速さで宛先と本文を打ち込んでゆく。電子メールの送信画面みたいだな、と俺は思った。


 画面から「リン」と鈴のような音が鳴った。前方に封筒の絵が表示されて、画面の外に飛んでいった。数秒後、船が告げた。


「新着のメッセージがあります」


「開いてください」


 ツキが文章に目を通す。そして、ほっとしたように背をもたれた。


「今すぐ来てくれるって」


 その言葉に、俺は安堵の溜息をついた。どっと疲れが押し寄せる。


 これで一件落着だ。船内の動物たちは救われたんだ。もう何も、思い残すことはない。


「ツキ、マキナさん。本当にありがとう」


 俺は笑顔で振り返った。だけど、ツキの顔は青ざめていた。


 マキナさんがいなかったんだ。

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