#41 一〇〇〇年前の話
一台の車が通路を偵察している。彼女は床に何かが落ちているのを見つけた。
「……なんだろう」
恐る恐る近づいて見る。落ちていたのは、一枚の鳥の羽根だった。
「わあ、とってもきれい」
大きくて、きらきらしていて、角度を変えると色も移り変った。彼女は背中のクレーンで嬉しそうにそれを拾った。
ふと前を見る。同じような羽根がもう一枚落ちていた。
「また見つけた!」
彼女はわくわくとそれに近づいて、同じように拾った。今度は初めの物より一回り大きかった。
角を曲ると、似たような羽根が三枚、四枚、五枚……。
「いっぱいある!!」
うきうきしながら拾い集めてゆく。
拾っては進み、拾っては進み、博士たちから遠ざかってゆく。十一枚を数えたところで、彼女のボンネットに大きな影が伸びた。彼女は影を見上げて――戦慄した。
仲間たちのもとに、彼女が大慌てで舞い戻ってくる。
「どうしたの? そんなにいそいで」
「とりさんが、にげだしちゃった!」
仲間の一台が彼女の背後に目をやる。
黒い檻の中で、アンドリューサルクスがすやすやと眠っている。その後ろで、何やら背の高い生き物が動いていた。動物はスラリとした脚で歩き、通路の先で立ち止まった。車たちを睨み、太い嘴を開く。
「ガストルニスだ!」
大きな声が響いた。周りにいた車たちが一斉に目を向ける。
驚いたガストルニスが、パニックに陥って走り出した。車たちも、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。
「さっさと捕まえろ!」
キャーキャーと飛び交う悲鳴の中へ、博士が冷静に命じた。一台が網を発射する。網がガストルニスの嘴に絡まった。
ガストルニスがよろめいて、近くの木箱を蹴散らす。木箱の中からシームリアが這い出てきた。網を発射した車のタイヤにも、網が絡まっている。
「何を手こずっているんだ」
博士が言った。
網を振りほどこうと、ガストルニスが大きく頭を振る。ネットランチャー付の車は宙を舞って、巨大なコンテナに激突した。
壊れたコンテナの中からティラノサウルスが頭を覗かせた。太い尻尾を揺らしながら歩いて出てくる。首は鱗で被われていた。樽のように大きな頭と、それに釣り合わない小さな腕。
車たちがぎょっとする。
赤い眼で左右を見た。口が裂け、鋭い牙が覗く。船内に咆哮が響き渡った。
車が飛び立ち、逃げ惑う。それにびっくりして、寝ぼけ眼のティラノサウルスが暴れ出した。動物たちと車たちが入り乱れている。渾沌だ。
「静かにしなさい! 私の言うことを聴きなさい!」
騒ぎをどうにか治めようと、バイクが声を張り上げる。博士は顔をしかめながら、銃を構えて周囲に目を光らせた。
ツキと俺は、歩廊からそれを見物していた。
「マキナさん、派手にやってくれたね」
ツキがフッと笑う。
「羽揺、始めるよ」
「諒解」
ツキは歩廊に腰を下ろし、過去の自分を抱いた。それを横目で見ながら、新品の千変鏡を起動させる。未来へ行った時にツキが買ってきた物だ。
あの時、どうして気づかなかったんだろう。……白堊紀の海で教えてくれた、ツキの話が脳裡をよぎった。
――僕がはじめて人間に変身したとき、羽揺と同じくらいの歳の人間が近くにいたはずなんだ。
そして、ツキの顔を見て言った、母さんの言葉。
――似てるの。一重なところとか、鼻の形が特に。羽揺と同じで、お父さんそっくりでね。
俺は鏡面を過去のツキに向けて、鏡の持手をしっかりと握った。
「ツキ、いいよ」
ツキが、過去の自分を鏡に近づけた。
翼が鏡に触れる。過去のツキはみるみるうちに大きくなって、服を着た人間の姿になった。今のツキと瓜二つだ。
「やった!」
俺たちは喜び合った。これで証明された。ツキの人間の体は、俺の遺伝情報を下敷にして作られたものだったんだ。
過去のツキは、自分の新しい体を戸惑いながら見ていた。手のひらをグーにしたり、パーにしたりしている。
ツキがポケットから卡のようなものを取り出す。鳥の雛が人間を尾けている絵が刷られていた。初めて見る道具だった。
「『刷込ステッカー』だよ。解剖室に置いてあったのを一枚貰ってきちゃった」
俺は足踏をしながらそれを聴いていた。
「たぶん、博士が車たちに使ってるものなんだけど……。これを貼られた機械や動物は、貼った人間を親だと思って付き従っちゃうんだよ。ステッカーを剝せば効目は切れて――」
「説明はいいから早く!」
「あ、ごめんね」
過去の自分の腕にステッカーを貼り、言い聞かせる。
「よく聴いてね。僕が『いいよ』と言うまで、僕に随いてきてね。車庫で車に乗ったら、このステッカーは自分で剝してね」
過去のツキはそれを聴いて、コクコクと頷いた。
ツキが隠れコートを羽織った。足音が風のように歩廊を走ってゆく。
過去のツキも千変鏡を握り、明るみに飛び出した。毛先に光が当る。薄紅色に見えた。
博士がロングコートを翻す。その中から銃身が槍のように伸びた。過去のツキに狙いを定める。
俺は黒猫に変身しながら檻伝いに降りた。渾身の力を込め、四次元外套を爪で引っ搔く。
「えい!」
銃声が響いた。
天井の照明がパリンと割れる。弾が逸れたんだ。過去のツキが歩廊の柵を飛び越え、檻の上を飛石のように渡って行った。コンテナの向こうに降り立ち、また走り出す。
「このケダモノが」
博士はコートを押さえ、俺に振り返った。裂け目から配線が飛び出していた。段面に青白い光がちらついている。
俺は得意になって「あっかんべー」をしてやった。
博士は俺に構わず、バイクに飛び乗った。過去のツキを追いかけてゆく。あのコンテナのずっと向こうに車庫があるんだ。俺はガゼルに変身して、先廻りした。
途中、過去のツキと並走した場面があった。檻や水槽の隙間に、ツキのびっくりした顔がちらついた。甲高い翼竜の鳴声が上がったり、鯨みたいなモササウルスがしぶきを散らしたりするのを、怯えながら、心奪われながら見ていた。
白い長髪をなびかせて、人影が大慌てで階段を昇って行った。真暗な室内をきょろきょろ見回す。音を立てぬよう、物陰にすばやく隠れた。
俺はそのあとを尾け、車庫に入った。人間に戻って呼びかける。
「ツキ、マキナさん。そこにいるんだろ」
「しっ」というツキの声が聴こえた。
「羽揺さんも隠れてください!」
背後から足音が迫っていた。入口から光が射し込む。俺は急いで隠れコートを羽織った。
足音が階段を昇ってくる。タイヤが床と擦れて「キュッ」と音が鳴る。俺は息を殺してそれを聴いていた。
天井全体が光る。車庫の全貌を見て、俺は圧倒された。立体駐車場に車たちが整然と収められている。ざっと見ただけでも千台はありそうだ。
「先生、いかがいたしましょう」
バイクが言った。博士が指示する。
「第一車庫を探せ。私は第二を探す」
バイクがそろそろと、慎重に通路を進んでゆく。前方にある小型カメラで、あたりに目を凝らしている。俺たちも足音を立てぬよう、路を進んだ。
「確か、この辺りに隠れたはずなんだけど」
ツキが囁いた。通路の両脇にはマキナさんと同じ車種の車がずらりと並んでいる。見上げていると目が回りそうだ。
「どれが過去のマキナさんなんだ……?」
「これだけ多いと、私にも……。過去のトゥキ様の近くにいたことは確かですが」
近くから浅い呼吸音が微かに聴こえる。
その時だった。こつん、と小さな音が響いた。バイクも、博士も、俺たちも、その場にいた全員が振り返った。
「……そこにいるの?」
バイクがずんずんと近づく。マキナさんが音の鳴ったほうへ急ぐ。
白髪を乱しながら、人影が車に転り込むのが見えた。過去のツキだ。その顔に緑色の四次元ペンダントがぶつかる。過去のツキはぎゅっと目をつむった。
「あれがマキナだ!」
コートを脱ぎ、ツキが指差す。




