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恐竜時代で放課後を  作者: 半ノ木ゆか
第8話 船内博物館
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#36 太古の水族館

 俺はそこに降り立ち、人間に戻った。暗い場所だった。駅の地下駐車場を思い起こさせる。ほのかな光があちらこちらに浮かんでいた。


「羽揺、後ろだよ」


 ツキの声が響く。振り返ると、人影が手招きしていた。その隣ではヘッドライトも光っている。


 二人の元へ歩み寄りながら、あたりを見回した。


「ここが船の中なのか」


 船に乗り込むと聞いて、俺は波に揉まれる小舟みたいな場所を想像していた。だけど、床は揺れていなかった。しかも、高校の体育館と肩を並べるくらい広い。どちらかというと、小さいころに一度だけ乗ったフェリーに似ている。


「未来の羽揺さんと私は?」


 マキナさんが俺の背後を見ながら言った。


「ついて来なかった。『やることがある』って言ってたけど……」


 俺は天井を見上げた。二階建の家が屋根まですっぽり入るくらい高かった。明りがかなり間隔をあけて並んでいる。そのあいだに、何十本もの線や管のような物が張り巡らされていた。まるでスパゲッティーみたいだ。


 天井から二メートルくらい低いところに、金属製の歩廊が吊り下げられていた。マキナさんが走ったり、方向転換したりできるほどの幅があった。簡素な柵がついている。


「マキナ、羽揺。見て見て、これ」


 ツキが亢奮気味に言った。


 光源に近づく。ぼんやりと光っていたのは水槽の照明だった。俺の腰くらいの高さで、広さは五メートル四方。鯖みたいな魚が十数匹泳いでいる。


 いや、魚じゃない。背鰭がない。尾鰭が四叉に分れている。薄い半透明の無数の胸鰭を、カーテンのように波打たせている。胴体も少し透けていて、内臓らしきものが見えていた。頭に一対の腕が生えている。図鑑で見たことはあるけど、生きている姿を見るのは、もちろんこれが初めてだった。


「これって、アノマロカリスじゃないか!」


「アノマロカリス・カナデンシス。シンダーハネスにラムスコエルディア、フルディアにリララパックスもいるよ!」


 ツキが目をきらきらさせる。


 よく見てみれば、他の光もみな水槽だった。大昔の珍しい生き物が目白押しだ。古生物好きな俺の心が躍る。オパビニアってこんなに小さかったのか!


「わあ、三葉虫さんようちゆうもいっぱいだ」


「こっちには異常巻いじようまきアンモナイトが勢揃いですよ」


「まるで太古の水族館だね」


 マキナさんの車内に、あの複雑な船内地図が浮び上がる。


「ここは旧口きゆうこう動物第一室ですね。過去のトゥキ様がいらっしゃる鳥類室は、一つ上の階です」


 彼女の言葉を聴いて、俺の心は静まった。そっか。この海洋動物たちも、ツキと同じように捕まって船内に収められているんだ。俺は砂地を這う三葉虫に同情の目を向けた。


 それにしても、この船の持主は――ツキを連れ去った車は「ハカセ」と呼んでいたけど――こんなに様々な生き物を搔き集めて、一体何がしたいんだろう。


 俺は巨大な水槽の前で立ち止まった。縦横と奥行が俺の家くらいある。けれど、中にはゴロッした岩があるだけで、生き物の気配がない。


「なんだよこれ。空っぽじゃないか」


「マキナ。どこから上の階へ行くの?」


 ツキが車内を覗き込む。マキナさんが地図を拡大しながら言った。


「この部屋を出た先に、吹抜があるみたいですよ」


「フキヌケ?」


「ええ。少し遠いですが、私のタイヤなら一瞬で到着できます。過去のトゥキ様を助け出して、早いところタイムパトロールに……」


 マキナさんの言葉が途切れる。俺は彼女の視線を辿った。


 縦長の水槽が暗闇で煌々と光っていた。水槽の中では、人の背丈ほどの長さがある直角貝ちよつかくがいが、優雅に漂いながら魚の切身を抱き締めている。


 水槽の真上の通路では、マキナさんと同型の車が、青いバケツをぶら下げたまま俺たちを見下ろしていた。


 俺は言葉を失った。ツキが目を見開く。マキナさんの車内が真青になる。


 バケツが落っこちて、床に魚の切身が飛び散った。


「だれか! だれかきて!」


 幼稚園生の男の子みたいな声を上げながら、車が慌てた様子で飛び去った。ツキがこちらを振り返って言った。


「鳥類室へ急ごう」


「マキナさん、出口はどっちだ」


「直角貝、向かって左です!」


 ところが、噂を聞きつけた車たちがわらわらとやって来てしまった。五、六台いたと思う。改造されているけど、みなマキナさんと同じ車種だった。水槽の脇で急停車して、あからさまに動揺する。


「どこから入ってきたの!?」


 モップを担いだ車が少女の声で言った。俺は澄ました顔を作り、車たちに歩み寄った。


「俺たち、怪しい者じゃありません」


「あやしいやつ!」


 少年のような声が響く。一台の車の屋根に銃塔のような物が載っているのが見えた。ツキが言った。


「出口まで逃げて!」


 銃声が響く。俺はきびすを返し、水槽のあいだを駈け抜けた。ガラスにひびが入るのを見た。中にいた箭石やいしが驚いて、墨を吐く。


 遠くに黒い四角が見えた。出口だった。部屋の外が中より暗いから、そういうふうに見えるんだ。扉は開いている。あそこまで走れ!


「トゥキ様!」


 マキナさんが悲鳴を上げる。俺はそちらを見た。ツキが二台の車に追い詰められている。ツキは肩で息をしながら、静かに車たちを睨んでいた。銃口がきらりと光る。


 俺は鳴りやまない胸を押さえ、きょろきょろと見回した。あの、空っぽの大水槽が目に留まる。俺は二台に向けて、言った。


「おい、こっちにいるぞ!」


 自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。二台が俺に気づく。銃口がこちらへ向いたのを見計らって、巨大水槽の前を駈け抜けた。


 銃声が三つ響いた。俺は別の水槽の影へ滑り込んだ。


 水槽にひびが走った。しゃっ、と水が噴き出す。ツキも、マキナさんも、マキナさんに詰め寄ろうとしていた車たちも、みんながそれを見ていた。時間が止った。


 ガラスが割れ、水が生き物のように襲い掛かった。


 ツキと俺は、マキナさんに飛び込んだ。洪水から逃れるため、車たちも慌てて離陸する。水が腕を伸ばし、車を捕まえようとする。俺たち三人は空中からその様子を見下ろした。


「あっ!」


 ツキが何かに気づいた。


 車を捕まえようとしたのは、水ではなかった。岩のような見た目をした巨大なイカだった。体色をさまざまに変えながらのたうち回っている。つるつるとした肌に、あの大きな眼玉がくっついていた。


 車たちは俺たちを追おうとしたけど、大イカに手こずって、なかなか手を出せないでいる。


「にがさないで!」


 車のうちの一台が言った。マキナさんは俺たちを乗せ、暗い廊下を走り出した。

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