#35 最後の旅へ
「トゥキ様! ご無事だったのですね!」
「マキナこそ……!」
現代に戻ってきて、二人は再会を果たした。ツキが嬉しそうに笑う。マキナさんも幸せそうだ。
外は真暗だった。部屋を見回す。散らかっていたはずの室内がほぼ片付けられている。二段ベッドも元の位置にあった。ツキに礼を言ってから、俺は尋ねた。
「タイムパトロールはどこへ行ったんだ」
ツキは困惑しながらも答えた。
「……マキナと羽揺を追いかけて行ったっきり、戻って来なかったよ。未来に帰ったんだと思う」
仮面を外したユウさんと、未来のマキナさんを交互に見る。困惑するツキに、マキナさんは淡々と事情を伝えた。俺たちがはるばるペルム紀まで飛ばされていたこと、ユウさんの正体のこと、これから何をするのかということ――。ツキは何度も頷きながら、それを落ち着いた表情で聴いていた。
「では、作戦会議です」
未来のマキナさんが切り出した。
「やることは三つあります。まず、一四〇〇年前へ行って、密猟者のタイムマシンに乗り込みます。次に、過去のトゥキ様が過去の私に出会って、タイムスリップするところまでを撮影します。最後に、タイムパトロールに通報します。……羽揺さん、詳しい説明をお願いします」
ユウさんが「わかった」と言う。マキナさんとツキと俺は耳を傾けた。
「まず、密猟者のタイムマシンに忍び込むんだけど――一四〇〇年前で、三人は何を見た?」
「マキナと同型の車を見たよ。改造されてた」
「その二台が、過去のトゥキ様をさらって行きました」
ツキとマキナさんを見て、ユウさんが一つ頷く。
「あの二台は、過去のツキを船へ連れて行ったんだ――『船』っていうのが、密猟者のタイムマシンだよ。大きな船の形をしていて、三保松原の沖合に浮んでる。その中に密猟者がいるし、まだ起動していない過去のマキナさんもいる。もちろん、動物たちもそこに捕まっている。三人は、まずその船に乗り込むんだ」
未来のマキナさんの車内に、複雑に入り組んだ青い立体地図が浮び上がる。俺は身を乗り出した。
「次に、船の中で過去のツキを探すんだけど――船内はものすごく広いんだ。地図がないと迷子になって、一生出られなくなる」
「ですから、あらかじめ地図をお渡ししておきます」
マキナさんの車内前方に、未来のマキナさんのものと同じ、複雑な立体図形が浮び上がった。ツキがそれを覗き込む。
「捕まえられた動物は分類群ごとに整理されています。トゥキ様はトキですから、鳥類室に運び込まれています」
「ありました。これですね」
立体地図の一部が拡大され、小さな赤い旗が立った。
未来のマキナさんとユウさんが目配せを交す。彼女は「言う必要はありませんよ」と言った。ユウさんが真顔で頷く。ツキは首をかしげた。
「船内ではドライブレコーダーで状況を録画し続けてくださいね。タイムパトロールに動画を見せれば、トゥキ様や羽揺さんが犯人でないことを証明できます。責任重大ですよ」
「諒解しました」
ユウさんは俺たちを見まわして、言った。
「最後に、タイムパトロールに通報する。船の一番上の階に操舵室があるから、そこの通信機器を使ってね」
未来のマキナさんが言った。
「支度が済み次第、行きましょう」
マキナさんとツキは、俺の家族に挨拶をして廻った。
「マキナさん。過去に連れて行ってくれて本当にありがとうございました」
リビングで、姉ちゃんが深々とお辞儀をする。
「どういたしまして。大学受験、頑張ってくださいね」
顔を上げ、マキナさんに笑いかけた。
「そう……帰っちゃうのね」
母はツキの言葉を聴いて、寂しそうな顔をした。でも、かぶりを振ってすぐに笑顔を作る。
「ツキちゃんにも帰るお家があるものね。マキナちゃんと仲良く過ごしてね」
母さんの手がツキの手を包む。ツキは何も言わず、ゆっくりと頷いた。
「さようなら」
「お元気で!」
ツキが小さく手を振り、マキナさんが階段を昇ってゆく。母さんと姉ちゃんが手を振り返した。
階段を昇るとき、父さんと目が合った。腕を組み、思わせぶりに微笑んでいる。俺は頷いて、階段を昇って行った。
ツキがマキナさんに乗り込む。天井燈が青いリボンをぼんやりと照らした。一つ結びにした真白な髪がさらりと揺れる。
俺は猫に変身して、ユウさんと一緒に未来のマキナさんに乗ることになった。ダッシュボードに跳び乗る。
「行先、六〇〇年、日本」
未来のマキナさんが言った。窓の外が白んできた時、ユウさんが問うた。
「西暦六〇〇年って、何時代だかわかる?」
俺は答がわからなかった。
「飛鳥時代だよ」
ユウさんが笑った。
気づくとそこは空の上だった。
外を見て驚く。遥か下のほうに雲が浮いていた。未来へタイムスリップした時よりも、ずっと高いんじゃないかな。横を見ると、マキナさんが飛んでいた。空中に留まっている。ツキも同じように下を眺めていた。
雲が流れ、陸地が姿を現した。地図と同じ形だ。駿河湾が一望できる。
「これで見てみなよ」
ユウさんに未来の双眼鏡を貸してもらった。
覗き込むと、地形がくっきりと観察できた。煙をたなびかせているのは富士山だ。それ以外は森に被われている。
「これがもともとの景色なんだな」
俺は呟いた。海ではイルカが群れていた。
沖合に黒っぽくなっている部分があった。クジラの影かと思ったけど、違った。それは、海面にぽっかり開いた大穴だったんだ。
「船が透けているのです。外身がメタマテリアルでできていますから」
未来のマキナさんが教えてくれた。
「羽揺、僕の声が聴こえる?」
ペンダントからツキの声がした。顔を上げると、ツキと窓越しに目が合った。ツキがペンダントに話しかける。
「僕たちが先に行くから、ついてきてね」
マキナさんが光を放ち、消える。船内に瞬間移動したんだ。
「羽揺さんも行ってらっしゃいませ」
未来のマキナさんが言った。俺は聞き返した。
「どうやって」
「四次元ペンダントを使うんだよ」
ユウさんが言った。
「出口を船内に設定するんだ。俺のを貸してやるよ」
俺はペンダントに触れる前に、振り返った。
「二人は乗り込まないのか」
「私たちは他にやることがありますから」
未来のマキナさんが笑った。
俺は意を決して、ペンダントに肉球で触れた。後足がダッシュボードから離れる。宝石に開いた小さな穴に、俺の体は吸い込まれていった。




