#34 仮面の下の素顔
マキナさんはヘッドライトを消した。俺は座席に戻り、訊ねた。
「武器はある?」
「ありません」
即答だった。
「後ろにあるものだけです」
トランクにはお馴染の道具が散らばっていた。速乾ドライヤー、どこでもシャワー、充電切の千変鏡、星の目グラス。よれよれになった俺のノートもあった。どれもこれも武器とは呼べそうにない。
形が一番それっぽい速乾ドライヤーを拾う。外に降り立ち、銃のように構えた。相手はいつ、どこから来るのか分らない。生きた心地がしなかった。
マキナさんもカメラとマイクに集中する。オドメーターには「999yr 365d」と表示されていた。あと数分で一〇〇〇年目だ。彼女にしてみたら、こんな誕生日を迎えるとは思ってもみなかっただろう。
「き、来ました」
さく、さく、と砂を踏む音がする。俺はそちらにドライヤーを向けた。汗ばむ手で握り直す。心臓がバクバクと鳴った。体が震えた。
「えい!」
マキナさんがドアを開け放った。ゴツンと何かに当る。思っていたよりずっと近くにいた。車内燈が反射して、眼だけが光っている。
「喰らえ、ドライアイ!」
眼玉めがけて温風を噴きかけた。動物は唸り声をあげ、目をしばたたかせた。
どこでもシャワーに持ち替え、摂氏四〇度に設定する。
「お湯!」
動物は驚いて飛び跳ねた。星空を背景に黒い影が浮び上がる。ライオンくらいの大きさがある。すらりとした四本の脚が生えていた。筋骨隆々で、面長だった。俺は少し怯んだ。
自分を奮い立たせ、星の目グラスを拾う。
「待ってろよ……今、にゃんこに変身させてやるからな」
目盛を十二時間前に合せ、座席に置いた千変鏡の上で持つ。レンズから日の光がこぼれ、鏡に当った。マキナさんの充電には小さすぎるけれど、千変鏡ならこれで十分だ。
「羽揺さん……眠うございます」
思わず聞き返す。
「今かよ!?」
その時、動物が尻尾をヒュンと振り回した。鏡は弾き飛ばされ、夜の沙漠に紛れてしまった。
「く、来るなあ!」
手当り次第に道具を投げつける。よれよれのノートも迷わずぶん投げた。動物が濡れた犬のように首を振る。ちっとも痛くないらしい。大口をあけ、吼えかかってくる。
車内の灯りがどんどん暗くなってゆく。マキナさんが眠りかけているんだ。そこへ、大きな頭が入り込んできた。バナナのように長い犬歯が目の前に迫る。生暖かい鼻息が俺の前髪を揺らした。俺は思わず目をつぶった。
愛用のシャープペンシルを胸に当て、最期の言葉を口にする。
「姉ちゃん、母さん、父さん、飛鳥……大好きだよ」
オドメーターがカチリと音を鳴らし、「1000yr」の表示に変った。
目蓋の向こうに眩しい光が現れたのは、その時だった。光は数秒経つと自然に収まった。おそるおそる片目を開ける。
動物はマキナさんに顔を突っ込むのをやめ、空を見上げていた。背中に長い影ができている。大型犬とオオトカゲを足して二で割ったような出で立ちだった。口から一対の大きな牙がはみ出ている。
その視線の先には、人工的な白い光が二つ浮んでいた。俺はその光景に、啞然とした。マキナさんのカメラが空を仰ぎ、びっくりしたように固まる。
二つの光の上に、今度はそれよりも大きな光が現れた。地面を照らす。光は砂煙を巻き上げながら動物に迫った。動物は恐れて、じりりと退いた。
「あれって、光ピンセットじゃないか!」
光の帯が動物を捕え、宙に持ち上げる。動物は空中でじたばたと暴れた。訳がわからず、驚いているらしかった。
光がそっと動物を地面に戻す。動物はぺろぺろと自分の脚を舐めて、闇の中へ帰って行った。
上空から一台のタイムマシンが降りてきた。二つの前照灯がマキナさんを照らす。彼女は「どうして……」と呟いた。
「私から私へ、お誕生日おめでとうございます」
赤いランプを屋根につけた、もう一台のマキナさんだった。
もう一台のマキナさんのドアが開く。仮面をつけた男性が砂の地面に降り立った。俺は息を飲んだ。
「助っ人だよ。ピンチになったら助けに行くって、言ったよね」
ユウさんが仮面越しに目を細めた。
その目を見て、謎が解けた。彼がどうして俺たちの未来を知っているのか。どうして俺たちを助けようとするのか。どうして俺のことに詳しいのか。
「俺……ユウさんの正体がわかったよ」
「そうか。やっぱりわかっちゃったか。バラす時を楽しみにしてたんだけど」
ユウさんは惜しそうに自分の顔に手を伸ばした。耳にかけていた仮面の紐がはらりと落ちる。マキナさんは「あっ」と声を漏らした。
少し大人びていて、ちょっぴり背も高いけど、それは確かに俺の顔だった。
「俺は楢原羽揺。四年後の未来から来た、大学三年生のきみだよ」
ユウさんが俺の目を見つめて言った。未来のマキナさんがマキナさんに言う。
「私たちは、過去の自分がいつ、どのような危機に陥ったのかを知っています。ビルから落ちるさなかに、ペルム紀へ飛ばされてしまったことも憶えています」
「高校二年生のときに、ゴルゴノプスに喰われかけたこともね」
ユウさんが道具を拾い集める。俺はそれを受け取った。
「改めまして、千歳のお誕生日おめでとうございます。プレゼントを持ってきましたよ」
未来のマキナさんがトランクを開けた。
「大容量、眠くなりにくい最新型バッテリーです」
「わあ……!」
マキナさんは嬉しそうな声で言った。
「ありがとうございます!」
「一旦ツキのところへ戻ったら、出発しよう」
ユウさんの言葉に、俺は引っかかった。
「『出発』って、どこへ?」
「一四〇〇年前だよ。捕まっている動物たちを助けないと」
ユウさんは当り前のように言う。心の底からふつふつと感情が涌いてきて、泪が滲んだ。




