#32 見つかった!
俺がマキナさんに乗り込んだ時だった。
「あれ……?」
「マキナ、どうしたの」
小動物に変身しようとしていたツキが、千変鏡を仕舞って訊ねる。マキナさんが戸惑いながら答えた。
「モーターの音が近づいてきます」
俺は席から飛び降りて言った。
「まさか! こんな昔に機械があるわけがない」
「もしかしたら」
ツキが空恐ろしそうな顔で言った。
「過去の僕を捕まえに、未来から――」
その時だった。風船の割れたような音が、真夏の空気をふるわせた。銃声のようにも聞こえる大きな音だ。俺達は目配せし合い、音の鳴った方角へ急いだ。
草むらから様子をうかがう。
畔に二台の小型車が停まっていた。マキナさんと同じように、車輪に回転翼が内蔵されている。間違いない。未来から来た車だ。
タイムパトロールのパトカーだろうか、とも思ったけれど、それにしては様子がおかしい。一台の屋根には工事車輛のようなクレーンが生えている。もう一台には口の広い銃のようなものがくっついている。
「改造されてるんだよ」
ツキが声を震わせた。
「田んぼの中を見てください!」
黒い網をまとった白い塊が、ずるずると車のほうへ引きずられてゆく。網は黒い紐で銃付の車とつながっている。その車が網を巻き取っているのだ。
陸に揚ったころには、白い塊は泥で汚れていた。泥の中でオレンジ色の目が瞬く。
ツキの体がこわばる。俺は草むらから飛び出して、怒鳴った。
「やめろ!」
「羽揺さん、戻って」
「羽揺」
マキナさんとツキが小声で引き留める。
俺の声でクレーンはぴたりと止まった。汚れたトキを吊り上げたところだった。
「どうして?」
銃付の車がこちらを向いた。あどけない女の子のような声だった。
「ぼくたち、お仕事してるんだよ。邪魔しないで」
クレーン付の車がトキをトランクに仕舞う。
「動物に乱暴する仕事があってたまるか」
「ほんとうだよ」
銃付の車が言った。
「いろんな動物をたくさん捕まえてきて、ハカセにあげるの。それがわたしたちのお仕事なの」
ツキが目を見開く。
二台が消えた。俺はそこへ飛びかかった。けれど、瞬く間に風が巻き起こった。二台が飛んで行ってしまったんだ。
「ツキ!」
俺は振り返った。
「あれは過去のツキだったんだ! ツキだけじゃない。ほかにも沢山の動物が捕まっているんだ!」
ツキは唇を嚙んだ。
「マキナさん、追いかけよう!」
「無理ですよ」
マキナさんが悲しそうに言った。
「車体が見えませんから、追いかけようがありません」
「じゃあ、タイムパトロールに通報しよう」
「そんなことをしたら、僕らが捕まっちゃうよ」
ツキが諦めたように言った。
俺は歯を食いしばって、小石を力任せに蹴った。
*
真新しい五百円玉のような満月がベランダの先に浮かんでいる。現代へ戻ってきたツキとマキナさんは、今後のことを思い悩んでいた。
ツキはベッドに腰かけ、うつろな目で紙の本を読んでいた。マキナさんは部屋の中央で車内を暗くしている。お互いに何も言わず、顔も合せず、おのおのの時間に浸っている。
「答を急ぐ必要はないよ。母さんだって『いつまでもいていい』って言ってたしさ」
俺はベランダの柵に寄りかかって言った。だけど、二人は「うん」とか「ええ」とか、素っ気ない返事をするばかりだ。俺はうつむいた。
俺自身も悶々としていた。捕まっている動物たちのことが気がかりなのもそうだけど、二人のこれからのことが不安で仕方がない。ツキは長年の目的を果たしてしまって、行先を見失っていた。それはマキナさんも同じようだ。
俺は腕を組み、悩みに悩んで、こんな言葉をかけてみることにした。
「これからも二人で旅を続けるのはどう?」
ツキが本を脇に置いた。マキナさんの車内がほんのりと色づく。二人は顔を見合せた。
「いいね!」
「いいですね……!」
「また、いろんな所へ行ってみようよ。いろんな景色を見に行こうよ。最初の五百年みたいに、行きたいところを僕たちで決めて」
ツキが将来に思いを馳せる。マキナさんは嬉しそうに語った。
「私、テチス海の島へ行きたいです! アルプスの山々もいいですね。それから、古代エジプトと、シルル紀の入江と、南極の森と……」
「三畳紀の南極はこの前行ったでしょ」
笑い声が木霊する。俺は晴れやかな気分で夜空を見上げた。
そして、目を細めた。
空中に光の筋が浮び上がっていたんだ。俺と満月のあいだに、白っぽい光が横切っている。
俺は首をかしげた。すると、筋が満月の上に移動した。ずいぶん近くにあるらしい。軒先のすぐそこに浮んでいる。幅は二センチくらいで、長さは俺が腕を拡げたくらいだった。
目をこすって、もう一度見る。
「おお」
ちょっとびっくりした。筋の幅が十センチくらいに太っていたんだ。
話に花を咲かせていたツキが、振り返る。
筋がどんどん太くなるのを眺めて、俺は悟った。これは扉なんだ。軒先に透明な乗物が浮んでいて、その底のハッチが開きつつあるんだ。
そう分った瞬間、鳥肌が立った。扉の向こうから手のひら大の黒い動物が這い出てきて、俺の恐怖は頂点に達した。
青いペンダントを首にかけたコウモリが、白い牙を覗かせて言った。
「見つけたぞ!」
「パッ」と、眩い光の筋がいくつも差し込んだ。薄暗かった部屋が真昼のように明るくなる。車のヘッドライトだった。
「何なのですか?!」
マキナさんが混乱する。俺は部屋に駈け込んだ。
「タイムパトロールだよ!」
窓を閉め、外に背を向ける。
「タイムパトロールが、俺の居場所を突き止めたんだ!」




