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恐竜時代で放課後を  作者: 半ノ木ゆか
第6話 羽揺の過去
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#30 千変鏡と万化銃

 三人で轍を囲んだ。


「どっちから来たんだろう」


 人間の姿に戻り、俺は言った。ツキは腕を組んで「うーん」と唸っている。マキナさんが言った。


「星の目グラスをかければいいんです」


「あ、そうか」


 おなじみの眼鏡を取り出す。目盛を合せながらツキのほうを見た。ぼうっと空を見上げている。


「……ツキ?」


 ツキがぱちぱちと瞬いて、俺のほうを向く。


「あっ、ごめん。何?」


 車内が薄暗くなった。マキナさんが気に掛ける。


「どうしたのですか、トゥキ様。今日は何だか変ですよ」


 だけど、ツキはただ「うーん」と唸るばかりだった。


「――ツキ、マキナさん。過去のマキナさんは、向こうから走ってきたらしい」


 俺は眼鏡を外し、薄暗い森の奥を指差した。


「わかりました。お二人とも、私に乗ってください」


 マキナさんの席に坐り、また眼鏡を掛けようとする。


「羽揺、待って」


 ツキが乗り込んできて、言った。


「最後は自分でやりたいんだ」


 鋭いまなざしだった。


 俺は、ハッと息を飲んだ。眼鏡を手渡し、トランクへ退く。ツキが眼鏡をかけた。


 前照燈が点いた。


「マキナ、そのまま真っ直ぐ進んで」


「承知しました」


 夜の森を走る。後のことは二人に任せて、俺は窓の外を眺めることにした。


 マキナさんの光が木々をぼんやりと照している。そこでうごめく無数の影。真暗になっても、たくさんの動物たちが走り、羽ばたき、狩りをしていた。


 途中、あの猿のような恐竜がいた。細長い指を、木に開いた小さな穴に差し込む。昆虫の幼虫を搔き出して、食べているらしかった。


「エピデクシプテリクス・フーイだよ」


 声が聴こえた。そちらに目を向ける。ツキが眼鏡をちょっとだけずらし、あのオレンジ色の瞳で俺を見ていた。


 わだちの始まりに辿り着いた。星の目グラスで時刻を確認したあと、俺たちはタイムスリップした。


 朝方の森だった。マキナさんがいつも通りドローンを飛ばし、いつも通り映像を映し出す。ツキと俺は、立体映像を喰い入るように見た。


「紀元後六〇〇年の日本です」


 マキナさんが告げた。ツキが嚙み締めるように、静かに頷く。俺は車内前方を見た。オドメーターには「999yr 364d」と表示されている。ツキとマキナさんの千年の旅が、あと一日で終る。


 紀元後六〇〇年の日本――そこがツキのふるさとなんだ。



 小望月が浮んでいる。その下で自動車が行き交っている。


 灯りの落ちたスーパーを横目に、高校の前を通り過ぎた。角を曲り、あの道を歩く。


 学校の塀の色が、一部分だけ違う。立ち止まってよく見ると、真新しいブロックが使われているのがわかる。崩れていたのを直したんだ。電燈のおかげで、くすんだ色の部分と白い部分との境目が、くっきりと見える。


 俺は屈み込み、そこに手を触れてみた。ざらざらしていて、指の腹に引っかかる。ちょっと痛い。ここに人だかりができていたのは四日前のことだっけ。


「羽揺」


 声をかけられる。振り返ると、公園があった。ツキとマキナさんと三人で隠れた植込が、目の前にある。その先のイチョウの木の下に、ツキは一人で立っていた。


「『話がある』って聞いたけど」


 二人でブランコに腰かけたあと、俺は切り出した。ツキは千変鏡を握り締め、思い悩むように自分の顔を眺めていた。しばらくすると、張り詰めた表情で深く頷いた。


「マキナのことなんだけど……」


 そう言って四次元ペンダントをいじる。手がふさがっていて、やりにくそうだ。俺は千変鏡をそっと取り上げた。「ありがとう」とツキが言った。


 緑色の宝石がちらりと光る。ツキはそこからガラス製の小銃を取り出した。家々の灯りが銃身に映り込んでいる。


「昨日の朝のこと憶えてる? 羽揺が病気にかかった時。羽揺が嚙んだティッシュを処分するのに、この道具を使ったんだけど――」


「万化銃だろ」


 俺の言葉に、ツキが目を丸くする。


「どうして知ってるの」


「アメリカのジュラ紀の森で、マキナさんに使い道を教えてもらったんだ。明日のことをね」


 ツキの表情が歪んだ。万化銃を持った手を下ろす。電燈の光が銃口に集束した。


「羽揺……!」


 銃が砂地に落ちる。ツキは自分の腰かけていたブランコを離れ、俺の胸に飛び込んできた。


「僕、マキナを消したくないんだ」


 体が瞬時に強張る。頭が真白になった。空席になったブランコが振子になっている。小銃の中で薬品が不規則に波打っていた。


「ツキ、どうしたんだよ。急に」


 ブランコの鎖にしがみついたまま、千変鏡を握ったまま、俺はやっとそれだけ言った。びっくりした。本当にびっくりした。自分の心臓がバクバクと鳴っていることに、俺は今更気付いた。


 こんなふうに誰かに抱き着かれるのは、生れて初めてだった。しかも、何事にも動じないはずのあのツキが……。


「確かに僕は明日、万化銃でマキナを消すつもりだった。でも、その日が近付くにつれて、楽しかった思い出が蘇ってね」


 ツキと目が合った。視線の高さは同じだった。瞳が揺れている。俺はその目に既視感を覚えた。あの時と同じだった。冷たい夜の海水が、また俺の体を包んだような気がした。


「白堊紀の海でマキナが動かなくなった時、僕、自分の気持がはっきりと解ったんだよ。『僕はマキナが好きなんだ』って。飛鳥さんが羽揺たちの家族であるように、マキナは僕の家族だったんだ」


 ツキは俺の服にしがみついていた。その指先に力が籠るのがわかった。服が引っ張られて、皺が寄ったからだ。


「僕はマキナと一緒にいたい。でも、元の姿に戻りたい。どっちを選べばいいのか僕にはわからない。マキナには相談できなくて、一人で悩んで――」


 また、ツキがうつむく。表情は見えなくなったけど、白い睫毛がさかんに動いている。俺はブランコの鎖から手を離した。千変鏡は地面にそっと置いた。ツキの体に腕を回す。触れた瞬間、ツキの背中がぴくりと跳ねた。


「辛かったよな……俺に話してくれてありがとう」


 ツキが首を横に振る。


 飛鳥が病気で苦しんでいたあの日。幼かった俺はただ動揺するばかりで、彼女に何もしてやれなかった。けれど、いくら悔やんだって飛鳥はもうかえってこない。今の俺にできることを、精一杯やろう。


「ツキ。顔、上げられる?」


 訊ねると、ゆっくりと面を上げてくれた。泣いているわけではなかった。妙に大人びた、澄ました顔をしていた。悪く言うと、老けた顔をしていた。ツキの精神年齢は、人間でいうと何歳くらいなんだろう……ここに来て、ツキの本性がよくわからなくなった。


「ツキ、まずは優先順位を決めなきゃ」


「うん。そうだね」


 そばのベンチに移るよう促す。二人でまた腰かけたところで、俺は言い直した。


「マキナさんと離れたくない気持と、元の姿に戻りたい気持と、どっちが強いんだよ」


「……僕にも分らないんだよ。自分の正体が分らないことも、やっぱり怖い」


 ツキの眉間に皺が寄る。俺はその背中をさすった。


「悩んでいいんだよ、時間がかかったっていいから。朝までに決まらなくてもいい。俺は何時までも付き合うよ」


 千変鏡も万化銃も脇に置いて、俺たちは眠くなるまで話し合った。

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