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恐竜時代で放課後を  作者: 半ノ木ゆか
第6話 羽揺の過去
28/45

#28 ユウさん

 高校の隣の公園で、姉ちゃんと俺はブランコに腰かけていた。イチョウの黄色が電燈に映えている。


「羽揺のペンネームには、そういう意味があったんだね」


 マキナさんに寄り添いながら、ツキが言う。俺は力強く頷いた。


「『俺が飛鳥の代りに書くんだ』って。そう心に決めて、文芸部に入ったんだ……けど、なかなか上手くいかないんだよなあ」


 ガックリと肩を落し、うつむく。


 俺たちは九月から来たけれど、ここは十一月だ。薄手のシャツは肌寒かった。


「どういうふう上手く行かないのですか?」


 マキナさんが訊ねてくる。俺は呟いた。


「〆切だよ」


「シメキリ……?」


「文芸部では『部誌』って言って、毎月、部員の作品を載せた冊子をつくるの。でも、羽揺は作品の提出日にいつも間に合わない」


 姉ちゃんが代りに説明してくれる。


 俺はうつむいたまま、重い口を開いた。


「自分の納得できる文が書けなくて、何度も書き直してるんだ。で、書き直してるうちに〆切が来る」


 はあ、と大きな溜息をつく。


「途中で読み返すと、粗が目について、つい直したくなっちゃうんだ。短篇でこのザマだから、長篇なんて永久に完結しそうにない」


 隣でギイ、とブランコが鳴る。俺はおもてを上げた。姉ちゃんがこちらを見ている。


「羽揺、どういう書き方してんの」


 まるで、怖いものでも目にしたような表情だった。


 ツキは、黙って俺たちの様子を見物している。俺はおそるおそる答えた。


「『どういう書き方』って、普通の書き方だけど」


「『途中で読み返す』って、言ったよね」


 姉ちゃんが確めるように俺の顔を覗く。


「羽揺は、自分の文章を読み返しながら書いてるの?」


 俺は頷いた。姉ちゃんはイチョウを見上げ、「ああ」と納得したように言った。


「なるほどね」


「何が『なるほど』なんですか」


 ツキが身を乗り出す。姉ちゃんはブランコから降りて、俺に向き直った。


「私と羽揺の決定的な違いを発見したよ」


「えっ、何?」


 俺は困惑しながら訊ねた。彼女は答えた。


「私は振り返らずにぶっ通しで書いちゃう。文章の良し悪しより、書き切ることに専念するの。それで、推敲は後まわしにしてるよ」


 俺の全身に、雷のような衝撃が走った。そして、こころの底からふつふつと希望が湧いてきた。


 そうか、俺……自分に実力がないから書けないんだと思ってたけど、違うんだ。書く手順が不適だったから、書けなかったんだ。


 ツキが俺に笑いかける。


「お姉さんを見習って、とりあえず最後まで書いてみるのはどうかな」


 俺は立ち上がり、言った。


「俺、もう一度やってみるよ」



 洗面所で手を洗う。


 顔を上げると、鏡のなかの姉ちゃんと目が合った。壁によりかかって、暗い表情をしている。


「どうしたの」


 問いかけると、姉ちゃんは申し訳なさそうに答えた。


「私たちだけで会ってきちゃったね。お父さんとお母さんも、きっと会いたかったのに」


 俺はハッとした。それから、無言で頷いた。


 両親も、俺たち姉弟と同じように飛鳥のことを想っているんだ。もう一度飛鳥に会えると聞いたら、身を投げ打ってでも会いたがるに違いない。


 けれど、俺たちは二人に黙って過去へ行ってしまった。


 姉弟揃って、暗い顔してリビングに入る。


 そこで、俺たちはびっくりしてしまった。なんと、母さんがツキを抱きしめていたんだ。


「お、お母さん。何やってんの」


 姉ちゃんが震える声で言った。それに気づき、母さんが名残惜しそうにツキを離す。母さんは笑った。


「あら、見られちゃった」


 ツキは照れて下を向いている。


「一体なんの真似だよ」


 俺は口走った。自分が抱きしめたわけでも、抱きしめられた訣でもないのに、恥しくて耳が熱い。


 母さんは俺たちを見つめて、それからツキを見つめて、神妙な表情で言った。


「ツキちゃんがね、飛鳥に重なって見えて……『抱きしめてもいい?』って、訊いてみたの」


 姉ちゃんも俺も黙ってしまった。母さんはそれを見て「おかしいでしょ」と自分を笑った。


「でもね、ツキちゃんに初めて会った時から、なんだか飛鳥が帰ってきたような気がしてて。実際、似てるの。一重なところとか、鼻の形が特に。羽揺と同じで、お父さんそっくりでね……ごめんね、こんな話」


 母さんはツキに謝った。ツキは「いえ」と首を横に振った。


 ツキは、母さんと姉ちゃんと俺とを順番に見て、言った。


「三人は、飛鳥さんのことが好きなんですか」


 俺と姉ちゃんは顔を見合せた。


「大好きだよ」


 最初に答えたのは姉ちゃんだ。


「もちろん」


 俺も言った。当り前だ。


 母さんはツキを見つめて、ゆっくりと頷いた。


「家族だもの」


「……かぞく」


 ツキが母さんの言葉を復唱した。




 一人、家の階段を登る。自分の部屋に入り、灯りを点ける。俺は、二段ベッドの上の段に這い上がった。


 小、中学校の教科書や、虫捕網や、その他いろんな思い出の品が所狭しと並んでいる。


(確か、このあたりに……)


 あった。段ボール箱が一つ、ベッドの隅のほうに置いてあった。蓋に「飛鳥の宝物」と、母の字で書いてある。


 そっと箱を開ける。一番上に、平たいお菓子の容器が入っていた。クッキーの空缶だ。俺はそれに手を伸ばした。


「――お帰りなさい」


 びくりとして。振り返る。


「ゆ、ユウさん」


 仮面をつけた男が、床にあぐらをかいていた。水色のノートに何かを書きつけている。


 俺は思い当って、すぐさま缶の蓋を取っ払った。水色のノートが入っていた。


「えっ!? そのノートって」


「よしよし、三分経ったぞ」


 俺が訊ねる前に、ユウさんはノートを脇に置いた。


 ユウさんがカップ麺の蓋を開ける。湯気とともに、美味しそうな匂いが部屋のなかに満ちた。


 俺は我に返って、訊ねた。


「どこへ行ってたんですか。『泊まる』とか言っておいて、ちっとも顔を見せませんでしたよね」


 夜の海で巨大な動物に襲われたときも、助けてくれなかったし。


「それは建前。家に上がり込むための嘘だよ」


 ユウさんは割箸でちぢれた麺を持ち上げ、それを啜った。いつの間に用意したんだろう。隣にはポットが置いてある。


「ツキが言ってたでしょ。俺は未来に住んでるんだ。毎晩、我が家に戻って寝てたんだよ」


 あっさりと自分が未来人であることを曝露バラす。俺はノートを胸に抱えて、ベッドから飛び降りた。


 どきどきしながら彼の前に正坐する。なんだか俺が客人で、ユウさんのほうが昔からこの家に住んでいるみたいだ。


 ユウさんのノートと飛鳥のノートとを、じっくりと見比べる。どちらもまったく同じ水色だった。飛鳥のノートは、表紙に蝶の絵が印刷されている。ユウさんのノートは、表紙を伏せてしまってあるので、どんな絵柄なのかは分らない。


「二十二世紀で食べたもの、美味しかったよね。何を食べたんだっけ」


 ユウさんが手を止め、俺に言い放った。スパイスの香りが俺の鼻をくすぐる。麺の容器には「カレー南蛮」と書いてあった。


 仮面の目の孔から、黒い瞳がまっすぐ俺を見つめている。


 俺は唾を飲み込んだ。髪の中の頭皮を、冷たい汗がたらりと伝った。


「ユウさんの正体って、まさか」


「俺はただの助っ人だよ」


 また、あの台詞を言った。俺は怒った。


「それじゃあ答になってません。あなたの本名はなんなんですか? いつの時代から来たんですか?」


 俺は、ユウさんのノートをひったくろうとした。でも、彼のほうが素早かった。ちょいと指を添わせて、自分の手元に引き寄せた。


「今は秘密だよ。だけど、いずれ解る」


「誤魔化さないで下さい」


 ユウさんのノートをひっくり返そうとする。でも、やっぱり彼には敵わなかった。ひょいと掬い上げて背中に隠してしまう。俺の行動が最初から分っているらしかった。


「まだ解らないのか」


 ユウさんは、今までにない冷たい声で言った。


「俺の正体を知って、一体なにになるんだよ」


 俺は、言葉を失ってしまった。


 仮面の下から器用に麺を啜る。俺は飛鳥のノートを抱いたまま、しばらく坐り込んでいた。


 ユウさんが汁を飲み干す。割箸と空っぽのカップを手持のビニール袋に入れ、立ち上る。


 彼は部屋を出る前に、一度だけ振り返って言った。


「俺がこれから何をするのか。君がこれから何をするのか。そのほうが、よっぽど大切なことだと俺は思うけどね」


 ばたん、と戸が閉った。


 俺は、すっくと立ち上った。


 ゴミ箱を漁り、丸められた紙を取り出す。広げると、そこには自分の小説が印刷されていた。


 皺をのばし、もと通りに部誌に挟んだ。


 机に向う。飛鳥のノートを開き、そこに小説を書き始めた。




 月明りがベランダを照していた時だった。


「こんな夜中まで起きてたのか」


 俺は顔を上げた。


 父さんが部屋の前を通りかかったところだった。


「部活に出す文章?」


「うん」


 俺はシャーペンを走らせながら頷いた。


「熱心なのはいいけど、今日はもう寝て、朝、書いたらどうだ」


 父さんが言った。


「どうして。今、ちょうど乗ってきたところなのに」


 俺はちょっと不満を持った。


「入ってもいいか」


「どうぞ」と俺は言った。父さんが歩み寄りながら言う。


「夜遅くまで書いてても、いい文章は書けないよ」


 そして、俺の隣の椅子に腰掛けた。


「本当かな」


「本当だよ。実は父さんはね、作家を目指してたんだよ」


「えっ?!」


 初耳だった。


「昔は羽揺みたいに夜遅くまで、よく書いてたもんだよ」


 父さんは窓を見た。月がまた一日、満月に近づいている。


「でも、真夜中に書いたのを翌日の昼間に読み返すと、ひどい文章になってるんだ。くしゃくしゃに丸めてくずかごに叩き込みたくなる」


 俺は、机に置いてあった部誌を、スッと隅に寄せた。


「だから、朝書きなさい」


「ごもっともです」


 俺はノートを閉じた。


「それにしても意外だな、父さんが小説家を目指してただなんて。今は全然関係ない会社で働いてるよな」


 父さんはむつかしそうな顔で頷いた。


「今思えば失敗だった。ずっと書き続けていたら夢が叶ったんじゃないかって、今でも悔やむことがあるよ」


 そして、嬉しそうに話す。


「でも、その会社に入ったおかげでお前の母さんに出逢えたし、穂乃香と羽揺にも出逢えた」


「飛鳥にもね」


 俺は言った。父さんは俺を見て、淋しそうに笑った。


「もちろんだよ」


 俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。大きくて温かい手だった。


「とにかく今夜はもう寝なさい」


 父さんが立ち上がる。俺は布団に入って、言った。


「おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 父さんが部屋の灯りを消した。

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