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恐竜時代で放課後を  作者: 半ノ木ゆか
第5話 未来の街へ
24/45

#24 氷河期

 マキナさんの回転翼が動き出す。霧が晴れると、車内に日が射し込んだ。俺たちはまた空に出たんだ。


「羽揺の家に戻ったら、残りの部品を取り替えなくちゃね」


 ツキがいたわるように言った。


 トランクの窓が曇っている。俺はそれを拭い、外を眺めた。眼下に針葉樹の森が広がっていた。そこに白いものが積っている。雪だった。


 三分ほど空を飛び続けたあと、マキナさんは着陸した。森のはずれの雪野原だ。


「この時代に来てからは、車体をずっと透明にしていました。タイムパトロールがやってきても、ここまでは追って来られないでしょう」


 マキナさんが静かに言った。やっぱり、いつもより覇気がない。


「今回は僕一人で探してくるよ」


 ツキが千変鏡を取り出して言った。


「でも、電池が切れてるんだろ」


「あ、そっか」


 ツキは千変鏡をダッシュボードに置いた。朝日が鏡に反射する。


「一回分なら……三分くらいかな」


 マキナさんが計器盤に時計を表示させて、時間を数え始めた。


「――三分経ちました」


 ツキが千変鏡をちょこちょこといじる。体がみるみるうちに縮んで、小さな白い獣の姿に変った。


 長い胴に短い脚。ふさふさの尻尾は尖端だけ黒くなっている。青いリボンをつけたオコジョが座席で立ち上がった。


「そろそろ免疫スプレーの効目が切れる頃だよ。もし外に出る時は、必ずスプレーをかけてね」


 ツキの声が頭に響く。


「……諒解」


「絶対だよ」


 念を押してマキナさんを降りた。ぴょこぴょこと跳ねるようにして走ってゆく。白くて小さな体は、朝の雪原にすぐ紛れてしまった。


 俺たちはまた二人っきりになった。


 俺は千変鏡をダッシュボードに戻し、日が当るように置場を調整した。


 トランクの整理に取りかかる。散らかった道具を拾い、仕舞っていった。


 引出につっかえていた隠れコートを引っ張り出し、折り畳んでいると、天井燈が暗い藍色に染まっているのに気づいた。俺は中腰でおろおろしてしまった。


「ま、マキナさん。どうしたの」


「何でもありません」


 彼女はすぐには答えなかった。だけど、俺には分った。


「気付けなくてごめんな。何があったのか、教えてくれるかな」


 マキナさんは迷う素振を見せたあと、静かに、少しづつ言った。


「……私は、自分を誇らしく思っていました」


 彼女は続けた。


「高性能の高級車だと無垢に信じていたのです。ですが……本当はただの中古車でした。私なんてばらばらに壊れて、海の底に沈んでしまえばいいと思いました……」


 悲しげな声に、俺はハッとさせられた。


 白堊紀の海であの動物に襲れて、マキナさんは大怪我を負った。でも、傷ついたのは外身だけじゃなかった。その時に心まで壊れてしまったんだ。


 背もたれの裏から身を乗り出し、慌てて言葉をかけた。


「そんな悲しいこと言うなよ。マキナさんは本当にすごいんだから」


 思っていることを素直に言う。


「空も飛べるし、時も超えられる。透明にもなれるし、ビルと同じ高さから落ちても無傷だった。めちゃくちゃ恰好いい未来の車だよ。マキナさんは――」


「『マキナ』というのは、私の名前ではないんです」


 彼女は笑った。


「固有名詞ではありません。ラテン語で『機械』という意味の一般名詞なのです。私は量産車です。私の代りは、いくらでもいるのですよ」


 天井燈はますます暗くなり、ほとんど光が消えてしまった。外では積雪に日が当っている。光が跳ね返って、眩しかった。


 トランクを見回す。散らかった道具の中からノートを掘り出した。一度海水に濡れたから、よれよれになっている。だけど、なんとか綺麗な頁を探し出して、破り取った。


 俺は座席に移った。天井のカメラがうなだれている。


 シャーペンで文字を書き、ダッシュボードの隅に置いた。


「ほら、これで固有名詞になった」


 カメラがおもてを上げた。紙には「麻紀奈」と書いてある。レンズがじっとその文字を見つめる。


 ……なかなか反応を示さないので、俺は小恥しくなった。もしかすると俺は、とんでもなく珍紛漢紛ちんぷんかんぷんなことをしてしまったんじゃないかな。


「ショックだった、よな」


 目を逸らし、赤くなった顔を隠す。


「でも、『代りなんていくらでもいる』っていうのは、違うと思う」


 俺は言葉を選びながら言った。


「確かに、未来には同じ車種の車がたくさんいた。でも……ツキにとって、マキナさんはひとりしかいないよ」


 ツキの海での必死な様子が頭に浮かぶ。


 ――だって、マキナが、マキナが。


 そう言って泪を流していた。ツキにとって、マキナさんの代りなんて居やしないんだ。


 彼女は俺の言葉を静かに聴いていた。そして笑った。


「ごめんなさいね。こんなことを羽揺さんに打ち明けても、困っちゃいますよね。慰めて下さって、ありがとうございました」


 その言葉に、心がズキンと痛んだ。


 マキナさんのカメラがゆっくりと外を向く。


「……羽揺さんは、旅行をしたことがありますか」


「えっ」


 突然の問に思考が止る。なんでそんなことを訊くんだろう。


「あ、あるよ。中学校の修学旅行で京都へ行った。幼稚園のとき……家族全員で三保の松原へ行った」


「楽しめましたか」


 俺は深く頷いた。マキナさんが続ける。


「私は、トゥキ様と一緒にいろんな時代へ行きました。自然や人間が遺したものを見て廻りました。綺麗な景色もたくさん眺めました」


 天井燈が温かい色に染まる。


「かけがえのない時間でした。私は、そうしてトゥキ様と過ごすのがとても楽しかったんです」


 マキナさんは「ふふっ」と笑った。


「大切なことを忘れたまま消えてしまうところでした。羽揺さん、ありがとうございます」


 数分後、マキナさんは眠ってしまった。灯りを落して静かにしている。オドメーターには「999yr 363d」と表示されていた。顔を塞ぎ、溜息をつく。


 ……俺は何をやってるんだろう。


 マキナさんは声こそ若々しくて、言動は俺より幼く感じることすらある。だけど、それは見かけの話だ。本当は千年も生きてきたんだから。俺より経験を積んでいて、器も大きいはずだ。彼女の言葉が脳裡に蘇る。


 ――慰めて下さって、ありがとうございました。


 あの時、どんな気持でそう言ったのか。マキナさんが、どんな目で俺を見ていたのか。想像すると恥しくて、消えてしまいたくなった。


 俺がもっと大人だったら良かったのに。「ショックだったよな。悲しかったよな」って、もっと慰めてやれたのに。幼い自分が疎しかった。


 不意にあくびが出た。顔を上げる。腕時計の針は十二時を指していた。眠いはずだ。本当なら真夜中なんだ。


 泳ぎまわって走りまわったから、体も疲れ切っている。俺は背もたれを倒した。


 白い山の上に太陽が昇っていた。だんだんとまぶたが重たくなってくる。氷河期の日本で、俺は眠りについた。

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