表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恐竜時代で放課後を  作者: 半ノ木ゆか
第5話 未来の街へ
21/45

#21 二十二世紀の東京

「椅子に摑まって!」


 水浸しの車内にツキの声が響いた。


 わけがわからぬまま座席の背もたれにしがみつく。マキナさんの車体は大きく揺れていた。それから、急に耳が痛くなった。


 ずん、という衝撃とともに、俺たちは床に叩きつけられた。車体が安定して、水平を保つ。


 隣を向くと、ツキと目が合った。上を向くと、マキナさんのカメラがこちらを見た。海中の風景が脳裡によみがえる。


「助かったんだ……」


 俺は言った。緊張がゆるむ。


羽揺はゆる、助けてくれてありがとう」


 座席の上でツキが言った。


「いや……こちらこそ。マキナさんも、本当にありがとう」


 外れたドアが車内を占拠していた。冷たい空気が外から流れ込む。あたりは一面、白い霧におおわれていた。


 いや、霧じゃなかった。霧だと思っていたもののなかに、青空がちらついていたんだ。マキナさんの回転翼も動いている。俺たちは雲の中にいたんだ。


「高度調節装置がやられたんだよ。それから、スピーカーも」


 ツキが心配そうに壁を撫でる。綺麗な白髪はびしょ濡れで、体にまとわりついていた。


 俺は外れたドアをどかし、トランクに顔を覗かせた。ツキの道具が散らかっている。俺はその中から速乾ドライヤーを拾い上げた。


「道具は全部無事みたいだな」


 ドライヤーをツキに手渡す。


「よかった。流されちゃったかと思った」


 温かい風がツキの髪を乾かす。


 ドライヤーで車内を乾かしていたら、天井にノートがへばりついているのを見つけた。俺は愕然とした。頁同士がくっついていて、読めたものじゃなかった。紙の端が波打っている。


(せっかく書いたのにな……)


 俺は大きな溜息をついた。


 マキナさんが垂直移動で高度をゆっくりと下げてゆく。座席の上の塩を払っていたら、眼下にビルの頭が見えてきた。


「二十二世紀の東京だよ」


 ツキがなつかしむように言った。


 マキナさんと同じような空飛ぶ車が、ビルとビルのあいだを行き交っている。その様子に見とれていたら、「ぐわん」という音を立てて、大きな直方体が目と鼻の先を横切った。俺は二度見した。胸に手を当てる。心臓がバクバクと鳴っていた。


「なんだ、今の」


「トラックだよ。まだ生き残ってたんだね」


 ツキが珍しそうに見遣った。タイヤも運転席もないけれど、言われてみれば確かにトラックだった。


 やっと地面が見えてきた。緑がもこもこと連なっているのは、夏木立だ。通行人は色とりどりのビーズみたいに見えた。川に橋がかかっている。俺はその景色に見憶えがあった。


「日本橋だ! 高速道路が上にない」


「自動車が空を飛べるから、必要なくなったんだよ」


 川のほとりに静かに着陸する。俺は外で伸びをした。


「羽揺、これをトランクに」


 ツキが車内から外れたドアを引っ張り出す。俺は慌ててドアの反対側を持った。海中で持った時よりずっと重く感じた。


「僕はマキナと一緒に車の修理工場へ行ってくる」


 トランクを閉めてツキが言った。


「遅くなるから、羽揺は夕飯でも食べて待っててよ。四次元ペンダントの宝石を機械にかざせば、支払えるよ」


「……へえ」


 ツキがマキナさんに乗り込む。立体地図を動かしながら、遠くを見るような目で言った。


「出費がかさむから、今日は本が買えないね……最期に一冊読みたかったんだけど」


 俺は疑問に思った。


「ツキはどうやって稼いだの?」


「この時代でいくつもバイトをしたよ。身分証明書がないから、そういうのが緩いところでしか働けなかったけどね」


 ちょっと悲しそうな目で、そう答えた。


 マキナさんが飛び立つ。ツキは窓から手を振り、言った。


「終ったら四次元ペンダントで連絡するから。ここで待合せね!」


「諒解!」


 手を振り返す。空中を行き交う車の列に、あっという間に紛れてしまった。


 我に返り、腕時計を見る。針は九時五十六分を指していた。家を出たのは午後三時頃だから、それから七時間近く経っている。


 腹の虫が「ぐう」と鳴いた。


 辺りを見回しながら街を歩く。さまざまな人種の人々が行き交っていた。肌の色も髪の色もそれぞれだ。服装は見慣れない形のものが多かった。けれど、奇抜なものはなかった。どの服も、現代のファッションの延長線上にあることが一目でわかった。


 看板などに書かれている文字も多種多様だった。英字もあったし、他のアジアの国の文字もあった。もちろん日本語の文字もあった。見たことのないむつかしい漢字や、ひらがなのような何かが混じっていて、全部は読めなかったけど。


 横断歩道があった。右を見て、左を見て、もう一度右を見てから渡る。上から急に車が下りてきて、俺は轢かれそうになった。


「こらこらこら」


 別の車が飛んできた。その姿に目を奪われる。マキナさんと同じ型だったんだ。ただし、渋い男性の声で喋っている。


「横断歩道を渡るときは、『右を見て、左を見て、《()()()()、もう一度右を見る』って、先生に習わなかったの?」


 車が説教を垂れる。車の屋根には赤いランプがくっついていた。


「あっ、はい……ゴメンナサイ」


 俺は戸惑いながらも頭を下げた。


「キミ、古風な恰好をしているね。名前は? ()()()()()()どこに住んでいるの?」


「ええと、俺の名前は――」


「次のニュースです」


 背後で声がした。俺は振り返った。


 空中に大きな立体映像が浮び上がっている。その中でアナウンサーらしき女性が言った。


「新車のパトカーと保護された絶滅動物が何者かによって強奪された事件で、タイムパトロールが本格的な捜査に乗り出しました」


「パトカーが……盗まれた!?」


 俺はニュース映像に見入った。


「きみ、そんなことも知らないの? 連日報道されてるでしょう」


 車が呆れたように言った。


「でも、絶滅動物を盗む……? タイムパトロールって何?」


 事件の内容を摑めない俺に、車が面倒臭そうに説明してくれた。


「タイムパトロールは、警察の特殊部隊だよ。タイムマシンでいろいろな時代を飛び回っている。『時間警察』とも呼ばれているね」


 車は続けた。


「タイムマシンが発明されて早五年。密猟者が大昔へ行って、その時代の植物を踏み荒らしたり、恐竜なんかの動物を殺したりするようになった。時間犯罪対策部タイムパトロール課は、そういう犯罪を取り締まるために去年設置されたんだよ」


 ひどいことをする人がいるもんだ、と怒りがこみ上げる。

「じゃあ、絶滅動物が盗まれたっていうのは?」


「密猟者から取り上げた古生物を、もとの時代へ帰すまで警察が一時的に保護しているんだ――古生物学者に健康状態なんかを診てもらうためにね。今回の事件は、その保護期間に起ったのさ」


 俺は車とともに横断歩道を渡った。そこには交番があった。


「もしかして、おじさんもパトカーなんですか」


「いかにも」


 車が誇らしげに言った。


「へえ! すげえ! カッコいい!」


「いやあ、それほどでも……」


 車がもじもじする。俺は用事を思い出した。


「じゃあ、この街には詳しいですよね。近くにレストランとかありませんか」


「この通りをまっすぐ進むと、左に和食屋があるよ」


「ありがとうございます!」


 俺はそさくさと逃げた。パトカーが慌てて言った。


「ちょっと、キミ! まだ名前と住所を聞いていないよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ