#19 巨大生物
「確かに、これは昔の僕だね」
星の目グラスをかけたツキが言った。
俺とツキはマキナさんに乗っていた。彼女は海面に漂っている。車体の下部で風船のようなものが膨んでいた。これのおかげで、ゴムボートみたいに水に浮んでいられるんだ。
「羽揺さん、進路の指示をお願いします」
マキナさんの言葉に俺は頷いた。窮屈な車内でツキから星の目グラスを受け取る。
ツキが視細い指で四次元ペンダントをいじる。取り出した千変鏡でリボンに変身した。
マキナさんが飛び立つ。四つの羽が回って、海面に波紋を描いた。ツキはぴょこぴょこと跳ねて俺の頭にくっついた。
星の目グラスをかける。空の向こうから白い翼竜が飛んでくるのが見えた。
「マキナさん、二時の方向へお願い」
海上を飛ぶ。俺は、星の目グラスで過去のツキを追った。方角をマキナさんに伝える。その都度、彼女が進路を調整した。
耳の上でリボンがもぞもぞと動く。俺は、頭のなかにいろんな動物の姿を思い浮べた。
ミヤマカラスアゲハ、イエネコ、ドリオレステス、カンプトサウルス、コパリオン、ポリコティルス類、翼竜――。
「ツキって何の動物だったんだろう」
「何の動物だったのでしょうね」
マキナさんが考え込むように言った。
「検討もつきません」
レンズの向こうで景色が変ってゆく。太陽がずんずんと東に沈んでゆく。空が朝焼色に染まり、やがて夜になった。
遠方に陸地が見えてきた。小さな島だ。ごつごつした黒い影が迫ってくる。その手前に、大きな光の塊が現れた。
「マキナさん、停って!」
俺は眼鏡をはずした。午後の太陽の下に岩だらけの小島があった。崖に翼竜が群がっている。
マキナさんは島の脇に回り込んだ。そこには小さな浜辺があった。一匹の翼竜が翼を折りたたみ、歩いている。
マキナさんは透明になって、慎重に浜辺に着陸した。
俺は隠れコートを着て砂浜に降り立った。翼竜の後姿がある。結構大きい。地面から頭の上まで二メートルはあった。右の翼、左の翼。まるで松葉杖をつく人みたいに、ゆっくりと歩いていた。
翼竜の背後にこっそりとしゃがみ込む。そして、俺は一人で何度も頷いた。あのFの字の足跡が残っていたんだ。
俺たちは島の正面に戻った。マキナさんが風船をふくらませ、着水する。光の塊が現れた場所より、少し沖合だった。
俺はそこで、星の目グラスの目盛を読み上げた。窓の外がまばゆい光に包まれた。
視界が晴れると、辺りは夜になっていた。
空には三日月が出ている。その光が海面に反射して、波に揺れていた。
俺は水面の下を覗いた。はじめは、暗くて何も見えなかった。でも、だんだんと目が闇に慣れてくる。
海の中で光が群れをなしていた。発光するイカだ。もう少し深いところを黒い影が横切ることもあった。たぶん、夜行性のサメか何かだったんだと思う。
海上の岩陰に目を凝らす。翼竜が寄り添いあって眠っているのが見えた。
「あと五秒です」
マキナさんが言った。
空に光の塊が現れた。それより少し早く、マキナさんからドローンが飛び立った。
過去のマキナさんが翼竜の群れに突っ込む。翼竜が一斉に飛び立って、騒いだ。
「……どうして毎度ぶつかるんだ」
俺の呟きにマキナさんが反応した。
「きっと『時間移動をする時は停車しなければならい』ということを知らなかったのでしょう。起動してまだ日が浅うございますからね」
それって、人間と同じように失敗しながら学んでゆくということかな。自動運転車がそんな感じでいいのかな……?
車内前方に動画が映し出された。ドローンの撮影している映像を、マキナさんが受信したんだ。
「新生代の氷河期。場所は日本ですね」
過去のマキナさんが島影に隠れる。マキナさんはそれを見計らって、ヘッドライトを点けた。暗い海面が照し出された。
オドメーターには「999yr 362d」と表示されていた。
座席で伸びをする。ふと、ダッシュボードの上のノートが目についた。それを手に取り、声をかける。
「ツキ、終ったぞ」
その時、マキナさんのボンネットに黒っぽい爬虫類が乗りあげた。二つの大きな目が俺に焦点を合せる。俺はぎっくりとして、ノートを脇に落してしまった。
思ったより小さな動物だった。人間よりひとまわり大きいくらいだ。細く開いた口に、円錐形の歯がずらりと並んでいる。
「も、モササウルス類だ」
俺は口だけ動かした。
「私の光に寄ってきたのですね」
マキナさんが言った。
突然、モササウルス類が怯えた様子で逃げ出す。三角形の尾鰭をみなもに打ち付け、泳ぎ去った。
次の瞬間、マキナさんが大きく揺れた。ぐんぐんと前方に引き込まれる。海の中に何かがいるんだ。
「マキナさん、何が起ってるんだよ」
俺は不安にかられた。
「何かが巻き付いています」
彼女が冷静に答えた。
けれど、窓の外にそれらしき姿は見えなかった。ただ、光が波を照らしているだけだ。
マキナさんは止った。波が浮きの風船にぶつかり、じゃぷんと音を立てる。
今度は、車体にコツン、コツンと何かが当った。それが低い音になって、海水をふるわせる。俺は、大きな鳥みたいな動物が、マキナさんにくちばしを突き立てているんだと思った。
俺のほほを汗が伝った。
「マキナさん、そこに何がいるんだ」
俺は気持を抑えきれず、訊ねた。
「わかりません」
マキナさんが困惑したように言った。
「私のカメラに映らないんです」
俺は、彼女の言葉が信じられなかった。コツン、コツンという振動が、床を伝って確かにこの足に響いているのに。
今度は、車体がゆっくりと前方に傾き出した。床に落ちたノートがするりするりと滑り、俺の足元で止まる。フロントガラスいっぱいに、暗い海中の風景がひろがる。
巨大な眼玉が車内を覗き込んだ。




