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恐竜時代で放課後を  作者: 半ノ木ゆか
第4話 日本は海の底
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#18 ツキの苦しみ

 視界の端に、表面のつるつるしたかいのようなものが映る。自分の前鰭だった。


 泳ぎなれなくて溺れそうになる。前の鰭と後ろの鰭。左の鰭と右の鰭。同時に動かすのか、交互に動かすのか、よくわからなかった。


 じたばたしているうちにコツがつかめてきた。クロールのように左右の手足を別々に動かしていると、上手くいかない。平泳ぎのように左右対称に動かすといいみたいだ。


 景色は大して鮮かじゃなかった。人間の目と比べても、色の数は少かったと思う。同じ爬虫類なのに、カンプトサウルスとは大違いだ。


 よく見ると、前方に細長い鼻面が伸びている。自分のふんだった。その上で光がレースカーテンのように揺れている。


 海中に一頭の動物が漂っていた。甲羅のないウミガメみたいな姿をしている。頭は前後に細長い。白い肌はツルツルとしていて、鱗がなかった。首元で宝石がキラリと光った。


「やることは昨日と同じだよ。過去の僕を探すんだ」


 ツキの声が聞こえた。白い動物が俺を見つめている。


「わかった」


 俺は言った。俺たちは沖へと泳いでいった。


 海中の景色は素晴しかった。銀色の魚群が目の前を横切ってゆくこともあった。それから、よくサメを見かけた。何匹も何匹も出てくるので見飽きちゃったけど、最初に見たときは恰好いいなと思った。


 アンモナイトが底近くの海中を泳いでいた。イカのような腕を漂わせている。


 次の瞬間、何かがアンモナイトをかっさらっていった。気が遠くなるほど首が長い。全長は十メートル以上あったと思う。ポリコティルスやフタバサウルスと同じ、首長竜のなかまだった。




 人間に戻り、大きな岩礁の上で一休みする。


 早速ノートを開き、見たものや思ったことを書き綴った。ツキは俺の隣で水筒の中身を飲んでいる。


 俺はシャーペンを止め、ツキの横顔を見た。海風が白い髪を揺らしている。頰はほんのりと赤くなっている。肌はきめ細かくて、皺ひとつなかった。ツキやマキナさんの話によれば、千歳は超えているはずなのに。


「どうしてツキは歳をとらないんだ」


 何気なく訊く。ツキは水筒を仕舞いながら答えた。


「千変鏡のおかげだよ」


 俺は、その意味がよくわからなかった。首をかしげる俺に、ツキが説明してくれる。


「千変鏡は、動物に変身するための機械だよね」


 俺は頷いた。


「動物のいろんな特徴を読み取って、それをもとに使い手のからだを作りかえる――でも実は、遺伝情報や抗体の情報といっしょに、その動物の年齢も読み取ってるんだよ」


 膝を抱え、ツキは海を眺めた。


「きっと、僕がはじめて人間に変身したとき、羽揺と同じくらいの歳の人間が近くにいたはずなんだ。僕はその人のデータを使い回してるから、何度人間に変身しても同じ年齢になるんだよ――」


 言葉はそこで途切れてしまった。顔を両膝の間にうずめて、縮こまっている。


「どうしたんだよ」


 顔を覗き込んで、俺は焦った。ツキは体を震わせて、怯えていたんだ。


「ご、ごめん! 変なこと訊いちゃったか」


「……違うよ」


 とても落ち着いた声だった。


「よくあることだよ。しばらくしたら治るから、心配しないで」


 本人の言う通り、五分くらいすると震えは止った。俺は控え目にその顔を見た。ツキがうつろな目で呟く。


「こわい」


 白い長いまつげを伏せる。


「自分が何の動物なのか、全然わからない。名前もあやふや。途中で、雄と雌の区別がない動物に変身したから、性別までどっちつかずになっちゃった」


 ツキは続けた。


「時々、自分が消えちゃったように感じるんだ……隠れコートも着てないのに。体の感覚がなくなって、空気に溶けていくみたいなんだよ。それが、すごく怖いんだ」


 それがどんな感覚なのか、俺にはよくわからなかった。


「……そうか。それは怖いよな」


 相槌を打つ。ツキは小さく頷いた。




 俺は過去のツキを探して海の深いところへ潜っていった。泳ぎにもすっかり慣れて、まるで本物の首長竜みたいだと我ながら思った。海面が遠ざかるにつれて辺りも暗くなってくる。


 巨大な岩があった。岩肌にあの二枚貝がたくさんくっついていた。海底をエビが歩いている。


 岩の下には隙間があった。真暗でよく見えなかったけれど、かなり広いと一目でわかった。ウミガメだって首長竜だって、家族で身を隠せそうだ。


 身をよじって覗き込み、目をこらす。そして、絶句した。


 暗闇の中に目玉が浮いていたんだ。ボーリングの球ほどもある大きな眼球が、岩の下で静かに漂っていた。


 目玉がくるりと動いて、俺をまっすぐ見つめる。


 俺は吹き出してしまった。口からボコボコと気泡が逃げる。溺れそうになりながら、死にものぐるいでツキのもとへ泳いだ。


「目玉だけの生き物なんているはずがないでしょ」


 俺は必死になって目玉の話をした。けれど、ツキは静かに笑ってそれを受け流した。


「本当に見たんだけどなあ」


 見間違いなんかじゃないと思うんだけど。


 そのあとも、俺たちは海の中を泳ぎ回った。けれど、なかなか過去のツキは見つからなかった。


 俺は息継ぎをしに海面から出た。肺に新鮮な空気が行き渡る。そのとき、頭上を白い影が飛び去った。


 翼をひろげた長さは二メートルくらい。一見、大きな鳥みたいな姿をしている。でも、鳥にしては様子が変だ。翼は羽根の集まりじゃなくて、コウモリのように皮が張ってできている。空飛ぶ爬虫類、翼竜だった。


 翼竜は、海上を蛇行しながら飛んでいた。急上昇したり、急降下したりを繰り返している。


(……あれ?)


 俺は目を細めた。首で何かがきらりと光ったように見えたんだ。


 今度は翼竜の首だけを注視する。急降下するときに、首元で小さな光がちらついた。やっぱり、何かを首につけている。


 今度は先回りして、翼竜を待ち伏せた。


 翼竜が急降下した。相手に見つからないように少し離れて様子をうかがう。それでも細かいところまで観察できた。


 体は白かった。でも、肌が白いわけじゃない。鳥の雛みたいに短い毛が生えていて、その毛の色が白かったんだ。翼には黒い筋模様が入っている。首には細い鎖のようなものがかかっていた。そこに緑の宝石がぶら下がっているのが、ハッキリと見えた。


 俺は確信した。過去のツキは翼竜に変身していたんだ。

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