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恐竜時代で放課後を  作者: 半ノ木ゆか
第4話 日本は海の底
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#17 八〇〇〇万年前の日本

 俺はマキナさんに乗った。車内前方に地球の立体映像が浮び上がる。地球はゆったりと自転していた。


 大陸の形はやっぱり現代と違っていた。南北に細長い海が北米大陸をまっぷたつにしている。ヨーロッパは水びたしで、小さな島々が散らばっているだけだ。


 ツキが車外から説明した。


白堊紀はくあきの地球は今よりずっと暖かかったんだ。北極や南極の氷も海にとけてた。水かさが増したことで、それまで陸地だった場所も沈んじゃったんだよ」


 ツキが北の大陸の東端を指さした。


「僕たちが今から行くのはここ。現在の日本列島があるあたりだね」


「知ってる!」


 俺はハキハキと言った。


「映画を観たよ。ピー助がいたんだよな」


 ツキは笑った。


「そうだね。でも、フタバサウルスの棲息年代より少し時代が下るから、会うことはないと思う」


 ユウさんはあぐらをかいて、俺たちの会話を黙って聴いていた。


 ツキがリボンに変身し、俺の頭にくっついた。メーターパネルが慌しく点滅する。


「ちょっと待って。持っていきたい物があるんだ」


 俺はマキナさんを降りた。シャーペンをワイシャツの胸ポケットに挟み、ノートを小脇に抱えた。これを持って行けば、小説のネタに出会ってもその場で書き留められる。


 もう一度乗り込む時に、ユウさんに声を掛けられた。


「お気を付けて」


 俺は何も言わなかった。何も言葉が浮ばなかった。マキナさんが静かにドアを閉める。


「行先、白堊紀新世、日本」


 車外の景色が霞んで、しまいには真白になった。


 霧が晴れるように、外の景色がだんだんとあらわになった。


 はじめに見えたのは、フロントガラスに擦れる青い木の葉だった。それから、葉をつけた細い枝が姿を現した。横の窓に目を向ける。こっちも緑ばっかりだ。


 マキナさんは緑の生い茂る森の中に停っていた。


「また森?」


 俺はマキナさんに言った。


「場所は合っているはずですよ」


 彼女が言った。


 俺たちはマキナさんを降りた。人間に変身したツキがマキナさんの背後を指差す。


「海が見える!」


 木々の間に白い雲が浮かんでいた。その下で、水平線が緩い弧を描いている。俺は走って森の外へ飛び出した。


 陽射しが照り付ける。濃い青色の海が見渡す限り広がっていた。額に汗がにじむ。


「充電中、充電中……」


 熱い砂浜の上でマキナさんが日向ぼっこを始める。緑色の充電ランプが車内で点滅していた。ツキは森から距離を取って、辺りの景色を確認している。


 俺は森に向き直った。


 浜辺の緑のなかに白い小振な花々が咲いている。そこへ、ブウンと低い羽音が近づいてきた。俺はぎょっとしてのけぞった。見ると、花の中に指先大の虫が潜り込んでいる。赤い腹をきらめかせる、あぶのような姿の昆虫だ。虻が飛び立つと、花が跳ね返ってゆらゆらと揺れた。甘い香りがツンと俺の鼻を突く。虻の脚に黄色い粉がくっついていた。


 浜を駆け降りる。


 波打際に、何やら見憶えのある物体が打ち上がっていた。「あっ!」と声を上げる。俺は嬉しくなってそれを拾い上げた。綺麗な螺旋を描いている。一見すると、白い巻貝の殻みたいだ。俺も化石を持っている。アンモナイトだった。


 表面の砂を払う。中から針金のようなものがはみ出て、ぴくぴく動いていた。俺は殻の中を覗き込んだ。同時に、瑠璃色のヤドカリが顔を出す。俺はびっくりして、それをぽとりと砂浜に落としてしまった。ヤドカリは細い触角で外の様子をうかがい、とことこと渚を歩いて行った。


 その近くには足跡も残っていた。細い三本指は、鳥や肉食恐竜みたいだ。でも、それにしては様子がおかしい。ところどころ、おかしな足型が混ざっていたんだ。まるでFの字のような恰好をしている。


 今まで見たことのない形だった。一体、どんな動物がこれを残したんだろう。


 俺はあたりを見回した。西には森がある。東には海がある。過去のツキたちは陸から来るのかな。それとも海から来るのかな。


「二手に分かれよう」


 ツキが提案する。すかさずマキナさんが言った。


「森を探します。私は泳げないので」


 その言葉にツキが頷く。


「じゃあ、陸はマキナに任せるよ。僕と羽揺は海を探そう」


 マキナさんが飛び立ち、森の向こうへ消えてゆく。俺はツキに訊ねた。


「どうやって海を行くの」


 まさか、ヤドカリに変身して大海原に乗り出すわけじゃないだろうな。


 ツキが海を眺めながら言った。


「泳ぎの得意な生き物に変身したいけど――ここは浅瀬だから、大きな動物は寄ってこられないね。少し移動しよっか」


 俺たちは海に沿って歩いた。


 砂浜に岩が混じりはじめる。二枚貝がくっついているものもあった。けれど、歩き進めるうちに貝附の岩は少くなった。もしかしたら、海が満潮に近づいていたのかもしれない。


 磯でツキが立ち止る。俺は沖を見た。


 緑色の島があった。木々の一本々々が辛うじて判別できるくらいの距離だ。


 島と磯のあいだの水面下に、影が走った。白い波を立てながら、自転車くらいの速さで横切ってゆく。黒っぽい体がイルカのように飛び跳ねた。


「ポリコティルス類だよ!」


 そう言いながら、ツキはもう千変鏡を取り出していた。全長二メートルほどの白い動物に変身して、海に飛び込む。しぶきが上がった。


「ツキ、待てよ!」


 俺はそれを追った。靴を履いたままじゃぼじゃぼと海に入る。制服のズボンが濡れて、脚に貼り付いた。冷たかった。


 胸元まで水に浸かる。ペンダントの宝石が水中を漂った。俺は滑る手でなんとか千変鏡を取り出した。鏡面には水滴がついている。


 鏡を構え、さっきの動物が現れるのを待つ。


 海面から黒い体が飛び出した。腹はカスタードクリームみたいな色をしていた。暗い紫色の目玉でこちらを見ている。俺は狙いを定めた。


 体が大きくなってゆく。手のひらで水をかくと、足が底から離れた。随分深いらしい。俺は海の世界へ繰り出した。

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