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恐竜時代で放課後を  作者: 半ノ木ゆか
第3話 ジュラ紀の森
13/45

#13 マキナさんが消える?!

「遺伝情報を読み込んだら、持手が点燈して知らせてくれるよ」


 持手の中央で丸い印が光った。


「ツキ。今光った」


「鏡面に触れて」


 人差指で鏡に触れる。


 手放した鏡が、すぐに四次元ペンダントに吸い込まれる。体がむくむくと大きくなってゆくのを感じながら、俺は目を閉じた。


 そっと目を開ける。


 まず気づいたのは、視野が随分と左右に広いことだ。首を動かさなくても自分の両脇を見渡せる。カンプトサウルスが水飲みをやめて、びっくりした顔でこちらを見ていた。


 でも、距離感が摑めなかった。どれが手前にあるもので、どれが奥にあるものなのか、それに近づくまでわからないんだ。まるで、のっぺりした映画館のスクリーンを眺めているみたいだった。


 一歩後ろに下がる。尻の上に鈍い痛みが走った。尻尾を樹の幹にぶつけたんだ。振動に驚いたんだと思う。頭上からキャーキャーという鳴声が降ってきた。


 俺はそれを見上げた。尻尾の長いコウモリのような動物たちが、樹の上から一斉に飛び立ったところだった。そして、釘付けになった。動物たちに釘付けになったんじゃない。空があまりにも綺麗だったんだ。


 空に雲がかかっている。ただの水色や白じゃない。山吹色や藤色が混じって、微妙な色合を作り出していた。その美しさに、今にも吸い込まれてしまいそうになる。


 一歩踏み出す。


 木々や地面にも初めて見る色が混ざっていた。鮮かで、斬新で、今まで見たどんな色にも似ていない。


「羽揺、どこへ行くの!?」


 ツキの声が頭に響く。視界の端の地面に小さな獣が映り込んでいた。けれど、俺は走り出してしまった。


 色とりどりの森の中を四本足で駈ける。途中から前足を浮かせて、二本足で走った。すべてのものが輝いて見えた。


 俺は木々を抜け、小高い丘の上に立った。心地良い風を全身で受け止めた。眼下に雄大な景色が広がっていた。蛇行する川に沿って、植物が生い茂っている。背の高い灰色のブラキオサウルスが群れをつくって歩いていた。


 このとき見た光景は、今も俺の脳裡に焼き付いている。




 俺は一旦人間に戻り、マキナさん乗りこんだ。


「三人で手分して、これから過去の僕を探す」


 鼠姿のツキが言った。


「過去の僕も、この時代の動物に変身してるはずなの。何の動物かはわからない。でも、四次元ペンダントをつけているから見分けられるはずだよ」


「ちょっと待った」


 俺は言った。


「どうして過去のツキを探す前提なの。マキナさんを探したらダメなのか」


「昨晩、過去の僕らを見たでしょ――マキナは普段、透明になってる」


「なるほど」


 ツキはドアに飛びついた。


「マキナと羽揺は、この川の南側を探して。僕は向こう岸を探す。見つけたら四次元ペンダントで連絡してね。――それじゃあ」


 ツキがマキナさんを降りる。ドアの向こうに色白のカンプトサウルスが現れた。カンプトサウルスは小川をじゃぶじゃぶと渡ると、対岸の森の中に消えてしまった。


 俺とマキナさんだけが残った。


「では、私たちも行きましょうか」


 マキナさんはそう言うと、さっきの空撮写真を前方に映した。画像を大きくしたり、小さくしたりして、これから探しに行く場所の下見をしている。俺は彼女のカメラを見上げた。


「マキナさん、ちょっとお訊ねしてもいいですか」


「なんでしょうか。あっ、タメ口で結構ですよ。私の口調は癖のようなものですから」


 俺はこくりと頷き、言った。


「……ツキは故郷に帰ったら、もとの姿に戻るつもりなんだよな」


「そうですね」


 天井のカメラが俺のほうにちらりと向いた。


「その時、マキナさんはどうするの?」


 突然、写真の動きが止った。計器盤で、ハザードランプのマークが無音で点滅している。


「私は……灰になります」


「ハイ?」


 俺は耳を疑った。


「ハイ、そうです」


「ちょっと待って、意味がわからないんだけど」


 困惑する俺を見かねて、マキナさんは写真を閉じた。ダッシュボードの中央に四角い穴が開く。そこから無色透明のガラスでできた、拳銃のようなものがせりあがってきた。


「『万化銃ばんかじゆう』です」


 マキナさんが言った。俺は小銃を覗き込んだ。


 天井燈の光がきらりと反射した。試験管のような小瓶が無数に内蔵されていて、それぞれに違う色の薬品が入っている。


「二十二世紀の人間が、ゴミをなくすために発明した道具です――千変鏡は、生物をいろいろな種類に変えることができますよね。これは、無生物をいろいろな種類に変えることができます。つまり、物の材質を変えられるのです」


 マキナさんが淡々と説明する。俺は戸惑った。


「これで、マキナさんを灰にしちゃえっていうのか? そんな、いくら何でも」


「私は機械としての寿命をとっくに超えています。トゥキ様が古くなった部品を定期的に交換してくれるので、なんとか形を保っていられましたが……。トゥキ様が動物に戻ってしまったら、私は遅かれ早かれ壊れる運命さだめにあるんです」


「別の人間の世話になることもできないの?」


「出処のわからない車を売りに出すことはできませんよ」


 俺は言葉を失ってしまった。これまで何気なく見てきた二人のやりとりを思い返す。ああやって話したり笑ったりできるのは、あと四日間だけなんだ。


「……こ、怖くないのか? 嫌じゃないのか?」


 思い切って訊ねる。すると、天井燈がだんだんと暗くなった。


「もちろん、トゥキ様に会えなくなることは嫌です。トゥキ様にそんなことを提案されて、ショックでもありました」


 彼女は言葉を切った。そのあと、車内が少し明るくなった。


「ですが、私はもう千年も生きたのです。二人での旅を存分に楽しみました。悔いはありません。ですから、消えることは怖くありません」


 俺はその言葉を黙って聞いていた。オドメーターには「999yr 361d」と表示されていた。




 俺は再びカンプトサウルスに変身して、マキナさんと一緒に歩いた。空撮写真によると、川の下流に湖がある。そこへ向いながら探すことになったんだ。


 川に沿って歩いてゆくと、確かに湖に出た。しかも、かなり広い。予備知識なしにここへやってきたら、海だと思ってしまうかもしれない。


 岸にわにが群れていた。ゴニオフォリスだ。大きな口を開けて、日向ぼっこをしている。口周りを小さな翼竜よくりゆう(空を飛ぶ爬虫類で、鳥とコウモリのあいの子のような姿をしている)につつかれている者もいた。


 俺は鰐に嚙みつかれないよう、遠巻にそれを眺めた。四次元ペンダントをつけていないか、一頭々々確認する。


「ツキはこの中にはいないみたいだけど……あれ、マキナさん?」


 彼女は浜に停っていた。車内で緑色の光が点滅している。


「ああ、羽揺さん」


 マキナさんがのろのろと近づいてくる。俺は動物に変身しているから、言葉が通じない。彼女は俺の身振とかその場の流れを見て、適当に返事をしてくれる。


「日差があたたかかったので、つい充電をしてしまいました」


「充電?」


 首をかしげた俺に、マキナさんが説明する。


「私は太陽光で発電するので」


 そういえば、そんなことも言っていたような気がする。


 俺たちは岸に沿って歩いた。マキナさんが話す。


昼寝スリープモードとは別ですよ。時間移動にはたいへんな電力が必要ですから、こまめに蓄えておかないと、すぐに電気を使い切ってしまうのです。百パーセントの充電でも、三回連続で時間移動をしたらすっからかんになります。私のような多機能の車輛では、なおさら電池の減りが早うございます」


「そっか。タイムマシンも大変なんだね」


 脚のすらりと長いオレンジ色の鰐類が、土煙をあげながら猫のように駈けてゆく。


 奇抜な恰好をした恐竜が歩いてきた。体の大きさはカンプトサウルスと大差ない。けれど、背中に菱形の板が互い違いに生えている。横から見ると、自分より一回りも二回りもおおきく見えた。


「ステゴサウルスだ……!」


 俺は感嘆して、マキナさんのもとを離れた。


 ステゴサウルスは黄緑色をしていた。腹は色が薄い。背中は鮮かなエメラルドグリーンのまだら模様になっている。ただし、これはカンプトサウルスの眼を通して見た色だ。人間の眼にはもっと地味に映るかもしれない。


 背中の板はほんのりと赤みを帯びていた。背中の中心から離れるにつれて板は小さくなる。尻尾の尖端では二対の棘に変っていた。棘は太く鋭く水平に生えている。時々尻尾を左右に揺らすので、反対側に回り込むときに、俺は危うく串刺になるところだった。


 今は湖の水を飲んでいる。首にペンダントはなかった。けれど、代りに面白い特徴を見つけた。硬そうな粒々がびっしりと喉を覆って、頸甲あかべよろいを作っていたんだ。まるで発泡スチロールの断面か、和菓子の五家宝ごかぼうみたいに見えた。


 湖を中心に、マキナと手分して探す。ディプロドクスの長い首を見上げていると、ペンダントから声がした。


「トゥキ様、羽揺さん、来てください。私は湖の南東の森の中にいます」

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