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恐竜時代で放課後を  作者: 半ノ木ゆか
第3話 ジュラ紀の森
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#12 恐竜時代にタイムスリップ

 ツキがマキナさんのドアをコンコンと叩いた。彼女がドアを開ける。


「マキナ。地図を出して」


 俺が乗り込むと、車外からツキが指示した。


 車内前方に青い球が現れた。表面に白い雲がたなびいている。海面が光を照り返して、キラキラしている。地球の立体映像だった。


「おお、すごい」


 俺は素直に感動した。


「私の情報処理能力にかかれば、なんのそのです」


 えっへん、とマキナさんが自慢する。


「マキナは本当にすごいねー」


 ツキがボンネットを撫でる。


「ふふっ」


 マキナさんが嬉しそうに笑う。天井燈がほんのりと桃色に染った。


 俺は地球をつんつんと突っつきながら、二人の将来に思いを馳せた。


 ――このまま順調に行けば、俺たちは四日後、ツキのふるさとに辿り着くんだよな。ツキはそこで自分の正体を思い出して、もとの姿に戻るんだよな。


 ツキはそのあと、野生動物として生きていくつもりでいる。でも、マキナさんはどうするつもりなんだろう……?


「あれっ、なんかこれおかしくない?」


 俺は地球を見直して、気づいた。大陸の形が見慣れたものじゃなかったんだ。


「これはジュラ紀新世の地球ですよ。大昔は、陸地の場所が今とは違っていたんです」


 マキナさんが説明してくれた。ツキが頷いて、地球を指差す。


「南半球に、とても大きな大陸があるでしょ。ゴンドワナ大陸っていうんだ。これが長い時間をかけて割れて、アフリカと南米とオーストラリアと南極、それからインドになってゆく」


 ツキは北半球を指さした。


「こっちがローラシア大陸。ばらばらに散らばって見えるけど、海の底ではつながってる」


「今のユーラシアと北米だな」


 俺は言った。ツキが頷いた。


「僕たちはこれから北米へ行く。パナマ地峡は出来上がっていないから、周りはぐるりと海に囲まれてるよ」


 マキナさんがシートベルトを締めてくれた。ツキはリボンになって、俺の頭によじ登った。


「行先、ジュラ紀新世、北米大陸」


 マキナさんが冷静に言った。


 窓の外に霧が立ち上る。俺の部屋が少しづつ隠れてゆく。胸がバクバクと脈打つ。


 机の上の図鑑を見つめながら、俺は深呼吸をした。


 やがて、霧の上から強い日差が照りつけた。マキナさんは荒原に停っていた。


 俺は窓の外を見た。


 木が一本、マキナさんの隣に生えていた。真っ直ぐな幹が青空めがけて伸びている。見上げると首が痛くなるくらい高い。てっぺんのあたりだけ分れていて、葉の落ちた枝が風に揺れていた。


 ツキは俺から飛び降りて、座席の隅に放ってあった四次元ペンダントに触れた。ペンダントから千変鏡が飛び出す。鏡面を叩いたツキが、細身の鼠のような獣に化けた。


 小さな頭に、不釣合に大きなリボンをつけている。鼠がキーキーと蚊細い声を上げた。


「ドリオレステス・オブトゥスス。リボンの姿だと君と話せないから」


 ツキの声が頭の中に響いた。


「マキナ。測量をお願い」


 ツキが、あの独特のリズムで鳴いた。以前はリボンをぺしぺしと動かしていたけど、今回はそれを鳴声で代用している。


「……おまかせください!」


 マキナさんが意気揚々と言った。ブウン、とドローンの飛び立つ音がする。


「ツキ。これからどうするんだ」


「水辺へ行くんだよ。ここより緑も多いはずだよね。水と植物があれば、それを求めて植物食の動物がやってくる」


 数十秒後、前方に画像が映し出された。この辺り一帯の空撮写真らしい。上が北だとすると、北東に向かって何本かの川が流れている。


「ここから一番近い川へ行こう」


 マキナさんは「承知しました」と言うと、川を目指して走り出した。


 俺は右から左へと流れてゆく外の景色を眺めていた。荒涼とした大地にところどころ緑が混じっている。どこかでステゴサウルスがシダを喰んでいないかと、俺は目を凝らした。けれど、そんなものは見当らなかった。


「大きな動物を見つけたら、それに変身して」


 細いひげをぴくぴく動かしながらツキが言った。


「えっ……俺も?」


「もちろん。そのために川へ向かっているんだから」


 ツキが尻尾を巻く。


「僕はただ遊ぶために変身してるわけじゃないよ」


「環境に適応するため?」


「それもある。海のなかで過ごせるように、海棲動物になったりとか。寒さに耐えられるように、毛皮の厚い動物になったりとか……。でも、もっと大切な意味がある。この時代の動物なら、この時代の微生物用に抗体をもってるでしょ。その免疫力を借りるんだよ」


 俺は階段での会話を思い出した。


「『行ったら話す』って言ったのは、それか」


 ガタガタという小刻みな揺れが止まった。


 マキナさんは小川のほとりに停っていた。シダの高木や針葉樹がしげっていて、森になっている。


 身を乗り出し、目を凝らす。窓ガラスに自分の顔が映り込む。虫の音が聴こえた。


「……なんにもいないみたいだけど」


 ツキはダッシュボードに登って、言った。


「見て! 右のシダの中!」


 茂みがガサガサと揺れる。その隙間に青い肌が見え隠れした。俺は息を飲んだ。


「わあ……」


 そして、圧倒された。


 くちばしから尾の先まで中型トラックくらいの長さがあった。全体的に落ち着いた青色をしている。尻尾は黒と白の縞模様。赤い喉には、小さな白い斑点が散りばめられていた。


「カンプトサウルス・ディスパルだよ」


 ツキが教えてくれた。


 カンプトサウルスは四本足で歩いてきて川岸で止った。今は川の水を飲んでいる。


「羽揺。今のうちに」


 ツキに言われて、俺は我に返った。いつの間にか釘付けになっていたんだ。


 マキナさんがドアを開けてくれる。ツキが言った。


「やり方は僕が指示するよ」


 履きなれた靴でジュラ紀の地面を踏みしめる。免疫スプレーをかけてあるから、靴の裏はまったく汚れない。かかとを上げたそばから、はらりはらりと土が落ちてゆく。


 俺は千変鏡を構えた。鏡面に俺の顔が映っている。緊張で口元が引き締っている。


 電源を入れると、外枠を残して鏡が透けた。鏡越しにカンプトサウルスがいた。カンプトサウルスはちらりと俺を見た。けれど、それっきりだった。


「写真を撮るつもりで、枠の中にカンプトサウルスを収めて」


 ツキの声が頭に響く。俺は言われた通りにした。


 カンプトサウルスは目と鼻の先だった。車内から見たときより、ずっと大きく見える。呼吸に合せて、砂色の胸が膨んだり、しぼんだりしていた。腰の高さは俺の身長と同じくらい。だから、顔を上げれば視線の高さもほとんど一緒だ。

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