#1 大昔の動物たち (扉絵つき)
扉絵 (半ノ木ゆか筆)
コンテナのなかの闇で、巨体が立ち上がった。太い尻尾を揺らしながら二本足で出てくる。足指には鈎爪が生え揃っている。首は鱗で被われていた。樽のように大きな頭と、それに釣り合わない小さな腕。
赤い目が左右を睨んだ。口が裂け、鋭い牙がのぞく。あたりいっぱいに咆哮が響き渡った。
ここは巨大な倉庫の中だ。二階建の家が屋根まですっぽり入るくらい、天井が高かった。たよりない明りが間隔をあけて並んでいる。そのあいだに、たくさんの線や管のような物が張り巡らされていた。
天井近くに金属製の歩廊がある。そこを一つの人影が駈け抜けた。
白い長い髪を振り乱す。橙色の目がちらりと下を見た。歳は十六歳くらいだ。手元で何かがキラリと光った。四角い手鏡のようなものを握っている。
その下で男が黒いロングコートを翻す。一メートル弱の銃身が槍のように伸びて、白髪に狙いを定めた。
天井の照明がパリンと割れる。弾を躱した白髪は、片手をついて歩廊の柵を飛び越えた。檻の上を飛石のように渡ってゆく。コンテナの向こうへ降り立ち、走り去る。
明りが後ろ髪を透かした。全体的には白髪なのだが、光の加減で朱色がかった紅色に見える、不思議な色合だった。
「このケダモノが」
男が青いペンダントを揺らし、そう吐き捨てた。黒いバイクがひとりでに走ってきて、彼のそばに停った。跨って白髪を追う。
白髪は風のように走りながら辺りを見た。
通路の両脇は真暗だ。闇はどこまで広がっているのかわからない。そこにさまざまな動物が並べられていた。
黒い檻の中から獣の息づかいが聞こえる。右で甲高い鳴声が響いた。鳥のような嘴とコウモリのような翼をもった生き物が、つぶらな瞳で籠の外を見つめている。左で派手な水しぶきが上がった。水面に尾鰭を打ち付けて、巨大な爬虫類が深い水槽に潜ってゆく。
白髪はそれを怯えながら、心惹かれながら見ていた。どれも初めて見る種類だった。実はみんな、はるか昔に絶滅したはずの動物なのだ。
白い長髪をなびかせて、人影が大慌てで階段を昇ってきた。
真暗な室内をきょろきょろ見回す。そのあいだも、背後から足音が迫っていた。入口から光が射し込む。白髪は音を立てぬよう、物陰にすばやく隠れた。
足音が階段を昇ってくる。タイヤが床と擦れて「キュッ」と音が鳴る。天井全体が光り、室内の全貌が顕になった。
そこは車庫だった。車たちが整然と収められている。白髪は眩しそうに目をしばたたかせた。
「先生、いかがいたしましょう」
凛とした女性の声でバイクが言った。男が指示する。
「第一車庫を探せ。私は第二を探す」
バイクがそろそろと通路を進んできた。前方にある小型カメラで、あたりに目を凝らしている。
彼女の両脇には一人乗の乗物が並んでいた。どれも同じ型で、自動車のように四つの車輪がついていた。白髪はその中の、壁際に置かれた車の裏に身を潜めていた。
白髪は手鏡を抱きしめて、浅い呼吸を繰り返していた。
その肘が車体に当った。こつん、と小さな音が響く。白髪はドッキリとして、固まった。
「……そこにいるの?」
バイクがずんずん近づく。
白髪は焦った。さらに奥へ行こうとするけれど、壁に囲まれている。
すがるように車体に抱きつく。ツルツルした表面を手のひらで叩いたり、爪で搔いたりする。そのうちに、指が四角い穴に引っかかった。そこに手をかけると、車体の一角がドアのように開いた。
白髪は車に転り込んだ。頭を上げると、顔に何かがぶつかった。緑色をした、平たい三角柱の宝石だ。それが、サンバイザーから細い鎖でぶら下がっている。コートの男が付けていたペンダントの、色違いだった。
目の焦点をずらす。フロントガラス越しにバイクと目が合った。
バイクはぎょっとした。白髪も席に坐ったまま後ずさった。振動でペンダントが揺れる。
きっと、スイッチに触ったのだろう。コンピューターが起動してしまった。自動でシートベルトが締り、体を固定した。白髪は悲鳴をあげて藻搔いた。
男の足音が迫ってくる。
バイクが我に返り、ドアを開けようとする。しかし、鍵がかかっている。
「早く、その釦を押して!」
バイクが窓越しに何度も言った。
じたばた動かしていた左手が、車内前方の空を切った。そこに立体映像が浮び上がる。車が女性の声で言った。
「行先、ジュラ紀中世、北中国」
車がまばゆい光を放つ。バイクはカメラを背けた。
コートの男が駈けつけたが、もう遅い。車は跡形もなく消えてしまった。