ミモザカート動乱の裏で
残酷な描写ありは嘘じゃない
そうして、放り投げた黒い物体にバングレー男爵が縋りつく。まさか、そんな思いが見て取れる。
「ミリアム! おいミリアムなのか、しっかりしろ!」
「無駄だ、もう死んでいる」
それは、バングレー男爵の長女、ミリアムの遺体だった。
「貴様、よくもミリアムを!」
「おっと、勘違いするな。俺はむしろ助けてあげた方だぜ? もっとも、その時点では手遅れだったがな。恨むなら、無能な自分のところの部隊を恨むんだな」
そう言って、俺は力が抜けたようにへたり込むバングレー男爵に剣を向けた。
話は、一日ほど前にさかのぼる。
本来であれば、俺はもう既に王都へ向かって出立しているところだった。キールマンはニルスたちが討ってくれるはずだ。確認せずとも別にいい。
本来であればというのは、俺が相変わらずミモザカートにとどまっているからだ。というのも、俺はキールマンが単騎でミモザカートに襲来したことに少し違和感があった。
いくらキールマンが脳筋で強いといったところで、普通街を単騎で攻め落とそうとするだろうか。いや、被害を与えようと思うだろうか。答えはノーだ。城壁ではばまれるとわかっていながら攻めてくるなんて、いくら馬鹿でもしない。それに、ヴァイネスの野郎がこんな作戦を承認するとは思えない。そう、例えば内通者でもいない限り。
そう、内通者だ。つまり、ミモザカート内に内通者がいるのだ。それは誰か。普通に考えれば、管理している貴族、バングレー男爵に行き当たる。それに、男爵軍も何かの準備をしていたしな。いくら、密約があったとしても、間違えて北エリアを攻撃されてはたまらない。そういうことだろう。
と、その場合、1つ疑問が残る。なぜ、バングレー男爵は魔王軍と協力するようなことをしたのか。腐っても貴族だ。それに、腐っても内乱時に武功で家を建てた家柄だ。それが魔王軍に協力するというのはいささか不可思議というものだ。まあ、貴族であっても魔王軍と内通しているような馬鹿はいなくはないだろうとは思うが、それとも違う。わざわざお膝元を攻めさせるなんて、正気の沙汰とは思えない。
何かあったはずだ。バングレー男爵が協力せざるを得なくなった理由が。
まず疑ったのは借金だった。借金で首が回らなくなる貴族は多い。けれど、忍び込ませた侍女によれば、そこまで借金があるというわけではないらしい。
ならば二つ目。犯罪行為に加担して、その弱みを握られた。実のところ、犯罪行為を行っている貴族というのは意外と多い。まあ、生き残る必要上ある程度は仕方ないのかもしれない。暗殺とか、俺も請け負うし。ただ、大貴族の場合は自分たちに被害が及ばないよう巧妙に隠すのに対して、バングレー男爵のような零細貴族だと、そこまで働かせる余裕がない。そうして弱みを握られる。ただ、怪しい人物が出入りしているというわけでもなかった。
答えは三つ目、誘拐だった。バングレー男爵の長女、ミリアムが誘拐されていたのだ。
通常は、貴族の子女が誘拐されるなんてめったに起こらない。当然護衛をつけているし、捕まったら拷問の上死刑になるようなそんな犯罪をわざわざ犯すような酔狂な奴は滅多にいない。普通ならば。
ただ、今回は不運だった。というのも、ミモザカートでは最近暗部の抗争があったらしい。その辺りはどうでもいいと思って放置していた俺のツケだな。そうして、3つの組織が争い、1つが力を失った。力を失った組織をジョバンニ・ファミリーという。
ここからは俺の推測になる。が、恐らくヴァイネスの手のものが権力争いに敗れたジョバンニ・ファミリーに接触したのだろう。ミリアムをさらってくれれば援助すると。切羽詰まっていたそいつらはその計画に飛びついた。
金さえもらえれば、犯罪行為だろうが何だろうが何でもやるような奴らだ。しかも、切羽詰まって他の組織に潰されかねない状態だった。手を出したとしてもおかしくはない。その辺りをヴァイネスはよくわかっている。あるいは抗争の時点から手を入れていたのかもしれないが。
まあ、俺だって人のことは言えない。似たようなものだ。暗殺や、脅迫だってする。誘拐もするかもしれない。だけど、ジョバンニ・ファミリーのやり方には吐き気がする。自分の面子のために魔王軍と協力して何も知らない貴族の少女をさらったのだ。
そういうわけだから、ジョバンニ・ファミリーを潰すことにした。ついでに、活動資金ももらう。俺今金欠だったし。助けられるのであればミリアムも助ける。そのつもりだった。
ただ、乗り込む時点で半分諦めていた。というのも、わざわざ人質を生かすとも思えない。生きていたとしても無事とは思えなかった。あいつらは、そういうことを平気でするような、人間のクズの集まりだからな。俺はそんなことはしない。
陽が沈むのを待って3つある拠点の一つに侵入する。と言っても、まだ襲撃はしない。その前の下準備だ。逃げられないように鋼線を張り巡らせる。触れば切れるような鋭いものだ。さらに毒を塗っておく。もちろん罠はそれだけではない。逃げられることがないように、幾重にも罠を仕掛けて俺は一旦そこを後にした。一人たりとも、許すつもりはなかった。
ああ、そうだ。俺は怒っているんだ。そういうことだったんだ。
清くあれなんてことは俺は言わない。清濁伏せ飲む。それが俺の心情だ。けれど、だからといって、許せないラインもある。ジョバンニ・ファミリーはそれを越えた。まあこの辺はサラに影響されたせいもあるのだろうけれど。
残り2つにも同じように罠を張り巡らせた。あーあ。罠の材料費が高い。もうちょっと、お金を調達しないとなあ。そんなことを考える。
正直なところ、組織を壊滅させるのは一人で十分だ。俺の本分はこういった破壊工作。罠を設置して、市街地で立ち回るというのなら、キールマンと1対1でもいい勝負ができるかもしれない。もっとも、勇者アーティーじゃそんなに活躍できる状況にはなかったが。
さて、行くか。
「な、貴様どこ……」
最後まで言わせる前に頸を斬り飛ばす。どうせ全滅させるのだ。仮面はなくていい。さて、それじゃあ始めようか。
あっけなかった。もうちょっと手ごたえがあるかもと期待していたが、そうでもなかった。まあ、力のあるやつはいるけど、搦め手からの攻撃には弱かったし。
それよりも、問題はほとんどため込んでいたお金がなかったことなんだよなあ。金貨16枚と銀貨8枚、銅貨59枚。はっきり言ってこんな状態で活動できるかっていうレベル。まああるだけもらいますけど。
それから、2つ目に襲撃した拠点は人身売買の倉庫だったらしい。面倒なので全滅させた後罠を取っ払って冒険者ギルドに通報しといた。役に立つ手勢は欲しいが、身バレするリスクを負ってまでじゃない。
ちなみにミリアムはと言えば、最後に襲撃した拠点にいた。いや、いたというのは語弊があるか。だって、遺体だったし。相当ひどいありさまだった。
ズタボロ、血だらけ傷だらけなのは恐らく、暴行を受けたからだろう。体のあちこちにあざがあったし、あばら骨も折られていた。なんか、左太ももの骨とか叩き潰されていた感じだったし。顔も腫れ上がって、頸も折れて、左手はちぎれかけていた。14の少女が受けた暴行にしてはすさまじいものだろう。暫くその場でミリアムの死を悼んだ。
唯一救いがあるとすれば、舌を噛み切って死ねたことか。ミリアムの口は血だらけになって舌が噛み切られていた。暴行を与えられる前に死んだのが救いとか、どんな救いだよ。
バングレー男爵を許すつもりはない。けれど、ある程度は同情する。男爵と、その家族ミリアムに。だから、せめて身を清めてやることにした。
傷を洗い流し、アルコールで血をふき取り、死化粧を施す。腫れていたところは針を刺して血をすいだした。骨が砕けていたところは皮膚を開き、中に木の杖を埋めて再び閉じる。ちぎれかけていた左手も縫って取れないようにした。顔は苦痛に歪んだ顔じゃなくて眠るような死に顔にする。口の中も拭いて舌も縫い留めた。ボロボロになっていた服も脱がせて清潔な服を着せる。流石に貴族の服じゃなく、庶民のある程度高価な服だったけれど。
こういう作業は実は結構慣れていた。魔王軍の実力者を討ち取った場合、頸を繋げて返すようなこともあった。余計な禍根を生まないようにだ。最近だったら、魔王軍四天王、火輪のカリンに対してしてやったな。まあ、所詮俺の自己満足なんだけどさ。だけど、いいだろ。
眠るようなミリアムの顔をなぞる。腰まである流れるような金髪。身を清めたときに少し切ったけれど、それでも十分に綺麗だ。血が通ってないせいもあるのだろうが、肌も白くて、とても可憐だ。これなら、バングレー男爵が溺愛していたというのも頷ける気はする。14歳、まだまだこれからだっただろうに、残念だ。俺が介入した時には手遅れだったわけだけれど。
でも、いつまでもこのままではいられないからな。バングレー男爵に引導を渡す。その計画を練るとしようか。
気がつけば夜が更けていた。
ここまでが、昨日のことだ。
「残念だったな。既に死んでいたよ。だがまあ、遺体はお前に返してやる」
正直なことを言えば、謀反を起こす前に遺体を返してあげてもよかった。そうすれば、こんな騒動を起こす必要はなかっただろう。だけどどっちにしろ貴族籍を剥奪しないといけなかったし、それにはちょうどよかった。さらに言うのであれば、俺はそこまで優しくない。同情はしてやるが、だからといって見逃しはしない。
「よかったな、最後に最愛の娘とあえて。そういうわけだ。第一王子に刃向かったことを後悔しながら、立派に謀反人として、死んでいけ」
がっくりと、バングレー男爵の肩が落ちた。それを俺は縄で逃げられないように縛り上げた。ニルスたちがやってきた声も聞こえる。
ここに、ミモザカート動乱は終結した。
ようやく主人公を陰謀渦巻く王都へ向かわせられる