流された噂
雷槍のキールマン、勇者に討たれる。
その報は、瞬く間にミモザカートに広がった。
雷槍のキールマンがこの近くにいたのは逃げ帰った冒険者たちの報告で分かっていた。そうして敗戦モードになっていたところを、やってきた勇者が討伐。そのおかげで、ミモザカートの町は大騒ぎだ。
上手くいった。直接キールマンの姿を確認したわけではないが、俺の策通りに動き、そしてキールマンを討ち取ることに成功した。これで、かなり今後が楽になるだろう。そう思っていた。
けれど、安心できないこともあった。というか、それがなければ俺はとっととミモザカートを離れている。もともと王都へ向かっていたわけだし、出来ることなら、ここでの時間差を埋めたい。けれど、そうできないのには理由があった。
雷槍のキールマンが勇者に討たれた。それ以外に、市井で流れている噂があったのだ。
曰く、雷槍のキールマンは本当は討たれていないのではないか。討たれたのは勇者の方で、キールマンが勇者に成りすましているのではないか。そういう噂だ。
雷槍の名前は大きい。ニルスたちが勇者として活動を始める前から王国でもその名前を聞くくらい、魔王軍四天王として高名だった。リーゼンヌ砦の攻城戦の時も最前線に立ち、猛威を振るったのだ。千軍万馬と呼ばれたのは伊達ではない。そんなキールマンがあっけなく討たれた。信じがたくなるのもわからなくはない。
さらに言うならば、冒険者たちはキールマンが陥った罠の森の存在を知らない。途中である程度の被害は与えたが、キールマン自身が引っ込んだのだと思っている。つまり見逃されたのだと。
それに対し、勇者ニルスたちの報告によれば、キールマンは出会った時点で疲弊していた。俺がキールマンを疲弊させた。けれど、冒険者たちはそれを知らない。ゆえに、ニルスたちが何かを隠しているのではないかと疑っている。
その結果が、キールマンがニルスに化けているという噂だ。まあ、それ自体は問題ではないのだが……。
問題は、その噂の発信源だ。
その発信源がよりにもよって領主のバングレー男爵なんだよなあ。
いや、バングレー男爵がその噂を流した理由とか、そこまで追い込まれた理由とか、あるいはその裏に潜んだゴタゴタとかは調べがついている。ただ、ここまでやってしまえば、男爵の処分は免れないだろう。まあ元々、バングレー男爵自体は隠居させるつもりだったしな。問題は、それがどこまで及ぶかという問題で。
ここで、バングレー男爵家について軽く説明しておこう。まず当主、グラント・バングレー。可もなく不可もなく、ごく普通の貴族だ。これが、戦時でなければ、何事もなく一生を終えた、かもしれない。かじ取りは下手だが、別に致命的とまではいわないしな。ちなみに第二王子派で、愛妻家だった。
それからその家族だ。男爵の妻は既に亡くなっている。カザン男爵家から嫁入りしてきた。まあ、ここは触れなくていい。そしてその二人の間には子どもが2人。長女のミリアムとその弟のギリー。この内、男爵はミリアムを溺愛している。ミリアムが14でギリーは11。二人とも評判は悪くない。ただし何か特筆するものがあるわけでもない。
そして、男爵の弟のアルフォードにその息子ノックス。アルフォードははっきり言って腑抜けで男爵に逆らう気など考えたくもないといった男だが、ノックスは違う。こいつはプライドが高く、上昇志向も強い。そういうわけで、特に理由もなく男爵に反抗している。
ちょうどいいので、ノックスには調略をかけてやった。第一王子派としてバングレー男爵家を継ぐのなら援護してやると。と言っても、数多くの貴族に同じようなことをしてるから、俺にとってはその中の一つと言う認識だ。というわけで、直接会ったことはない。ノックスは馬鹿だから自分の才覚だと勘違いしているようだけど。
まあ、ノックスでも使い道がある。そういうわけで、これから起こる騒動には関わらせたくない。なので、ミモザカートから逃がすことにした。騒動の渦中にいてもらっては困るのだ。
方法は簡単。男爵家の中にも、俺の手勢の侍女はいる。そいつが買い物に出たときに、文を袋の中へ忍び込ませた。ノックスをすぐに脱出させろと。俺だとわかるサインを入れておけば十分だった。
全く、バングレー男爵もいくら何でもやり過ぎだ。偽物の勇者を討ち取るという名目で、ニルスを攻撃する。要するに謀反だ。そこまでやられると庇いようもない。
元々隠居させる予定だったがちょうどいい。計画を利用して、男爵を屠ることにしよう。
「いいか。しかるべきところから情報があった。現在この町に滞在している勇者は勇者ではない! キールマンがすり替わった偽物だ。王子殿下を討ち取った魔族を我々はここで討つ!」
あーあ、しかるべきところなんて言ってしまってる。実際はそんなことはなく、使い捨てにされただけなのだが。だが、万が一にでもニルスが討たれれば、バングレー男爵の言うことを聞くやつもいるだろう。まあ、討たせるつもりなんて億に一つもないけれど。
俺はどこにいるのかというと、男爵家のすぐ横手に立てられている男爵軍の詰め所、その建物の外に俺はいた。背中に黒い物体を括り付け、絶賛工作中である。外壁を覆っているレンガのうち、核となるものを取り除く。そして中の骨組みの木材を切断する。爆破した時に、詰め所が崩れ落ちるように。
男爵が声を張り上げる。この時点で、処刑台に上がるのは確定だ。出来れば、ニルスに捕縛させたいけれど。
「いいか、大義名分は我々にある。王子殿下に化けた怨敵を討て! 出陣!」
「おおー!」
男爵軍の人も、疑ってはいるようだがこうまではっきり言われると付き従うしかなかった。もっとも無駄だけど。
ズゴオオオン
そんな音がして、詰め所が崩れていく。被害が大きくなるように内側に。流石魔王軍謹製の爆薬。少量なのにすさまじい効果だ。こういうのはヨハネスから横流ししてもらっているからな。
さて、この爆発にニルスたちは気づくはずだ。宿も男爵邸と同じ、北エリアに取っているからな。ちなみに謀反の疑いありというのは既に伝えてある。
「な、何事だ!?」
「わかりません、何者かに襲撃されたようです!」
おお、男爵は生き残っていたか。別にどうせ殺すんだけど、見せしめに処刑した方がいいからね。男爵軍の皆さんは死んでいてもいいけれど。
「な、お前は何……」
こっちを見て何かを言いかけた男の心臓にナイフを突き立てる。ちなみに俺は仮面をかぶっていた。目元を隠す仮面だ。いやだって正体ばれるといろいろ面倒だし。
「貴様、男爵家に刃向かうとはどういうつもりだ」
「その言葉、そのままそっくり返させてもらおう」
がれきから這い出てきた男が弓を放つ。でも、全然力は言ってないから余裕で躱せた。
「第一王子への謀反、許されると思うな」
「そんなことはない! しかるべきところから情報は得ている!」
自分でも不確かだと思うような情報を信用しちゃダメだよ。まあ、そうでもしないといけないっていう絶望感があるのは否定しないが。
「偽物の情報に踊らされやがった自らを呪うがいい」
「たとえ偽物だろうとなんだろうと、私はここで死ぬわけにはいかぬ! お前ら、やれ!」
ようやく這い出してきた一人の男が飛び掛かってくるが、俺はそれを一刀のもとに切って捨てた。
まあ、実際ニルスを討てば助かる、かもしれない。そう思い込んでいるから。だが、それも絶望に変えてやろう。
「私はこんなところで死ぬわけにはいかんのだ!」
「それは、こいつのためか?」
そう言って俺はせせら笑う。そうして背中に縛り付けていたその黒い物体を、バングレー男爵に向かって放り投げた。
次回、この騒動の裏話が明らかになります