キールマンの最期
三人称視点です
「くそがっ!」
キールマンは怒っていた。怒りながらも、森の中を疾走する。
何の障害もないはずだった。ヴァイネスの指示で、ミモザカートの町を混乱させ、ミスリルコーンを疲弊させる。その計画も準備も、万端だったはずだ。ミモザカートの内部での工作も成功して、後は乗り込んで暴れるだけだったというのに。
なのに、地竜を討伐しに来た冒険者どもと遭遇した。よりによって、そんな不運。今回じゃなくてもいいだろうと思うような最悪の不運が重なるなんて。
もちろん、魔王軍四天王の一角たる自分が冒険者に負けるはずもない。壊滅的な被害を与えられることだってできただろう。
けれど、問題はそう言うことではない。ヴァイネスは言っていた。見つかったら、有無を言わさず戻って来いと。キールマンには難しいことはわからないが、ヴァイネスの言うことは正しいのだろうと信じていた。
実際、一般論としてヴァイネスの言うことは正しい。ミモザカート襲撃は奇襲として気づかれる前に行うから被害が出るのであって、町の外で見つかってしまえば、いくら何でも城門を閉められてしまう。そうなってしまってはキールマンと言えど大した被害は出せずに消耗する。ならば、雷槍のキールマンが現れたという情報だけを与えて混乱させた方がいい。それが、ヴァイネスの考えだった。それ自体は間違っていない。
問題は、キールマンがミモザカートを襲撃するということが人族側、しかも勇者に流れてしまっていた。そういうことだ。そうして、ジャックが罠を仕掛けていたことだった。
キールマンは馬鹿だが無能ではない。与えられた指令はきっちりこなす。そう、退却という命令だって。
そうして、キールマンは自ら引くことを選んだ。もちろん、冒険者達も手柄を欲している。いくら地竜を想定していたとはいえ、賞金首に襲い掛かるやつらだっていた。そう言ったやつらは切り伏せ、突き刺し、殺して蹴散らしてきた。そうでもしないと退却自体がままならない。キールマン自身も切り傷を何ヵ所か負ったが、これくらいは大したことはない。ヴァイネスに動けないようになるなと言われていたがそれくらいは守れる。そう思っていた。
途中までは。
「どこのどいつだよあんなところに罠を仕掛けて放置したやつは! 見つけたら八つ裂きにしてやる!」
人目を避けようと森の中を進軍していたところで、大量の罠に引っかかる。設置したやつの姿はなかったから放置したまま回収を忘れたのだろうと判断したが、それにしたって酷過ぎた。まるで、キールマンの思考を読むかのようにいやらしい所に罠は仕掛けられていた。罠を避けようとしたところで罠。さらに避けようとしたところでもう一つ罠。ほっと油断したところで罠。ここにはないと確認したところで時間差で罠。作成者の性格の悪さがにじみ出るような罠だらけの森に、キールマンは怒りをあらわにする。
気づけばキールマンは満身創痍だった。あちこちに切り傷があり、刺さったままの矢が突き立ち、左手指先の力が抜ける。毒も食らったせいで、視界も少し歪んでいる。普通の人間ならば、あるいはある程度の冒険者ならば倒れて動けなくなっている。そんな傷だった。けれど、さすがは魔王軍四天王といったところか。こんなところで倒れ伏すわけにはいかないと歩みを進める。怒りを原動力に、怪我を負ってなお走り続けた。
仕方がない。そう思って、キールマンは街道へと出た。ミスリルコーンへ続く街道だ。途中の平原で脇にそれればいい。街道を行く人間に遭遇するかもしれないがその時はその時だ。ある程度なら皆殺しにすればいい。そうでなくとも、逃げればいい。勇者パーティーと遭遇するような、そんなイレギュラーがなければ何も問題ない。そう思っていた。
事実、キールマンは馬車で移動していた冒険者パーティーを撃破することに成功する。一組は全滅させ、もう一組も被害を与えて逃走することに成功した。それまでにキールマンは強かったのだ。
だから、再び馬車が見えてきたところで同じく蹴散らせばいいと思った。慢心などではなく、それが可能なだけの実力があった。これが、勇者パーティーとして面識のあったジャックが御者を務めていたのなら戦闘を避けただろう。しかし、御者台に座っていたのはシュタインだった。
「なっ、貴様!?」
飛び出してきた剣士の姿にキールマンは驚く。勇者、ニルス・ルート=ローゼンクロイツの姿がそこにあった。
「待っていたぞ! 雷槍のキールマン・リーゼンバーク!」
「貴様、勇者ニルス……」
「ここで、お前を、勇者ニルス・ロート=リーゼンバーグが討つ!」
キールマンは気づいた。自分ははめられたのだと。今になってようやく。冒険者が襲ってきたのも、罠が仕掛けてあったのも、ただの偶然ではなく、自分を討つためだったのだと。情報が漏れたのかあるいはヴァイネスが裏切ったのかはわからないが罠にかけられていたのだと。そうやって少しずつ少しずつ体力を奪い、動く体を奪い、勇者と相対した時に確実にキールマンを討ち取れるよう追い込んでいたのだと。
歯噛みする。今の自分では、ニルスにかなわないと。
いつもの自分であれば。絶好調じゃなくていい、疲弊していない自分であれば、勇者パーティーを丸ごと退けられた。けれど、策にはまったせいで力が出ない。本当にこのまま討ち取られてしまう。
勝ち目がない。そのことをキールマンは自覚していた。相手は、勇者パーティーほぼフルメンバー。しかも、疲弊していないと来ている。それに対しキールマンは疲労困憊。足元もおぼつかない。勝てる道理がなかった。しかも、逃げようにも魔法使いの攻撃があって逃げられない。
つまり、ここで討たれるということだった。罠にかけられた。キールマンを討つために。くそがっ。そう、毒づいたところで現状がどうにもならないのはわかっていた。
油断したからだ。油断して、誘い込まれたからこうなった。キールマンは己の行動を呪う。
「貴様ごときに討たれるほど俺は耄碌しておらぬわ!」
そう言って、キールマンは槍を握る。人一倍大きな槍に、バチバチっと雷光が迸った。
勝てない。そうわかってもキールマンは槍を握った。ひょっとしたら。ひょっとしたら蹴散らせるかもしれない。そんな、かすかな希望を抱いて。こんなところで死ぬわけにはいかないと槍を握った。
「おらぁぁあ! どうしたどうした! お前から肉塊にしてやる!」
「なめるな!」
けれど、ジャックの作り出した有利不利は覆しがたく、雷槍のキールマンはこの地にて、倒れ伏した。
わずか7話で退場する魔王軍四(五)天王(笑)
いや、キールマン君が弱いわけじゃないんだよ。ただ、運と相性が悪かったってだけで。後、主人公の下衆な思考が勝っただけで。
いや、ホント