逆羽矢の秘密
正直なところ、毎日連載とかようやらん
「分かっているのだろう、当然、四天王絡みだ」
「ということは、やはりニルスに伝える必要があるか」
「当然だろう。むしろ追放されたと聞いて一瞬焦ったぞ。まったく、偽装だと気づいたからよかったものの」
「お前なら気づくだろう。それができなければ魔王軍の諜報部隊の隊長なんてできない」
「違いない」
にこりともせずにヨハネスは言った。だが俺にはわかる、こいつは照れていると。
ここで俺たちと魔王軍との関係を説明しておこう。いや、正確には俺を含めた勇者パーティーの面々と魔王及びその側近の関係だ。
表向きには魔王軍とは戦争状態となっている。どちらから始まったなんて話は知らない。俺が生まれる前からずっと争いを続けていた。基本的には戦力は拮抗している。というのも、自然の関所が侵略を阻むからだ。
大陸中央西部を流れる急流、ミスリル川とその水源となっている大陸中央東部に連なる飛竜連峰。この二つの天然の関所により、大軍での更新が不可能となっている。侵略を行いたいのであれば、トンネルを掘るか、あるいは海から回り込むしかない。もっとも、つい最近リーゼンヌ砦が占拠されたが。
そうして長い間戦争を続けてきたせいもあり、互いに疲弊していた。特に魔王は最近代替わりがあったばかりだ。こちらだって継承問題を抱えている。
そうした魔王は一計を案じた。ミスリル川と飛竜連峰を境界として停戦条約を結ぼうというのだ。これ以上戦争は行いたくはない。そういうわけで、秘密裏に俺たちへと接触してきた。そうして、ニルスもこれを飲んだ。
けれど、どこにだって戦争を行いたいものはいる。それによって利益を得る者たちもいるからな。それが悪いことだという気はないが、俺は俺の目的のためにそれを叩き潰す。
その主戦派というのが、王国内で言うのならば教会派だったり、あるいは第二王子派の一部分だったりだ。まあ、第一王子派の中にもいないことはないが。魔王軍の方であれば四天王がそれにあたる。ちなみにヨハネスは当然非戦派だ。
ただ、そのせいで俺に功績がつかなくなった。魔王討伐パーティーのメンバーという称号ならば貴族に取り上げられてもおかしくはないが、魔王を討伐するわけでもない。なら、不穏分子を掃除するしかない。そういう結論に至ったんだよな。
「それで、どこに誰が来る予定だ」
「襲撃するのは魔王軍四天王、雷槍のキールマン。4日後にミモザカートを単騎で」
「そうか」
ミモザカートは王国南東部の要所だ。盆地にあり、籠城されると落とすことが難しい。けれど、落とされるとミスリルコーンは突き出した格好になり、一気に形成が傾くだろう。当然適当な貴族が収めているはずもなく、バングレー男爵家が統治している。男爵家ながらも、昔の内戦時に一番槍を務めたとかで当時の王の信頼が厚かった。もっとも今はその誇りもだいぶボロボロになっているようだが。
確かあそこは冒険者が多かったはず。ニルスたちを向かわせるのは当然として、冒険者を動かして物量戦を選ぶか。あそこのギルドマスターは王都から左遷されたから功績を欲してるしな。雷槍のキールマンは四天王の一角でかなり強いが、搦手には弱い傾向があった。なら俺の特技も役に立つ。冒険者で弱らせて、ニルスに敵を撃たせる。四天王がわざわざ来てくれるというのなら、ここで仕留めておきたい。
現状四天王は2人を討って残りは3人だ。5人いるんだよなあなぜか。ただ、5人が5人とも人族に対して恨みを抱いているからこいつらを討たないとね。そうじゃないと、魔王も部下たちを抑えられない。その内洪水のヴァルターはリーゼンヌ砦にいるから手が出せないんだけど。
話がそれた。男爵の私設軍も動かしたいがそれは難しいか。バングレー男爵は第二王子派で、調略をかけたのが男爵の甥だから影響力ないんだよなあ。まあ、戦力的にはキールマンを討つには十分。後は。
まあ、それはともかくとして、俺は戦いというのは弓を放つ前に終わっていると思っている。いや、正確に言えば勝利は決しているということか。チェスゲームのように有利不利が5分5分なんてことはありえないのだ。それまでの調略や工作、さらに勇者個人の力など、戦う前に集めた戦力がものを言う。
ほぼ確実にキールマンを討ち取るための手筋は見えた。なら、後はそれを実行するだけだ。
「それで、討ち取れるか?」
「俺を誰だと思っている? 勇者パーティー所属にして、この国一番の盗賊だ。それくらいわけはない」
「ならばいい。俺は魔王様からの言伝を伝えるだけなのでな」
そう言うと、ヨハネスは身を森の中へと沈めていく。すぐに見えなくなった。気配はあるからそこにいるのはわかるが、深追いする必要もないだろう。
俺も身をひるがえした。まさか、追放されて町を飛び出したその日にとんぼ返りする羽目になるとは思わなかった。今からミスリルコーンに戻れば、夜にたどり着く。
馬に飛び乗って、鼻先を180度展開させた。
夜陰に乗じてミスリルコーンへと忍び込む。万が一にも俺が不穏な動きをしていたとは思われたくない。ここから先は俺がミスリルコーンにいるのは事情を知っているやつ以外には知られてはいけない。何、この程度の城壁、警戒されていない今なら昇ることは簡単だ。
ひらりと身を躍らせる。直接ニルスとは接触をしない。スパイのシュタインがいるし。そういうわけで、文を残す。連絡方法なら既に確保していた。
シュタインは主に弓を使う。当然、盗まれては困るので、たいていは持ち歩いている。けれど、矢に関しては弓使いというのは結構ずぼらだ。大量の矢を射かけるわけでもないのに持ち歩くわけにもいかず、部屋に置きっぱなしにしている。そこへ、密書を用意するというわけだ。灯台下暗しともいう。
矢羽には、鳥の羽を使う。その時、右の翼の羽を使うなら、1つの矢に使われる矢羽は全部右の翼から取られたものだ。逆もしかり。
そして、弓使いというのはたいていどちらか一方の矢しか使わない。というのも、右の翼から作った矢と左の翼から作った矢では飛び方が違うのだ。だから、出来る限り同一の矢で放とうとする。冒険者で弓を使う人は、矢にも気を遣うのだ。貴族の息子であるシュタインはそんなことを知らないようだが。
けれど、周囲の人間は何も言わずに同じ方向の矢しか用意しない。そこで、俺が逆羽矢を混入しても気づかないのだ。
もちろんニルスたちには見分け方を教えてある。そして、その矢には中に空洞があり、そこに密書を入れることができるのだ。
はっきり言って、この程度の警備、俺にかかればざるである。たやすくやすやすと侵入し、矢を一本矢筒に差すことくらい造作もなかった。
書いた単語はたった3つ。3日後、ミモザカート、雷槍。その3つがあればニルスには伝わる。あいつも頭が悪いわけではないから。そしておそらく、気づくのは明日の朝だろう。時間もそれを踏まえて変えた。
そうして俺は再びミスリルコーンを後にする。城壁を越えて、すっかり夜の闇へと身を躍らせた。
先に現地へ行って裏工作をする。それが俺の仕事だ。
正直な話、作者には矢の飛び方の違いとか分かりません