誓いの代償
これにて第一部終了です。
更新がしんどいので、次から隔日更新にします
「くそっ、きりがない!」
「ここを突破すれば騎士団と合流できる! 一気に行くぞ!」
ニーナの愚痴にミーアが檄を飛ばす。
俺たちは陥落するアッフェバーデンの路地で迫りくる魔王軍から逃げまどっていた。ミーアが市民の非難に走り回ったせいで、逃げるのが少し遅れたのだ。朝焼けが迫る中、東門を目指して行く。逆光になるのが少し辛いな。
まあ、俺に惜しくも逃げられたっていうのは結果としては最高だろうし。ヴァイネスが地団太を踏むのも見てみたい。こんなところで死なないとはいえ、俺は相当ミーアを気にかけているらしい。一人で逃げればよかったのに。まあ、今からでも屋根の上をロープを使って逃げることもできるんだが。
隊列は、前方にミーアとジークリンデ。後方にリオと俺。左側にはエフゲニアがいて、右側にはニーナが陣取り市民を守る。他にも何人か冒険者たち。まあ、隊列を乱すようなら強制的に置いていくと宣言しているから、足手まといになればおいていく。自分たちの命がかかっているんだ。ミーアも仕方ないと思うだろう。
「遅れるなよ! 遅れたら死ぬ前にぶっ殺してやるからな!」
敵の群れにミーアが突っ込んでいく。振るった剣の勢いで敵が吹っ飛んでいった。俺も後ろから来ていないのを確認して、危うくなりそうな敵に短弓を打ち込んでいく。エフゲニアが風魔法で一気に敵を吹き飛ばした。その穴を埋めるように隊列で突っ込んでいく。
「邪魔を、するな!」
短剣に持ち替えて近づいてきたやつを斬り飛ばす。邪魔だ。雑魚相手なら、このパーティーなら完封できるはずだ。
飛んできた矢を短剣ではじく。もう一本の短剣を左手で薙ぎ払った。
左側に陣取っていた斧使いが敵の弓と絡まって少し止まる。邪魔だ、退きやがれ。
味方ごと斬り飛ばす。少しでも止まった奴はただの障害物だ。武器を捨てられない奴に居場所はない。
「リオ! 後ろをカバーできるか!」
「了解だ! 任せておけ!」
一瞬薄くなった左側にカバーに入る。その間に矢の雨がエフゲニアの体に少し突き立った。箆の部分を圧し折った。これで少しは動きやすくなるはずだ。
「っ!?」
あまり魔法は使いたくなかったんだけどな。搦め手としては使えるが、攻撃力としては弱いから事故強化くらいにしか使わないのが俺の戦い方だったのに。
右前方に現れた頭一つ高い魔族。筋量も多い。身にまとう魔力も大きかった。強い。
殺している隙はない。ここで左側を明け渡したら内部から割れてバラバラになってしまう。かといって、弓では攻撃力が足りない。俺たちが逃げ切るその隙ができればいい。
「ってめえらこれでも食らってろ!」
強敵、その少し手前の部分に闇魔法を放つ。俺が放てる最高峰の魔法。もう魔法は使えない。事故強化の魔法も解除した。矢を食らわないように気をつけなければ。
でもそのかいはあった。敵が倒れる。そうして、死体が奴らの邪魔をする。
「エフゲニア、今だ!」
ミーアが叫ぶ。エフゲニアが魔法陣を展開する。瞬間、空気が爆ぜた。
「止まるんじゃねえ!」
倒れた市民を踏みつけていく。駄目だ、こいつを助けている余裕はない。もう1人こけかけたやつがいたがそいつはニーナが前方に投げ飛ばした。
抜ける。
「お前ら、さっさと脱出しろ! ここはもう落ちる! 俺たちも後から行くから!」
東門で奮戦する騎士たちの作った防衛線を突破する。そうして、一気に、戦場から外へと駆け抜けた。
「はあ、はあ。お前ら、大丈夫か?」
「ああ、俺は大丈夫だ。だが、もう魔法は使えそうにない」
「私も」
ミーアの問いかけに俺とリオが答える。まだ走るのはやめない。出来ることなら戦場から遠くに行きたい。隊列を崩して遠くへと駆ける。確か、1キロくらいは知ったところにレインが馬を隠していてくれたはずだ。
「私も……あっ」
「エフゲニア!?」
エフゲニアが体の制御を失って倒れた。街から350メートルほど走ったところ。まだ時間的余裕はあるはずだ。だが、倒れ方がおかしく見えたぞ。
「おい、しっかりしろ!」
「毒だ! さっきの矢が毒矢だったんだ!」
まさかそんなわけがあるかと思って油断した。味方もいる中でそんなものをぶっ放す奴はいないと思っていた。
「ミーア! 回復魔法だ! それからポーション! 手遅れになる前に!」
「わかった!」
カサブランカの剣の回復役はミーアだ。前衛で戦いながら傷を負っても倒れずに戦い続ける。エフゲニアも使うが今倒れている。俺は魔力を使い切ったからもう無理だ。
傷を受けたのは左手。どこまで毒が回っているのかわからない以上、切る場所を考えながら3か所縛った。それから左手を切り落とす。腫れあがりかけていたからな。
「どうだ?」
「だめだ! 毒が全身にまで回ってる! 毒消しポーションを!」
そんなもの持ってない。いや、持っているが大量には持っていない。魔王軍からもらった毒薬とそれに対する解毒剤くらいだ。しかも、解毒剤も単独で使えば毒になる。エフゲニアの体を蝕んでいる毒が何かわからない以上、不用意には使えない。市販の毒消しはあまり持ってないのだ。全身に毒が回ると足りない。
「一番大きく腕を切り落とすんだ!」
「わかった」
ミーアから指示が飛ぶ。
「ジェーニャ! しっかり! しっかりしてよ!」
「もうすぐ結婚だったんだろ!」
ジークリンデとニーナが叫ぶ。駄目だ、完全に意識がない。
「なあ、どこに大きな血管が流れている!?」
「首の横だ! あとわきの下と鼠径部」
「わかった」
ミーアが頸動脈を切り裂いて直接そこにポーションを突っ込む。失った血は戻らない。だがそれでも毒が全身に回りかけている現状仕方がない。
エフゲニアの体が痙攣する。まずいかもしれない。
「しっかりしろ! お前に死なれたら私はどうしたらいいんだ!」
「これからじゃないか! これから幸せになるんでしょ! こんなところで死んじゃだめだよ!」
「う、あ?」
目が開いた。焦点はおかしいが、それでも意識が一瞬戻った。行けるかもしれない。そんな思いが高まる。けれど。
「ほら、ジェーニャしっかり。こんなところで死んじゃだめ!」
「あい……」
ミーアがポーションを大きな血管に突っ込んでいく。けれど、再びガクッと首が落ちた。
「おい、しっかり! しっかりするんだ!」
脈が、止まった。
「ジャック、退け!」
ミーアが俺を跳ね飛ばす。そうして胸を切って直接心臓の周りに手を突っ込んだ。
必死に心臓マッサージを繰り返す。エフゲニア、戻ってくれ。そんな思いをみんなが祈る。
けれど、エフゲニアの鼓動が戻ることはなかった。
「なんで! 一番死んじゃいけないでしょ! なのになんで!」
叫ぶニーナ。放心するミーア。俺たちも何もできずにいた。
俺のせいだ。俺がアッフェバーデンを落とす策を取ったから。あるいは、強制的にこいつらを退去させておけば死ぬことはなかったのに。そう思ったところで何も言えない。謝ることさえも。謝るということは、それは俺の目的を話すということと同義だから。
決めたんだ。ずっと前に何を犠牲にしても、俺はサラと結ばれるために動くって。そのためなら、誰だって敵に回すし誰だって殺すと。だけど、それをこんなところで目にするとは思わなかった。
決意が揺らいでしまいそうになるよな。本来ならこんなところで死ぬ必要なんてなかったはずなのに。
だけど、悲嘆にくれ続けるなんてこともできそうにない。
「みんな! 早くここから非難しないと! 門に火の手が上がってるよ!」
リアが叫ぶ。一番この中で冷静だった。
まずい。追いつかれたら、俺たちも殺される。
市民は先に走らせた。ここにいるのは俺たちだけだ。ならば。
「ミーア! エフゲニアを担げ! もう少し走れば馬があるはずだ!」
「おい、どうするつもりだ!」
「いいから早く!」
説明している暇はなかった。けれど、そのおかげで、上手く逃げ切ることに成功する。
そうして俺たちはアッフェローゼへと逃げ込んだ。エフゲニアの亡骸を抱えて。
どうするかって? 簡単だ。せめて、手厚く葬り去ってやりたいじゃないか。死に化粧くらいは俺がしてやる。そう思ったんだ。
その後、俺はカサブランカの剣と別れ、メイデンスに再び来ていた。攻め込んだと思ったら反撃される。そうでなければ、ヴァイネスをとどめておけないから。まあ、資材を奪うくらいでいいだろう。元海賊なわけでそういう戦いは得意だろうからな。
あ、ちなみにリオはカサブランカの剣に入るらしい。
さて、船団を壊滅させるのもあれだし、何隻か沈めて食料を何割か分捕るくらいでいいか。皆殺しにする必要もないし。そう思っていた。
それでいいはずだったんだ。けれど。
けれど、そうもいっていられない状況に陥った。こんな報告が俺のところに届いたのだ。
エレナの父親、シュートリンゲン公爵に裏切りの疑いあり、と。
え!? ヘルマン!?
ちょっとちょっと、何考えてくれ点のさ!




