ハニートラップ
「すまん、ちょっと肩を貸してくれ。飲みすぎたようだ」
「気をつけろよ?」
ミーアの奴、結構飲んでたからな。俺があの量飲めば間違いなく酔い潰れてる。やるとしても、スフィアやアナスタシアがいるような場合に限るが。そんなへまはしない。
「分かっている。お前だから安心して飲んでいたんだ。一応これでも女だぞ。そんな不用意なことはするか」
「そういう意味ではないのだが」
まあ、そういう意味もあるか。
椅子から立ち上がろうとするミーアに肩を貸す。見るからにふらついているし、目つきもいつもの凛々しさが消えていた。
いろいろ苦労してると、たまには酒に逃げたくなるよな。まあ、俺は冒険者の中でも貴族の領域に片足突っ込んでるからさらに気苦労が多いけど。
あー、しまったな。後れを取るわけじゃあないが、一瞬初動が遅れそうだ。足がふらつくほど飲んだわけではないが。
「しかし、ジャックは小さいな。力はあっても、ニーナの方が安定していたぞ」
「ほっとけ」
確かに小さいから、ミーアの体を支えるのは大変だ。というか、胸が肩に当たるんだけど。顔色一つ変えてないけど気になる。まあ、単純に何も考えてないだけだと思うが。
「それで、お前の部屋はどこだ?」
「あ、ああ。突き当りの一つ手前だ。一人一部屋借りている」
突き当りの一つ手前ね、了解。なかなかの好位置だ。しかも、4人で4部屋を借りられるくらいの経済力もある。時間がないと言っていたが、そこまで差し迫っているわけでもないのか。漠然とした不安があるだけで。
「ここだな」
「ああ。散らかっていてすまんな」
俺に入れと。宿の自室はプライベートルームだから自分の部屋に招き入れるのを嫌う冒険者も多いんだが。俺も自室に人を入れたくない。まあ、罠だらけで下手したら相手がかかってしまうというのもあるけれど。
というか、言うほど散らかっていない。十分綺麗な方だと思う。
「装備を脱がせてくれ。ちょっと疲れた」
「わかったよ」
言われるがままに纏っていた服を脱がせる。柔らかな寝着だけになった。おいおい。
「それで、そこの椅子で構わないか?」
「いや、動けそうにない。ベッドまで運んでくれ」
「わかった」
いや、俺だからよかったけど、狼になるやつもいるぞ。まあ、俺がそんなことをしないってわかっていて頼んでいるのだろうけど。
思えば、この時にきちんと警戒をしておくべきだったのだ。俺は人間から向けられる悪意には敏感だけれど、悪意を持たないような攻撃にはワンテンポ遅れる。ちょうど、今のように。
ミーアをベットドへ腰かけさせようと、肩を下げたときだった。
「ほら、寝転がって休め。うわっ!?」
投げ飛ばされる。警戒していなかったし、俺の体重は重くない。そのままベッドの上に仰向けに投げ出されて、腕を押さえつけられた。大丈夫、はずせる。
起き上がろうとする。だけど、その途中で動けなくなった。ミーアの顔が近くにあった。
窓に差し込む月の光が、青白くミーアの頬を照らす。栗毛の髪がふわっと広がって、女の子特有の柔らかい香りに包まれる。少し乱れた服の隙間から、ちらちらと白い肌が見え隠れしている。気づかないうちに俺ののどが鳴った。
ミーアに馬乗りになられていた。その気になればはねのけられるのかもしれない。だけど、体が動かせずに、ベッドの上でミーアに捕まえられて、目の前にすり寄られている。目はアルコールが入っていても、しっかりしていた。そうじゃないといくら何でも投げ飛ばせない。
ハニートラップか。いや、悪意じゃなく、単純に俺を縛り付けたい。それだけなんだろう。だけど、体が動かせる気がしない。
酔いは完全に冷めていた。
ちらっとミーアが人差し指を服の襟に突っ込む。爪がきらりと反射し、胸の部分がまくれ上がった。
「何を……、する気だ?」
「ジャックは、嫌か? 私とこういうことをするのは?」
ちらっと、艶めかしく舌なめずりをする。その姿にちょっと見惚れていた。
ああ、いや別に、ミーアのことが嫌いなんじゃないんだ。だけど、サラも残してきてるし、他にも俺に恋愛感情を持ってるのに応えられてない奴はたくさんいる。そんな中で、ミーアを抱くっていうのはちょっと罪悪感があるっていうか、なんていうか。だから、その、ダメだ。
「い、いや、罪悪感が」
そう思うなら、体をはねのけるなり、転がり出るなりすればいいのに。俺の体は動かない。
「私は、寂しい。ようやく気が合うやつと出会えたのに、何もなくて。これだけ頑張ってても、何もなく年老いていくだけなんだって考えたら寂しくなる。だから、せめて慰めてはくれないか?」
「そんなことを言われても……」
別に、いいんじゃないか。そんなことを思う。今ここでミーアを抱いても、問題が起こるわけじゃない。それに、ミーア自身が望んでいる。寂しいと、人肌恋しいと。
ミーアが俺の上に体をおろしてくる。柔らかい胸の感触が大胸筋に広がっていく。すぐ近くで、頸を動かせば唇に届きそうなくらい、近くに見えた。
「別に、勧誘の件は気にしなくていい。でも、私はジャックが結構好きだぞ。その能力を買ってってのもあるが、こうやって話せるのはお前くらいだ。だから、もういいだろ。寂しいんだ」
もぞもぞとミーアが動く。そうすると、だぼついた胸元が少し回って、見えた。
あ、いや、何がとは言わないが。
……もう、ミーアもわかってるはずだ。
いいよな。
そ、それに、ミーアと個人的に親しいのは利点だし、俺の部下に組み入れてもいいかもしれないし。
「んっ!?」
体をひっくり返す。今度は俺がミーアの上側に来た格好だ。月の光が白い肌に当たる。完全に素面の目じゃないか。
肩から紐がずり落ちかけていた。もう少しでふくらみがあらわになりそうだ。
「最初から、このつもりだったのか?」
「……そうだ。勧誘もしたかったが、久しぶりに気が合う男と出会ったんだ。それとも、寂しがっちゃダメか?」
「いや、いい」
まあ、俺だけじゃないんだろうな。そう思うと、少し嫉妬心をあおられる気がした。
顔を近づける。ミーアの緑色の瞳が少し青く見える。そうして、首の横に手を付いた。
俺は何をやってるんだ。そう思う。このままじゃダメだ。サラにどう顔向けするんだ。そう思っても。
ミーアが瞼を閉じた。
いいじゃないか、別に。今までがちょっと禁欲的過ぎたんだ。体の繋がりは充実感があって利用できるし、貴族や有力な冒険者なら何人か妻や妾がいるのもおかしくない。なあ、そうだろ。
ミーアは気心も知れてるし、大丈夫だ。顔を抱き寄せるように近づけて。
……唇が触れ合うかと思った。
「敵襲! 敵襲! 魔王軍が現れたらしいぞ!」
ばっと飛び起きる。ムードもへったくれもあるか! ぶち壊しじゃないか。起き上がったミーアを見ると、ちょっと見づらそうにそっぽを向いた。そのまま剣を手にかける。
「くそっ! ぶっ殺してやる!」
俺も、冒険者として戦わなくては。そう思ってミーアの部屋を後にする。それに、あの勢いだと俺にまで何か飛んできそうだ。
……危なかったあ。一線を越えるところだった。
ミーアちゃんは思った以上に乙女みたいだ
そして、主人公は恋愛感情を利用する割に、自分が手を加えてない感情にはヘタレ
あれ、おかしいな。ハーレムにする予定はなかったのに
どうせなら見た目麗しい女の子がいるといいよね→色々話追加しよう→どうしてこうなった




