温泉にて
バーデンってのはドイツ語で浴場って意味。
つまり温泉会の予告だったのだ!
「弱かったな」
「威力偵察といったところだろう。それから、情報通り人間がいるかってところか」
魔王軍を撃退したところで近くにいたミーアに言う。そりゃ、いきなりヴァイネスが大軍で攻め寄せてくるはずもなし。
まあでも、俺がついてすぐということは、やっぱり俺を探しているのだろう。何度か前線に身を投じたから、捕捉されているはずだ。全滅させたわけでもないから情報は入っているだろうしな。
「どんな人間が来ても、ミーアが倒してくれるよ」
「うちの魔法もあるからな。忘れんといてや」
カサブランカの剣の盗賊ジークリンデと魔法使いエフゲニアの言葉。どっちも結構な美少女だ。というか、カサブランカの剣って見た目もいいから言い寄る男も多いんだよな。
ジークリンデはとても小柄で、ともすれば12,3歳に思われるくらい。エフゲニアは元気そうで、突き出した八重歯が特徴的だ。髪の色はちょっとくすんだ金髪。どこかで貴族の血が混じったのだろう。
「金になるというの出来てみたが、魔族というのも容姿はあまり変わらないものだな。ふむ」
「リオは魔族と戦うのは初めてだっけ」
それから、西から来た女リオとカサブランカの剣のもう1人の剣士ニーナだ。リオは黒髪黒目で、ちょっと俺の故郷の人々と似ている。普段ソロでやってるんだけど、女性同士で気軽だからという理由でカサブランカの剣と行動を共にしていたはず。ニーナはたまに金を払って頼みごとをしている。依頼受けてもらったりな。
魔族と人族って、髪色と角以外はあんまり違いがない。だから、変装することもあるし、変装されることもある。それに、人間に似ているから、殺すのに忌避感を覚えるやつもいるみたいだ。まあ、見習い騎士が初の戦場でとか、そんな感じだけどな。
ミーアがパンパンと手を叩く。
「まあ、なんにせよみんなお疲れさん。ジャックとリオもありがとうな。だいぶ楽になった」
「そんなことない。ミーアだって心強かった」
こうやって、素直に人を褒められるところはミーアのいい所だと思う。
「それじゃあ撤収。ところで、ジャックとリオは宿は決まってるのか? 決めてないなら、リンゴの庭亭がおすすめだぞ」
「俺もそこだよ」
カサブランカの剣はかなりの顔なじみだし、連絡が取れると便利だからな。
「あそこは、温泉がついてるんだ。疲労を癒すには便利だぞ」
「温泉だと!? 私もそこに変えよう!」
リオが温泉という言葉に大げさに驚く。温泉が好きなのか、あるいは、故郷が温泉地なのか。
アッフェバーデンは温泉地だ。もともと、ノーチラス砦自体が海底火山の噴火でできた山を使った砦で、その近くにあるので温泉が湧きだす。
人工的に火山を噴火させられたら、ヴァイネスを追い払えるんだけど。流石のヴァイネスでも天災には勝てないし。ただ、そんな手段があるはずもないな。この案は却下だ。
「それにしても、リオちゃんって髪綺麗だよね。金髪もいいけど、黒も結構きれいかも」
「ああ、私の故郷でも自慢だった。濡れ烏と言ってな、光の加減では少し青っぽくも見えるらしい。驚いたよ、魔族が本当に蒼い髪をしていて」
確かに、リオの髪は艶があって綺麗だよな。妙に色っぽいとも思える。こういうのを好む人間がいてもおかしくない。俺の出身地ではここまできれいな髪のやつはいなかったな。
「私の故郷では、ほとんどが黒髪黒目なんだ。それでも、この髪は親からもらった自慢の髪だよ?」
「なあ、リオ。お前の故郷もブラック村か?」
「いや、違うが」
ふと思ったので聞いてみたが違ったようだ。俺の故郷以外にも黒髪黒目の集落があるらしい。ひょっとしたら、同郷のものかと思ったが、そうでもないか。
「そう言えば、ジャックの出身地は村人が全員黒髪黒目だったんだか」
「そうだ」
「ひょっとしたら、私の故郷からの移民かも知らんな。私以外にいたとは」
感慨深げにリオが呟く。そうしている間にも、リンゴの庭亭が近づいてきた。
大分人を避難させたと言っても、まだ残っている人間はいる。それに、宿屋も今が稼ぎ時だとばかりに。戦火が広がっているわけでもないからな。
新しい情報が入ってきてるわけでもないし、やることもない。とりあえずはヴァイネスをくぎづけるだけだ。宿屋で温泉につかってゆっくりでもするか。
「それじゃあ、私は荷物を取ってくる」
「ああ、またな」
「それより、ジャック。久しぶりに酒でも酌み交わさないか? ここであったのも縁だろう?」
「そうだな、それもいい」
酒を飲んで、温泉につかる。たまにはそんな日があってもいい。
温泉に入る。ただ温かいお湯につかる。それだけのことだけど、気持ちが落ち着くのはなぜだろう。まあ、そんなことを考えても仕方がない。
柵を隔てた向こう側には女性専用湯がある。こっちは一応男湯ということになっているが、別のところに入っちゃいけないというわけでもない。半殺しにされる覚悟があれば。
あとは、たまにだが覗きを敢行するやつもいる。俺はしないよ? 俺だったら余裕でできるし見つからないけど。でも、女装して女湯に入った方が早いしな。面倒だからそんなことしてないけど。
ただし、わざわざ男湯に入ってきたあほもいた。
扉が開き、白い肌が現れる。女らしい丸みを帯びた体つき。冒険者らしく筋肉もついているけれど、それも魅力的だ。タオルで体を隠してはいるものの、ちょっとすれば見えてしまいそうな、そんな気がしてしまう。
「おー、ジャック。探したぞ」
「おいこら! ここは男湯だぞ!」
ミーアだ。先に飲んでいたらしく、顔が少し赤くなっている。大事なところは隠しているし、別にルール違反じゃないがなぜ入ってきた! 俺以外にはいないけどさ。
ミーア。名字は捨てたと言っていた。昔、俺がお世話になった人物。俺の料理の腕を買ってくれているし、実力があるのも知っている。前の恋人、とは少し違うけど、そんな感じだ。仲も悪くない。こいつが敵対派閥にいても、出来ることなら助けてやりたい。そう思う人物の一人だ。
「別にいいだろ。ベッドを共にした仲だ」
「そういう問題じゃなくてだな」
ザブーンと音を立てて俺の横に飛び込んでくる。ミーアのすべすべした感触が俺の腕に滑り込んでくる。ちょっと、当てるなって!
確かにそう言うことはあったけどさ。まだサラと付き合う前に。だけど、それはいま持ち出すことじゃない。というか、俺以外いないから安心しているようだが、他の奴がいたらどうするつもりだ。
「やっぱり、私たちとパーティーを組む気はないか? 人数を増やしたいが、なかなか気が合うやつがいないんだ。リオも誘ってみるつもりだが、お前ならそつなくこなすだろう? 何より、今日一緒に戦って心強かったぞ?」
「確かに、ミーアは強いし、一緒に戦うと安心するよ。だけど、俺にはやりたいことがある」
勧誘。こいつが、ここまでしてってことは、相当俺のことを買ってくれてるんだろうなって思う。カサブランカの剣は馴染みのメンバーばかりだし、愛称だって良い。冒険者としては、最高の選択だと思う。それにさ、たぶん、パートナーとしても結構いいんだろうとも。だけど、俺は応えられないし。結婚してもいいくらいには思われてるだろうけど、そんなことはできないし。
不用意に体の関係を持たない。それは俺が決めていることだ。弱みになるし、子どもが出来ると問題が増えるし。
「それは、サラのことか?」
「そうだ」
「……なあ、私はそんなに魅力的じゃないか? この体を自由にしてくれてもいいんだぞ?」
ちょっ、ミーア!? タオルを引っ張るな! ただでさえ大きい胸に視線を向けないよう努力してたのに、目が向いちゃうじゃないか。
落ち着け、俺。ポーカーフェイスだ。そう思っても、ほんのり上気したミーアの肌に目が吸い寄せられる。白くてきれいで、胸も大きい。顔も美人だし、性格も悪くない。首筋を伝う汗が妙に扇情的だ。
って俺は何を考えてるんだ!
「そうだな、サラに比べたら、サラの方が魅力的だよ」
「そうか。お前なら別にいいと思ったのだがな。強くて、気も合う男はお前くらいしか知らないのだが」
嘘です。十分魅力的です。だけど、今サラと恋人関係にあるのは確かで、サラかミーアかどちらか選べと言われればサラを選ぶ。だから、応えられないよな。そんな思いには。
「すまんな」
「まあいい、別の手立てを考えるとしよう」
ミーアがお湯から立ち上がる。ちょっと、隠せって! 横向くけどさあ!
「それじゃあ、酒場で待ってるぞ」
……ホント、申し訳なさでいっぱいになる。ミーアの寂しそうな表情が頭につく。
やっぱ、サービスシーンは苦手です。だってしょうがないじゃないか(逆ギレ)
どうでもいいけど、リオちゃんは登場人物の中で一番日本人っぽい




