枢機卿暗殺
主人公女装中
「これから、教会派第三位、枢機卿シュテファン・フォン・ラインハルトを暗殺する」
そう言うと、ニルスの顔が変わった。
ここで、教会について説明しておこうと思う。教会は唯一神を信仰する人々の集まりで、人々をいやした人間は死後唯一神のもとで天使になるという伝承から、治癒魔法と関係が深い。エレナが治癒魔法を教わったのも王都にある教会だ。治癒魔法の才能があるとわかると、教会でその才能を育てられることも多い。
また、貧窮者に対する炊き出しや、孤児院の経営も教会が担当している。人々を癒せという教義から、エレナのように慈悲深い人も多い。そのままだと何の問題もないのだが……。
1つ目の問題は、政治に口を出してくることが多いということ。あれしろこれしろなど口を出してきて鬱陶しいとニルスが愚痴を漏らしていた。しかも、信徒の数も多く、市井に浸透している教会が蜂起した時に付き従う市民も多いだろう。さらに言うならば、教会のトップである、6人の枢機卿のうち3人は貴族籍も持っている。
2つ目はどこの組織でもそうだが、上層部の腐敗がひどいということ。教会の権力を盾に来た司祭が賄賂を要求するというのも結構多い話だ。そのせいで、教会は信用するが司祭は信用しないという人も多い。
政治に口出しされるのはある程度仕方ない。だが、貴族然として我が物顔で振舞う教会の司祭がいるのは問題だ。そのことはエレナも問題視していたしな。
実際、王国から、枢機卿には貴族に準じられた特権を与えられている。枢機卿だけだが。それを何を勘違いしたのか自分たちは権力があると勘違いして我が物顔で振舞う司祭が多すぎるのだ。
そして3つ目。最後の理由。それは、その教義にある。いくつかあるが、この際問題になるのは、ある一つの競技だ。汝の隣人に仇なす敵を討て。つまり、教義によれば武装を奨励しているのだ。むしろ、敵と判断したならば積極的に退治しなさいとしている。
そして、その敵とは当然魔族もそれに当たる。
教会は魔族との因縁がとてつもなく強い。殲滅すべしとまで言っている。
そんな状態で魔族と和平を結ぼうとしたらどうなるか。当然、反旗を翻すに決まっている。さらに言うなら、教会の敵認定されるかもしれない。
ただ、俺たちは魔王と停戦条約を結ぼうとしている。それをいまさら破棄する気はない。ならばどうするか。教会は人の心のよりどころとして必要だ。ただし、権力は削がないといけない。
元々、ニルスが教会の圧力を嫌っていたこともあって、教会派を潰すのは決定事項だった。和平の可能性がある第二王子派と違って、教会とはその可能性が残されていない。抵抗できないほどに叩き潰し、権力をそぎ落とす必要がある。そのための暗殺という手だ。
「シュテファンを暗殺する? どうしてこのタイミングで、だ?」
「このタイミングだからよ。私がシュテファンを暗殺する。そのタイミングで宣言してほしいの。枢機卿は貴族に準じられた特権を与えられてはいるが、貴族ではないって」
「そういうことか」
ニルスが納得したように頷く。ニルスが王都にいて騎士団の指揮をとれるからこそ、暗殺という手段を取れるようになる。
王国の法律にはこういうものがある。平民が貴族を殺害した場合、原則として極刑に処する。まあ、事故という場合もあるし、貴族側が平民を殺そうとして正当防衛で殺した場合は原則から外れる。普通はないが貴族が平民を殺した場合は貴族が処罰される。貴族の特権はあるが、平民もある程度は権利を保障されているんだよな。昔はもっと酷かったらしいが。
それはどうでもいい。問題は、この状態でシュテファンが暗殺された場合、貴族の特権として教会派は騎士団を動かし、暗殺の首謀者、つまり俺を躍起になって捕えようとするだろう。それが問題なのだ。
だが、それはニルスがいれば変わる。ニルスが枢機卿は貴族ではないと明言すれば、騎士団を動かさないと宣言すればそこまで本腰を入れて捜査しないだろう。明文化されているのは枢機卿は貴族に準じる特権を与えるということだ。つまり、貴族ではない。法の網の破れ目を広げるような行為だが、それでも違法ではない。
「しかし、どうして第3位のシュテファンなんだ? 第2位でもいいのでは?」
「いや、違うわ。シュテファンを暗殺することに意味があるの」
現状、枢機卿のうち貴族が第1位、5位、6位を占めている。一種の名誉職みたいなこともあるからな。流石に貴族は殺せない。
そして2位でなく、3位を選んだのには理由がある。単純に、3位の方が有能なのだ。成り上がった地位は2位の方が上だが、実質的に教会派を取り仕切っているのはシュテファンだ。裏工作あたりを取り仕切っている。悪徳司祭の事実をもみ消し、教会の信用を保っているのはシュテファンだ。さらに言うなら、教会内の各派閥の対立を抑えているのも。今、そいつを失えば、その内自壊してくれるのは目に見える。
「しかし、それだと教会に表だって喧嘩を売ることになるが」
「仕方ないと思うわ。いつかは潰さなければならない存在だしね。なら、こちら側から仕掛けた方がいいでしょ?」
「それもそうだな」
そう言ってニルスは紅茶を口に運ぶ。紅茶がこぼれそうになるまで揺らす。考え事をしている時のニルスのくせだ。何かを回す。
「わかった。それで行こう。それで、その後はどうしたらいい?」
「わからないわ。時間との勝負だから、恐らく、身を任せていればいいと思うけど。私から指示があれば出すつもりよ」
「わかった。お前に任せる」
ニルスへの説明は終わった。枢機卿暗殺という方針に賛同してもらえてよかった。一応ニルスには事前に連絡を入れておきたいからな。
「それで、いつ決行するつもりなんだ?」
「明日の夜のつもりをしてるわ」
「じゃあ、それまで一緒にいられる?」
「そのことなんだけど、後で話をするっていったの覚えてる? いいかな」
「いいわ。部屋変えましょうか?」
「そうしてもらえる?」
それじゃあ、次はサラの方へ個別に指示を出しておかないと。
翌日の夜、俺は夜陰に紛れて、1番街のシュテファンの邸宅の上にいた。これから、シュテファンを暗殺する。
ニルスとエレナは王宮で家族と会っているはずだ。サラは、今朝馬車で帰省した。サラの実家、リーバンスタイン領は王国の北東部にある。もう少し南にあればちょうどよかったのだが、地理に無理を言っても仕方ない。
さて、これからシュテファンを暗殺するわけだが、ただ殺すのなら楽ちんだ。音もなく部屋に入って毒を飲ませればいい。ただ、現状のことを考えると、俺の身分がバレない範囲内で強引に押し通った方がいいんだよな。もちろん、たどり着けないのは本末転倒だが、暗殺があったと気づかれた方がありがたい。
現状、シュテファンがいるのは2階の執務室だ。俺がいるのは3階の使用人部屋。現状は誰もいないが、どうするか。とりあえず、息を殺して執務室の近くまでは行こう。
煙突の内部を伝っていくととても楽なんだが、目的からそうするわけにもいくまい。まあ、今回の場合は見つかっても巻き込めばいいだけだから楽だけど。
2階の廊下に出る。執務室はどん詰まりにある。そして、当然そこには護衛がいた。このまま廊下に出たら当然気づかれる、か。不意打ちで護衛は倒したいしな。
窓の外へ出る。このくらいの壁なら凹凸を掴んで移動することもできる。夜陰に乗じて、執務室の近くまで移動する。
お、ちょうどメイドが夜食を運んで来たな。シュテファンのところには部下は潜り込ませていなかったはずだから、問題ない。よし、メイドが執務室から出てきたタイミングで決行するか。ちょうど騒動が起こって、なおかつシュテファンを殺害できる。
出てきた。
ガシャン
窓を割って侵入する。
「く、くせもっ!」
大声を出させたところで腹を刺した。毒を塗ったナイフだ。治療が良ければ助かるかもしれないな。まあ、俺の知ったことじゃないし。
「貴様!」
当然のように護衛がかけてくる。2人。
トップスピードへ。一気に駆け上がる。そうして、壁を蹴り、振られる剣をかいくぐって、一人の首筋を掻き切った。これで2人。十分だ。
護衛の上を飛び越える。これだけ騒ぎを起こせば、後はシュテファンを暗殺するだけだ。後ろから迫る護衛に用はない。振り向く前に執務室へと駆け込む。
シュテファンは驚いた姿勢で固まっていた。影武者でないな。なら、ちょうどいい。
そのままスピードに乗って、肋骨の隙間、心臓へとナイフを突き立てる。血があふれ出て俺の纏った服を濡らした。問題ない。
「あ、き……」
何かを言わせる前にナイフを引き抜いた。護衛が迫ってくるのを感じながら、窓ガラスを割って脱出する。取り出したロープを使って屋根の上へ。
「終え! 曲者だ!」
もう遅い。俺は王都の夜の闇に消えた。
追跡されていない。監視もされていない。完璧だ。
どうやら、ニルスはうまく立ち回ってくれたようだ。今は魔王軍との戦いが激化していて貴族でもない人間のために騎士団を動かす余裕はないと。それでいい。
さて、俺も次の仕事に取り掛からなければ。王都にはしばらく用はない。元々シュテファンは暗殺する予定だったが、キールマン討伐で予定が狂った。出来るだけ急がなければならないからな。
そんなことを考えながら、俺は王都の西門から外へ出る。目指すは西海岸。恐らくは芭蕉扇のヴァイネスが進行してくるであろう地点に行かなければ。
盗み出した騎士団の服装を身にまといながら、俺は馬を走らせる。
たった1話で退場するシュテファン。キールマンの方が見せ場あるな……
それから、主人公相変わらず犯罪行為おかしすぎだと思います。




