和平交渉
長くなったので分割します
「これこれ、警戒せずともよい。別にそちらに危害を加えようと思ってきたわけではないのだからな」
そう言われても油断できるか。ここは敵地ど真ん中で、しかも相対しているのはその首領足る魔王だ。ついでに言えば、こいつを討ち取ればしばらくの間時間が稼げる。言われなくても武器を下す馬鹿はいない。
というか、魔王の言葉なんて信用できるか。危害を加えないも何も、お前らは人族領に侵攻してきてるだろうが。そう言って、敵対しているところの人間に何のようだ。命乞いでもするわけじゃないだろうな。というか、魔王みたいな強大な力を持ってる存在を放置できるわけがないだろ。
「仕方ないのう。少し怖い思いをしてもらうぞ」
「っ!?」
「はひっ!?」
エレナの口から半分悲鳴なような声が漏れた。俺だって驚いている。空気中の魔力が震撼したようだ。それだけの、膨大な魔力を感じる。
勝てない。そう感じた。人の強さと魔力の量ってのは大体比例する。もちろん例外はあるし、俺は魔力量にすればかなり強い方だけれど、魔王はそれと比較にならないくらい強い。
しかも、魔王はもう一人を連れ立ってきた。こいつの強さが大体俺と同じくらいと見た。だが、残り3人で魔王にかかったとしても、勝てる気がしない。
たぶん、俺たちが万全の状態で、こちらの策通りに誘導することができれば、俺たち4人で討ち取ることはできなくはないと思っている。けれど、今じゃ無理だ。俺たちは魔王城に向かっている途中だったし、疲れ切っている。さらに言うならば、俺も罠を仕掛ける余裕がなかった。つまり、勝てる状況にない。
逃げなければ。逃げたところで人族領に帰れるわけではないが、体勢を立て直すくらいはできる。そうして、体調を整えれば本来の目的である魔王討伐だってできないわけじゃない。
問題は、4人で逃げられるとは思えないということ。魔王がそんな簡単に逃がしてくれるとは思えない。1人が囮になって時間を稼ぐ必要がある。当然、パーティーの盾で王子たるニルスは除外。治癒魔法を使える人物は必須ゆえ、エレナでもない。そして、こんなところでサラを死なせるわけにはいかない。となれば。
俺、か。
わかっていた。俺は、ニルスたちと違ってただの平民だ。そして、俺もかなりの実力を持つが、雑用を2人雇えば変えがきく。ニルスのように剣技を得意とするわけでもなければサラのように戦術級の大魔法が放てるわけでもない。エレナのようにあらゆる治癒魔法を使いこなせるわけではない。
弓を握る手に、自然と力が入った。
「やれやれ、これでもダメか」
「当り前だ。我々は魔族と取引などしない!」
ニルスが油断なく剣を構えながら叫ぶ。一瞬だけ目を走らせた。それで分かったはずだ。
「それが、和平交渉だったとしてもか」
「なにを!?」
「ニルスしっかりしなさい! 魔王が和平交渉なんて持ち掛けるわけないでしょ!」
ナイスフォローだサラ。俺は目の前のもう一体から注意を抜けない。
「四天王だって納得しないわ! あれだけ人族を恨んでるもの!」
「そう言うことだ。そんな見え見えの罠になど引っかからん!」
さっきなびきそうになっていたのは無視だ。そんな空気が読めないわけじゃない。
「妾は四天王とは違う! あのようなやつらと一緒にするな」
「っ!?」
弾みで矢が飛んでいく。それを分かっていたのかもう1人はさっとそれを避けた。素早く短剣2本を抜く。
「そちらもここに来る途中で見ただろう。都会はまだよいが、農村辺りは疲弊していて人も少ない。はっきり言って、戦争をしている余裕などない」
「それは嘘だな。リーゼンヌ砦に攻め込んでおきながら、戦争などできないと抜かすか」
「妾の言い間違いじゃ。確かにある程度は余裕があるが、妾は戦争などしとうない」
相変わらず、ニルスもサラもキリッと魔王を睨みつけていた。だが、魔王の言うことも一理ある。
もちろん、魔王が本当のことを言っているとは思っていない。けれど、これまで魔王は、恐怖をあおる以外は一切の敵対行動はとっていない。少なくとも、ある程度は本当のことがあるのかもしれない。
「出来ることなら四天王を抑えて侵攻をやめたい。だが、そういうわけにもいかぬ。聞けばそちの国も問題を抱えておるそうじゃないか」
「お前には関係ない」
「ちょっと待て、ニルス。どうやら、嘘は吐いていないようだ。一応、話だけでも聞いておいた方がいい」
このまま勝ち目がないのなら、舌戦に持って行って隙を見て逃げた方が得だ。
嘘を吐いていないというのがポイントだ。恐らく、魔王は嘘を吐いていないだろう。ただ、それが魔王の本心とは限らないだけで。
「ふむ。そちはブラック村のジャックだったか。そちはなかなか話が分かるようじゃの」
「聞いてやってもいいと言っただけだ。乗るとは言っていない。それからどうして俺の名前を知っている?」
魔族領から出て来ない魔王が知っているというのは怪しい。
「それで十分じゃ。それから、そもそもの話じゃが、人族にも協力者はいるわい。そうでなければ、こんなところまで探しに来てなどおらん」
その言葉に反応したのは俺だけだった。それはつまり、俺たちの計画が漏れていたということだ。魔王強襲計画が。
そんなバカな。見つかった記憶はない。けれど、内通者がいるとも思えない。俺たち4人と、それぞれが信用に足ると判断した者たちだけだ。じゃあなぜ、魔王はそれを知っていた?
パッと連れてきたもう一人へ視線を移した。こいつは、俺と同じだ。俺と同じく諜報を得意とする。まさか、気づかれていた? そうは思えないが、警戒するに越したことはないか。
ニルスが言う。
「わかった、話だけは聞いてやる」
「そう言ってくれると思っとったわい。と言っても、こちらが出したい条件に関してなのじゃがな」
「何が言いたい」
「簡単なことじゃ。妾は戦争などしたくない。じゃが、そうはいかない奴らがいる。そちらも知ってるだろう?」
「四天王か」
「ご名答じゃ。あやつら、皆が皆人族を底なしに恨んでおる。はっきり言って妾はまだ影響力が小さい。しかも、未だかつてないことをしようとしておる。四天王が反発すれば、魔族をまとめ上げられんじゃろうな」
「何が言いたい」
「簡単なことじゃ、四天王を全員、殺してほしい」
なるほどな。そう言うことか。恐らく、四天王を殺してほしいことは本当。さらに言うならば、現状戦争をしたくないのも本当だろう。ただ、恒久的な平和を願っているかどうかはわからないが。
「それで、王国に何の利があると」
「妾とて、王国に何人かは潜り込ませておる。そちの国もなかなかの窮状だそうではないか。貴族により民は搾取され、餓死するものが後を絶えないと聞いておるぞ」
「それは!?」
その一言は、ニルスにとって致命傷だった。
ニルスは勇者として王国各地を回っていた。その中で、いろんな窮状を見てきた。その中には、貧しい中でもニルスをもてなそうと我が子の肉をニルスの食卓に出した家もあったと聞いている。そんな中で、ニルスは自分が第一王子として何もできないことを嘆いていた。戦争をしているから。そのための戦力として、民を使っているからだ。
もちろん、魔王軍に対抗しないということはありえない。が、出来ることなら戦わずに膠着状態に追いやりたかったのも確かだ。それが、一足飛びで和平交渉。しかも、窮状を把握してるとも来ている。致命的な隙に他ならない。
なのに、なぜ攻撃してこない? いざという時は俺が受けるつもりでいたが、魔王はなぜ動いてこない。
「今日のところは、提案だけにしておくぞ。そちも考える時間が必要じゃろう。明日また会いに来る。ではの」
そう言うと、魔王ともう1人は再び空へ舞い上がった。俺たちは、それを見送ることしかできなかった。
あれ、聖女様って存在感薄い?




