窮鼠は猫を噛むしかない
12月中は毎日更新できないかなあ
「しかし、ずいぶん遠くまで来てしまったな」
船のデッキの上で外套を頭まで被ったニルスが呟く。
「仕方ないと思うけどな。これ以外の選択肢は実質的にないに等しい」
「ああ、それはわかっている」
それに対して、俺は髪を紫色に染めていた。魔族の色だ。帽子をかぶっていたが、この船の持ち主たちは俺たちを魔族の集団とでも思っただろう。それでいい。そうじゃないと、ミスリル川は渡れない。
いくらミスリル川が急流で、橋がかけられないどころか船で渡るのが危ないとは言っても、通る方法はいくらでもある。飛竜連峰を無理やり超えてもいいし、魔族がリーゼンヌ砦に攻め入った時のように地下道を掘ってもいい。さらに、今俺たちが使っているように、外海を通って船で渡るということも可能だ。
問題は、港町リッジモンドから魔族領までの航路がないこと。誰だって、好き好んで戦争中の敵地に、船を乗り付ければ殺されるとわかっている場所に行くものか。
そう考えた俺たちは一計を案じた。航路がなければ作ればいい。無理やりにでも船を進ませればいいと。その結果が俺のこの変装である。
俺が魔族の振りをし、ニルスたちが顔を隠す。髪の色と角以外は魔族と人族は実は大差ないからな。そのうちの一人が魔族の格好をしていれば、その集団は全員魔族というわけだ。これならば、風貌で無理やり魔族領に行けと脅して船を出させることができる。
それから、俺たちが乗っている船だが、旅客船でもなければ貨物船でも、まhしてや漁船でもない。海賊船だ。海賊船を選んだ理由は2つ。1つは、万が一上陸した後で船が見つかって殺されても痛くもかゆくもない。そしてもう1つは、いざという時は金で何とかなる。
海賊船というのは、金さえ出せば意外と何とかなることが多い。通行量を支払えば、見逃してくれるのが普通だ。そして今回は、俺たちが魔族の格好をしているため、下手をすると皆殺しにされるかもしれないという恐れがある。そういう恐怖心を植え付けたからな。余計なことを考えずに魔族領まで運んで欲しいものだ。
さらに言うのであれば、海賊には背徳感というのがない。どういうことかというと、人族として、魔族の益になることをしようがどうなろうが知ったこっちゃないということだ。元より、海賊なんてものに身分を落とした人間だ。魔族に心を売ろうがどうしようがお金がもらえるのならどうでもいいということなのだろう。これが普通の商船なんかだとそうはいかない。人族の誇りをかけて最後の一兵まで争うとかになったら面倒だからな。
それにしても、ニルスじゃないが、本当に遠くまで来たものだと思う。もともとは、ただの冒険者志望の村人だったのがニルスたちと出会い、恋に落ち、その結果現在魔族に扮して魔王に殴り込みをかけているのだから。
「ああ、いたいた。こんなところで男二人なにぼさっとしてるのよ」
「二人とも、船酔いしてないですか? してたら回復魔法掛けますからね」
ニルスと2人船縁から海を眺めていたところ、サラとエレナがやってきた。俺たちはこの船では自由に動き回ることができる。魔族を恐れているような人間ばかりだからな。
魔族は大体、人間の4から5倍の戦闘能力を持つ。というのは、標準的な魔族であれば人間4から5人は同時に相手ができるということだ。もちろん魔族にも人族にも例外があるがな。
たぶんこいつらは、俺たちのことを、魔族の中でもかなりの実力者だと思っているのだろう。ゆえに、うかつに手出しができない。まあ、ありがたいがな。
「いや、大丈夫だ。ちょっと遠いところまで来たなと思っただけだ」
「俺も、別に船酔いしたわけじゃない。大丈夫だ」
「それならよかったです。これから決戦だというのに、消耗はできませんからね」
クスリと、エレナが笑う。そうだな。一息吐けるのは、この船の上が最後だ。ならばせめて、体調を万全の状態に整えなければな。
魔族領についた後は海賊たちは放置で構わない。始末したとしても、船の処理が面倒だし、魔王軍に気取られたくはないからな。まあ、帰りの足がなくなるのは確かだが。
「なーにしみったれた顔してんのよ! 私たちは勝つしかないの。なら、勝って変えることだけを考えなさい」
「そうだな、サラの言う通りだ」
サラを抱き寄せると、顔を赤く染めた。かわいらしい。そうも言ってられないのだけれど。
サラの言う通り、俺たちは勝つしかない。帰りの足がないとは、勝たない限り帰れない、そんな特攻もいい所の作戦の真っただ中だからだ。魔王を倒せなければ、俺たちは敵地のど真ん中で、死ぬしかない。そういう状況だった。
俺たちがここまで追い込まれた理由は、半年ほど前までさかのぼる。
当時はまだ、リーゼンヌ砦も人族の手にあった。魔王が代変わりしてすぐだという話で、攻勢も弱まっていたのだ。一気に勢力を立て直すチャンスだった。
そこで俺たちは画策する。魔王軍四天王が一人、火輪がカリンを討ち取り、勢いづけようと。
その当時、魔王軍四天王は5人のうち4人がいた。火輪のカリン、雷槍のキールマン、芭蕉扇のヴァイネス、洪水のヴァルターの4人だ。当然それぞれに得意なものがある。雷槍のキールマンは魔王以外では最も強いと呼ばれる戦士だ。ただし、自らの戦力を特化することばかりに鍛錬を費やしているため、謀略は苦手だ。逆に謀略を得意とするものの、自身の戦力はそこまで高くないのが芭蕉扇のヴァイネスだ。ただし、その手の伸ばしようははっきり言って恐ろしい。俺の宿敵ともいえる。洪水のヴァルターは水魔法を得意とする。得意とするのは防衛線だ。ヴァルターの守る城を落とすのは難しい。
では、火輪のカリンは何が得意か。戦闘ではヴァイネスに勝てる程度、軍略でもヴァルターの方が一枚上だ。では何がカリンを四天王足らしめているのか。それは彼女の人望である。
火輪のカリンは確か3代前の魔王から使える四天王の一角だ。ちなみに残りの3人もカリンの教え子だったはずだ。
まあ、それはいい。簡単に言えば、一番討ち取りやすいのは火輪のカリンだということだ。もちろん彼女も老練な武将。簡単に討ち取れるわけではない。当然苦労はした。けれど、俺が策を弄し、サラが大魔法を惜しげもなく使い果たし、どうにか討ち取ることに成功した。ニルスたちはキールマンを抑えに行っていた。
ただ、問題があったのはそこからだった。魔王軍四天王の残りの3人が怒り狂ったのだ。それまでは消耗を気にしていたのが、何も考えずに力づくでリーゼンヌ砦を奪い取ったのだ。はっきり言ってそれまでは四天王が集って攻めてくることはなく、完全に油断していたところの猛攻だった。
リーゼンヌ砦を奪われたのは大きかった。そこからは、有利だった流れが一気に崩れる。街を2つ攻め落としたところでようやく止まったが、恐らく四天王はまだ怒り狂っていることだろう。カリンの首は繋げて返したが、それじゃあダメだったようだ。
はっきり言って大ピンチである。人族史上最大のピンチかもしれない。内乱なんて起こしている場合じゃないのに、相変わらず暗殺者が出てくるし、継承問題で内紛が起こりそうだし。人類が滅ぼされるかもしれなかった。
そして、そうなった現状、討てる手は1つしかなかった。すなわち、魔王軍のトップ、魔王を直接乗り込んで討つのである。魔王の代替わりで紛争が起これば、暫くは人族侵攻にかまけてられないくらいの余裕ができる。現状四天王をもう1人討ったところで止まるとは思えない。ならば、直接魔王を強襲するしかなかった。
かといって、大軍を送り込める余裕もない。というか、そんなことをすれば王都まで潰されかねなかった。残された手段は、少数精鋭、つまり俺たちでの殴り込みのみ。暗殺に近い相当卑怯な手段であるが、それぐらいしか手段がない。
極力ばれないように、俺たち少人数で、魔王城に乗り込んで魔王を討つ。言葉にするのは簡単だが、成功するとは到底思えない。そんな作戦だった。そもそも魔王城といったが、恐らく城があるだろうくらいで、地理も何もかもわかってない。魔族領に行って帰った人物はとてつもなく少ないのだ。わかっているのは今代の魔王はメルクレシア・ローレシア・ハーランドという名前で、長い銀髪が特徴という話だけだった。けれど、それでも魔王を討つしかない。実力が未知数だろうとなんだろうと、窮鼠は猫を噛むしかないのだ。
「本当に、この道で合っているのか?」
「そんなもの知るか。だが、大都市には大きな街道が続いているものだ。たぶんこっちだと思う」
魔族領で魔族に擬態するのはリスクが高すぎる。そういうわけで俺たちは見つからないようにこそこそと進んでいくしかなかった。当然、補給もままならない。野盗の真似事もした。貧しい村のわずかしかない食料をかっぱらったこともあった。それでも、涙を呑んでも進むしかない。俺たちの双肩には人族の未来がかかっていることくらい知っていた。
……俺もともとは平民なんだけどな。
「今は揉めても仕方ないわ。ジャックの言う通りにしましょう」
「そうだな、すまない」
「いや、問題ないさ」
ありがとう、サラ。俺も、この道で合っているのか不安だけれど。
荒野だった。岩がごろごろ転がり、緑が少ない。砂漠というやつだ。魔物は近くにいるし、地面に潜んでいる奴らもいるが、魔族の姿はない。それ以外であるのは、空を移動する鳥くらいだ。ん、鳥?
「全員、戦闘準備! 空からくる!」
「っ!?」
さっと気を引き締める。ニルスが剣と盾を構えた。俺もサラとエレナを守るべく矢を番える。あれは、鳥じゃない。飛行魔法を使った、人だ。つまり敵。
サラも飛行魔法は使える。が、消耗が激しいので使うことはあまりない。しかもそれが2人だ。相当な手練れのはず。魔王軍四天王は別の場所に置いてきたはずだというのに。
そうして、それはゆっくりと俺たちの前に舞い降りた。美しい銀色の髪をなびかせながら。
「そちが、勇者ニルス・ルート=ローゼンクロイツじゃな。妾は今代の魔王、メルクレシア・ローゼ・ハーランド。これからよろしく頼むぞい」
そう言って、絶望の化身はほほ笑んだ。
主人公たちの名前ですが、結構後漢だけで適当に決めていたりします。あ、でも、いろいろと裏設定もあって、それにのっとっている部分もあります。例えば、ミドルネームは相当高位の貴族しか名乗ることができないとか。ちょっとずつ明らかになっていくんじゃないかなあ(割と適当な作者)




