シュートリンゲン公爵邸にて
フリガナの部分は考えるのは楽しいんだけど、書くのは大変( *´艸`)
「ご無沙汰しております、シュートリンゲン公爵」
「確か、前にあったのは半年も前になるか」
「そうなりますね」
油断なく視線が動かされる。シュートリンゲン公爵は身長が高い。逆に俺は男性にしては身長が低いから、どう頑張っても威圧感が生まれてしまう。もっとも、そんなことに負ける気はしないが。
「しかし、わざわざ君が尋ねてくるとは思わなかったよ」
「シュートリンゲン公爵には、ぜひとも知っていてもらわないと困ることですから」
貴族というのは、すごく面倒だ。建前と本音を上手く使い分けるのだから。
シュートリンゲン公爵には俺の実力の片鱗を見せている。まあ、味方候補の人物にまですべてを隠そうとは思わない。ある程度実力があるのはわかっているはずだ。
「しかし、私がつかんだ情報によれば、君は勇者パーティーから追放されたはずだが」
「まさか、私が本当に無能だと信じているのですか?」
例えば、今連れている侍女。黒髪にブラウンの瞳。一見地味で目立たないようだが、ここにいるのはおかしい。貴族は血筋を重視したがる中で、黒髪は平民の、それこそ底辺の証とも言えた。そんな奴がここにいるのは、公爵が重用している部下だからに他ならない。髪を染めているわけでもなさそうだしな。
一瞬ちらっと公爵の後ろの侍女に目を向けた。
ふっと、一つ公爵が息を吐き出した。ここからは、本気で行くということか。
「ヘレン。扉を締めろ。それから、暫くの間この部屋には誰も近づくなと通達しろ。ああ、あとお前も同席していい」
公爵が侍女に指示を出す。そう来ましたか。まあでも、交渉のテーブルには引っ張り出せたからよしとするか。
「それでは、話を伺うとしましょうか。おっと、その前に、こちらはこの屋敷の侍女のヘレンです。もともとはエレナの付き人だったのですが、戦場に出すわけにはいかないので家で働かせています」
「優秀な部下をお持ちになって羨ましい限りです。私もお嬢様のように優秀な付き人が欲しかったところです。それとこちらは、スフィア。私の屋敷の管理をさせています」
「ほう。なかなか見目麗しい。北部の麗人と謳われたローンハイツ男爵家の娘に勝るとも劣らない美貌ですな」
「ええ。私のいない間しっかり管理してくれて助かりました」
やはり、食えないな。スフィアの昔の名前を一目見ただけで言い当てるとは。だがまあ、その有能さが今は欲しい。
「それより、本題に入りませんか」
「ああ。そうだったな。時間を取らせるのもなんだろう。確か、貴殿が追放された件だったか」
「まあ、表向きにはそう言うことになっていますね」
「ということは、そうではないと」
「ええ、そうです」
すっと、スフィアの纏う雰囲気が変わった。
一つ悩んだことがあるとすれば、それはヘレンのことだ。公爵の意思でこの場に同席しているのはわかっている。だが、伝えるべきか否か。
ヘレンが裏切らないかの心配をしているわけではない。公爵は長年ローゼンクロイツ王国の政治を任されてきた切れ者だ。そんな人物が溺愛する娘の付き人を見誤るとは思えない。
問題はそうではない。問題は追放が偽装だと知られる人間が多くなる。その一点に尽きる。公爵は俺の意思で明らかにしてもいいと決めたが、これは最重要機密だ。知られる人間は少ないほどいい。誰かが裏切ることに関係なく漏れる可能性があるのなら、その母数を小さくしなければいけないからな。
まあ、いいだろう。ここで公爵の援助が引き出せなくなっては元も子もない。
「ニルスから、敵対する派閥を潰せと命じられたんですよ。それにあたって、自由に動けるように、それから油断させるために、追放させられたことにした。そう言うことです」
「なるほど、確かに一理あるな」
まあ、そんな簡単だとは俺も思っていない。さて、どのカードを切るか。
「だが、貴殿の言葉を全部信用するわけにもいかない。追放されたのをいいことに、私のところにたかりに来たとも考えられるだろう」
「ならば、私が無能でなければいいのですか? ニルスが利用したいと思えるような」
「まあ、そう言うことになる」
まあ、それくらいはね。
「聞くところによると、公爵様は最近ベネディクト伯爵と懇意にされているそうで。ベネディクト家は中立を宣言していたはずですが」
何かあるのは知っていた。ただ、現状なぜ接触しているのかはつかめなかった。でも、関係を隠しているようでもあるからちょうどいい。
「ふむ、どうやらかなりいい耳をお持ちのようだ。しかし、だからといって安易な判断を下すわけにはいかぬな」
「そう言えば、公爵のお耳に入れておきたいことを思い出しましたよ」
「ほう。なんだ」
「テレマンティン伯爵家ですが、どうやらミスリルの横領をしているようです」
その瞬間、公爵の眉毛がピクリと動いたのを俺は見逃さなかった。
「ほう、エーベルハルトが」
テレマンティン伯爵家は、飛竜山脈のふもとにある、ミスリルの生産地だ。当主はエーベルハルト・テレマンティン伯爵。ミスリルは希少ゆえ、横領はかなり目を光らせているはずなのだが、やはりか。
ちなみに、一応第一王子派だが、跡目争いで結構揉めている。だから、トップを今のうちに挿げ替えたい。いや、待てよ。第四のフィクサーが出張ってくる可能性もあるか。なら、その目的を確かめるか。
「あとで、私の方から証拠の方を送らせます」
「わかった、受け取ろう」
やはり、知らなかったようだ。知っていたら、そんなものは要らないというはずだからな。
「確かに、貴殿は優秀なようだ。我が公爵家の取っても利のある話だろう。それで、私に何を求める?」
「こればかりは取り繕っても仕方ありませんからね。資金援助を頼みたいのです。未来の王妃様に禍根は残しておけないでしょう」
公爵が建前を崩すのを待って、俺も要求する本音を打ち明けた。
俺ならば、第二王子派をすべて丸め込ませられる。そう、暗に伝えた。
「なるほどな、確かに、私も娘には苦労は掛けたくない。今は忙しいが、エーベルハルトを処分すれば時間ができるだろう」
「では、お待ちしております」
まあ、そうなるか。俺がはったりをかけているという可能性も残っているしな。だが、俺は嘘は吐いていない。後で、スフィアに証拠を送らせよう。それでパトロンが手に入るはずだ。
「貴殿のことを、期待しているよ。ヘレン、送って差し上げろ」
「わかりました、こちらになります」
かなり美人な印象を受けるが、かといってあった後にどんな顔だったかと言われると再現するのが難しいような顔だ。いい付き人を拾ったな。そんなことを考えた。
席を立って、スフィアと共にシュートリンゲン公爵邸を後にする。予想以上の成果というべきか。これで、動きやすくなった。第四のフィクサーと対抗できるようにしなければ。
その前に、ニルスたちを一旦王都に呼び戻さないとな。ヴァイネスが動き出す前にやっておきたいことがある。何もわからない脅威になるかもしれない存在も怖いが、確実にわかっている脅威も潰さないといけないから。
まあでも、実のところ、スフィアを連れてきたのはそれが目的じゃない。
「スフィア」
「わかっております」
そうか。では、行くか。
ヘレン(ネームドキャラ)
相当後の方で再登場する……、んじゃないかなあ