第四のフィクサー
書きだめがないよう。しんどいよう
「はあっ!?」
俺の叫び声にスフィアがびくついた。
「ああいや、すまない。驚かせた。それで、どういうことなのか説明してくれ」
俺は、王都の邸宅に帰って来た。いろいろ裏工作の拠点にするのに便利だから邸宅を構えさせてもらっている。つい昨日帰って来たばかりで、暫くは情報を整理しようと思っていたのだが……。
拾ったシャルロッテはこの屋敷の管理を任せているスフィアに預けた。今は一応侍女見習いとしてこの屋敷に住まわせている。
スフィアは、俺が初めて作った部下だ。一応この屋敷の管理人という体だが、実際は俺直属の諜報部隊のトップに近い。俺が最も信頼する部下で、俺がいないときは指揮を任せていた。いろんな工作にも明るく、俺の持つ技術を色々叩き込んである。俺が追放されたというのが偽装だと知っている数少ない人間のうちの一人でもあった。そうじゃないと、流石にいろいろ動かしにくいし。
そして、スフィアが俺に恋愛感情を持っているのも気づいていた。いや、その当時はそんな大したこと考えてなかったんだよ。その結果、心酔されるようになって、その有用性と危険性に気づいたんだ。まあ、有用性の方が高いからそれからずっとこうして部下に心酔させてきたのだけれど。あ、あと誰かから評判を聞いた方が信じやすいっていうのもあるな。
ちなみに、相当な美人である。まあ、もともと貴族の娘だったし。ちなみに本名はサリエラ・ローンハイツ。悪評高い貴族が妾にと望んだのを拒んだとかで処刑されそうになっててのを助け出したのだ。ニルスと同じ金髪蒼眼で、いかにもできる女性といったような風貌だ。時には色仕掛けも使う。正直なところ、長く仕えてくれているのもあって、正直気持ちが申し訳ない。まあ、それをどうこうできることもないんだけど。
「はい。バングレー男爵家ですが、当主のグラント及びその息子ギリーは処刑。その上で、バングレー男爵家は取り潰し、ミモザカートは王族の直轄地とするそうです」
「どうしてこうなったか……」
頭を抱えたくなる。裏工作に励んできたはずなのに、ふたを開けてみれば全然違う結末になった。あるいはギリーに跡を継がせるというならわかる。けれど、そういうわけでもなく、厳しい処罰になった。まったくもってわけがわからない。いや、何らかの力が働いたんだろうが……。
元から直轄地にしたがっていたのか? 南東部の要所であるが、だとしても変だ。そんな話噂すらも聞いたことがない。
「どうやら、かなり大きな力が働いたようです」
「大きなって言うと、王宮レベルか?」
「そのようですね、申し訳ありません」
「いや、仕方ない」
宰相は、エレナの父親だったはず。なら、考えにくいか。だとすれば、そのさらに上からの命令かもしれない。だとしても、おかしい。
「ちょっと考え事をする。後で来てくれ」
「わかりました」
バングレー男爵家を取り潰したのは誰だ。何かある。俺のたぐいまれなる感が告げている。
第一に魔王軍は外した。ヴァイネスにとってはこんなことは非効率的だ。魔王個人としてもこんなことに干渉してくるとは思えない。
ニルスの仕業か? だとしてそれが何の益になる? そんな目先の利益に目がくらんで全体の利益を見失うようなそんな奴じゃない。今バングレー男爵家を処罰したところで、恐怖政治を行うつもりだと不安をあおられる。敵対するものに容赦しないとなったら、下に付きたいと思うものも少なくなる。
じゃあ第二王子のガブリエルの仕業かと思うとそうとも思えない。もともとバングレー男爵家は第二王子派だったわけだし。利益があるとすれば、ニルスは敵対するものに容赦しないという風評を与えられるわけだが、まだ争いが激化していないこのタイミングで国を割るようなことをするとは思えない。このタイミングで内乱が起こったらヴァイネスの野郎に付け込まれるぞ。
かといって、教会派だというのも何かが変だ。教会の枢機卿は慣例により貴族と同等の権利を持っているが、あくまでも王国内の一勢力だ。強硬に抵抗されてはいるものの、現状で騒動を起こせるほど大きな組織ではない。ならば、教義にのっとってか。
教会の教義は簡単に言うのであれば『汝の隣人に仇なす敵を討て』だ。バングレー男爵が魔王軍と通じていたからか? いや、そんなわけがない。バングレー男爵が魔王軍と通じたのはすぐ最近のはず。それに対して、工作はずっと前から行われていた。俺が気づかないくらい慎重に行われていたんだ。さらに言うのなら、他の貴族にも工作を行っている可能性が高い。
これは、まずいな。かなりまずい。バングレー男爵家の件で表在化したが、俺がいままでこの問題に気づいていなかったのだから。下手を打つと手遅れになる。いや、もう手遅れ気味だ。
ならば、第四勢力か。俺はこの可能性が高いと思っている。けれど、そうだとすれば最悪だ。
俺のように陰から工作を行っていたとしても、どうしても隠せないものがある。それは規模の大きさだ。首領が誰であるか、どういう目的で動いているかはわからないにせよ、その組織がある、ということはわかる。というか、それを隠すのは至難の業だ。工作は何かしら跡が出る。
けれど、俺はそれに気づいていなかった。気づけなかった。何かしら跡が残っていればそれは気づく。スフィアたち部下が見逃すとは思えない。それはつまり、跡がなかったということだ。
すなわち、第四勢力は少数精鋭。母数が少なければ当然気づかなくもなる。恐らくは2桁行くか行かないかくらいだろう。
それが恐ろしい。通常であれば、数は力だ。けれど、仮に10人だとして、そのことは力がないというわけではない。10人で十分だという意味でもあるのだ。
俺のところだって、精鋭は揃えている。だけど、どうしても数は必要になる。どうすれば、必要ないか。それは簡単だ。圧倒的な頭脳を用意すればいい。あらゆる組織の動きを読み切り、敵さえも利用し、知らず知らずのうちに自らの思い通りに誘導するような、そんな頭脳が。
はっきり言ってかなわない。俺だって、相当頭が切れる方だ。芭蕉扇のヴァイネスをわずかに上回っているくらいだと思っている。けれど、俺のさらに上を行く。俺がどんな行動をするかを読み切った上で、それを利用し、自らの目的を達成する。
第四勢力なんてないかもしれない。でも、俺の勘はあると告げている。そして、そのフィクサーは、俺よりも頭が切れると思っておいた方がいい。
恐ろしい。はっきり言って恐ろしい。こちらの行動をすべて読まれたうえで、手を打ってくる。顔も形も知らない裏で暗躍する存在。味方か、敵なのかもわからない。有能な敵より、無能な味方よりも恐ろしい。
俺も、対抗策を打たなければ。と言っても対処療法と、戦力増強くらいだけれど。
お金がない。仕方がないが、パトロンを用意することにしよう。あまり、追放を偽装した件は知られたくはないが、それを明かせばついて来てくれるであろう存在に1人心当たりがある。
「スフィア、いるか」
「はい、ただいま」
「シュートリンゲン公爵に面会を取り付けてくれ。そうだな、俺がパーティーを追放された件について、詳しい話をしたいとでも言えばいいだろう」
「はい、わかりました」
スフィアの瞳孔が開いた。まあ、それ以外は反応がないのは素晴らしいよな。
「それと、面会にはお前も来い。これからお世話になるはずだ」
エレナの父親、ヘルマン・クロム=シュートリンゲン公爵。一度会ったことがある。かなりの切れ者という評判だが、その時は優しそうな父親の顔をしていた。彼から資金の援助を取り付けなければ。追放が偽装だということは場合によっては明かしていいだろう。
それから、第四のフィクサーも。お前がどういう思惑を持っているのかは知らないが、俺の邪魔をするというのなら、すべてをもってお前を潰してやる。
遂に、黒幕現る!
ここから、珠玉の頭脳戦は本番です!