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青い魔女の通過儀礼  作者: 籠り虚院蝉
Ⅱ 過ぎ去りし痕と遺された今
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Ⅱ-2 団欒惑いて腹帯は弛めて

 ベルトラン・バラデュール町長の迎えが来るまでの間、わたしたちは町長の自宅へ訪問するという事実に少しばかり浮き足立っていた。一緒にキッチンのテーブルに着いて熱い紅茶を飲みつつ気を落ち着かせている。そして、気難しい表情をしながらお互いの顔をじっと見つめていた。


 視界の端に映る壁の振り子時計の針が指す時刻は、午後の四時を少し過ぎたあたり。迎えが来るのが五時だから、まだもう少し時間がある。


 わたしは耐えきれず口を開いた。


「あのさ」


 エルネスティーが応える。


「何かしら」


「会食って言ってもさ」


「ええ」


「エルネスティーは食べ物を食べられないよね」


「そうね」


 エルネスティーがそう返事をしてくれる。だからこそ、あるひとつの懸念があった。


「町長はエルネスティーのこと知っているのかな」


 その言葉に彼女は俯いた。わたしが言わんとしていることは既にわかっているようだ。


 基本的に食べ物を食べられないエルネスティーに食事の申し出をするということは、ベルトラン町長はエルネスティーを本当はよく知らないのではないか、そう思ったのだった。下手をするとどんな人なのか、はたまた男か女かというのもわかっていないかもしれない。


 初めてエルネスティーを知った人間がそんな簡単に彼女の存在を理解できるのだろうか。町の人がエルネスティーを知っている中どうして町長が知らなかったのかは謎だが、エルネスティーの病気について話さずにいるなんてできない。それはエルネスティーの性格も許さないだろう。


「エルネスティーは町長と会ったことあるの」


「いいえ。けれど、町長用の馬車が他の町や都市との往来のために町中を走っているのをよく見かける」


「すごい綺麗な見た目の馬車?」


 頷くエルネスティーに、わたしはシュトート捕獲作戦を敢行した時に見かけた馬車を思い出した。厚いカーテンが垂れていて中を見るのは叶わなかったが、やはりあれは町長の馬車だったのだ。


「現町長は町の人を一心に考えている人よ。でも必要な時以外はほとんど姿を現さない。信頼は厚いけれど、具体的に何を考えているかはわからない。それがベルトラン・バラデュールという人物」


 エルネスティーは気難しい表情をいつもの無表情に戻し、説明してくれる。


 わたしはちょっとぬるくなった紅茶に口を付けながら言った。


「どうしてエルネスティーを知らないのかな。町長なんだから、それぐらい知っててもよさそうなもんだけど」


「前町長の息子が現町長よ。おそらく勉学のために都市で暮らしていて、前町長から私の話を聞く機会がなかったのだと思う」


 要するに、町長の正義感から彼女を町民として迎え入れたいという訳らしい。


「エルネスティーのこと、話したらわかってくれるよね。そこまでしてくれるなら」


 エルネスティーは少し経って「どうかしらね」と独り言のように呟いた。


 それから程なくして五時ちょっと前になり、わたしたちはカップを片付け、手土産を持って地上へ通じる階段を上がった。


 扉を開けると、毛並みのつやつやした黒い馬に引かれた金の飾り細工で装飾された黒い馬車があって、近くには執事らしい燕尾服を着た老齢な男性がすましたように直立していた。


 「エルネスティー様とマルール様ですね。ベルトラン・バラデュールの執事役を務めております、ギヨームと申します」


「よろしく、ギヨームさん。わたしがマルールで、こっちがエルネスティー。間違わないでね」


「勿論でございます。邸宅に到着するまでわたくしが馬車をお引き致しますので、不都合があればなんなりとお申し付けください。では、こちらへどうぞ」


 そうしてわたしたちが馬車に乗り込むと扉を閉められる。ギヨームさんは馬車の前座部分に座り、手綱を握って勢いよく振った。



━━━━━━━━



 厚くて柔らかなクッションの座席で快適に過ごしていると、馬車がゆっくりと止まった。窓から覗き見てみると門は既に越えていて、大きな扉の玄関はもう目と鼻の先にある。


 馬車の扉が開いた。車内では一言も会話を交わさなかったエルネスティーだが、先に降りた彼女がわたしにちらりと向けた視線は不安の色を見せていた。


「大丈夫。いざとなったらわたしが助ける」という思いを目一杯乗せた自信満々のウインクと力強く立てた親指を送り返し、呆れと安堵の視線を受け止めたあと、わたしも馬車から降りた。


「こちらです」


 馬車から降りたわたしたちをギヨームさんが引き連れて、玄関の前に立つと、ノッカーを数度鳴らして扉を開けた。


「中へどうぞ」


 扉を開けたまま手で促されるわたしたちは、そろりそろりと慎重に中に入った。綺麗に磨かれた大理石の廊下には赤絨毯が敷かれ、廊下には誰なのかわからない胸像が等間隔で並んでいる。そして、ギヨームさんはそっと扉を閉めると、再びわたしたちを先導してくれた。黙って彼についていく。


 少し廊下を道なりに進むと、前方に大きくて一際目立つ彫刻がされた両開きの扉が見えてきた。ギヨームさんが扉の前でいったん立ち止まり、説明してくれる。


「お料理はご用意させていただいております。また、ベルトラン・バラデュールも席に着いておいでです。主人はこの日を大変楽しみにしていらしたので、どうかこのお時間を大切に過ごしていただきたく、さしでがましくも執事からお願い申し上げます」


 そして、ギヨームさんは両開きの扉の取っ手に両手をかけ、ゆっくり開けてゆく。


「ベルトラン・バラデュール。客人を連れて参りました」


「ご苦労だった。馬たちを小屋へ入れたら、今日はもう下がってよい」


「かしこまりました。お楽しみください」


 わたしたちは下がったギヨームさんの代わりに侍女さんたちに導かれ、席へと着かされる。大きなテーブルの上には様々な料理が並べられていて、わたしはそれに釘付けになってしまった。釘付けのわたしをよそに、エルネスティーはベルトラン町長に話しかけた。


「お初にお目にかかりますわ。ベルトラン町長」


「固くなる必要はない。今日は団欒の場を用意したのだ。我々は語り合うべきだ。ぶつかり合うことなく」


「じゃあ、まずはお近づきのしるしにこの魚をどうぞ」


 わたしは肩にかけていた魚入りの木箱を差し出す。すると「これはこれは、逆にもてなされてしまったな」と言ったベルトランさんが侍女に合図し、その木箱を侍女に下げさせた。


 そうして手持ち無沙汰になったわたしは、少しの間こんがりいい色と香りを放つ七面鳥の丸焼きから目を離し、二人を見た。心なしか二人の間にある雰囲気がぴんと張りつめているような気がする。緊張しているのかな。なんにせよ、わたしはお腹が空いた。


「おやおや。マルール殿だったかな。料理が待ちきれないかね」


「うん。そりゃもちろん」


「意外と素直で驚いた。さあ、話は食事の間か後でもいいだろう。エルネスティー殿も、それでいいかな」


「……ええ、そうですわね」


 エルネスティーが不本意そうな声で答えると、ベルトラン町長は侍女たちにワインを注ぐよう指示した。ワイングラスに赤紫色の液体が注がれる。


「わたしワインなんて飲むの初めてだよ。たぶん。エルネスティーは飲んだことある?」


 ワインが気持ちの良い音を立てて注がれてゆくのを興味津々に見届けながら、向かいに座るエルネスティーにそう語りかけた。すると、ベルトラン町長との合間に張りつめていた雰囲気がぱっと解かれる。どうやらあの雰囲気はエルネスティーが町長に向けていたもののようだ。


 そして、エルネスティーが言う。


「政府高官と食事をした時に勧められて何回かは飲んだことがあるけど、長いこと飲んでいないわ」


「セーフコーカン?」


 聞き慣れない言葉を復唱するも、無視してエルネスティーは続けた。


「葡萄の栽培地、醸造施設というのは今では数少ないから、このワインも相当お高いのではなくて」


 再びベルトラン町長との合間が張りつめる。


「さすがエルネスティー殿は聡明だ。その通り。このワインは海を越えた大陸から輸入したワインで、滅多に飲むことができない。かつては庶民の飲み物だったようだが、今では何をか言わんやだな……。エルネスティー殿との食事の席に合うように、わざわざ海の向こうの友人に頼んで取り寄せたのだ。口に合うといいが」


 エルネスティーは注がれたワインにじっとりした視線を送る。わたしはもう切り分けた七面鳥といっしょににぐびぐび飲み始めてしまっているが、エルネスティーは一切手を付けていない。


「どうしたの。飲み物ぐらいなら体に入れても平気だったよね」


「……ええ」


「せっかくだから飲もうよ。おいしいよ」


「……お酒を飲むと、私は」


 暑い日の冷たい水のようにワインを飲んでいるわたしとは裏腹に、それでも手をつけようとしないエルネスティーに、ベルトラン町長が訝しげな視線を送る。


「ワインが駄目なら食事はどうだろう。この筍のステーキはアンルーヴ周辺の豊かな土壌で育った逸品だ」


「あ、あの」


「ん。何かね」


「エルネスティーは飲み物以外のものを口にできないんだよ」


「ほう、それはまた」


 ベルトラン町長がエルネスティーを見て不思議そうな表情になった。


 そこでエルネスティーが切り出す。


「単刀直入にお聞きしますわ。ベルトラン町長。──あなたが私を住人として迎え入れたいとするその意味を」


 語気強く真に迫る彼女。そして、そんなエルネスティーに対しても、ベルトラン町長は気性を荒立てることなく、至極穏やかに笑んだ。


「真意か。それは手紙にも書いたように、単純に貴殿を町民として迎え入れ、貴殿の誤解を解く代わりに、貴殿の頭脳によってもたらされた成果を町の者にも享受させたいという、町長としての意志によるものだ。それ以外には無い」


 ベルトラン町長は筍のステーキを切り分け、フォークで口に運びながらそう答えた。実においしそうだったのでわたしもそれに手をつける。


「まさか、私がこの町にいつから住んでいるか知らない訳ではないのでしょう。先代も、先々代も、この町が出来てからの町長は、私という存在を無いものとして扱っていたではありませんか」


 あ、エルネスティーがわたし以外の人に怒っているところ、初めて見たかも。と、この期に及んでのんきに考えてしまう。お酒も料理もすごくおいしい。


「無論知っているとも。しかし、そのおかげでエルネスティー殿が一体いかなる存在なのかをつぶさに知る機会なく、時間だけが過ぎ去ってしまった。町の者たちは貴殿についてよく知っているようだが、それが誤解に結びついていることも私はよくよく知っている。今この時にその誤解を解消しようと貴殿にはたらきかけているのだ。もしそれで気分を害されてしまったなら、ここで謝罪しよう。申し訳ない」


 ベルトラン町長はそう言って頭を深々と下げた。なかなか本当に、執事が礼儀正しければ町長も礼儀正しいようだ、とわたしは仔牛のフィレ肉のワイン煮込みを口に入れながら思う。


 しかし一方でエルネスティーは不本意そうな、もしくは怪しいものを見るような表情でベルトラン町長をじっと見極めていた。そして、見極められている当の本人であるベルトラン町長は、エルネスティーのそんな様子に気付いていないらしく、朗らかな笑みを浮かべながら透明なワインで鮭のカルパッチョをのんびり流し込んでいる。


 埒が明かないなあと思い、酔った勢いでこんなことを口走ってみた。


「ねえ、わたしたち不老不死になっちゃったんだ。Legion Graineっていう生体組織を体に取り込んだおかげで。それが病気の正体でさ、単純に、町長さんも町の人も、そんなわたしたちとケンカしないでずっと関わっていける自信があるの。エルネスティーが言いたいのはそういうことだよ?」


 わたしの言葉を聞いたエルネスティーとベルトラン町長が同時に驚いたような、呆気に取られたような表情に変わった。


「マルール。そんな簡単に秘密を」


「素晴らしい!」


「はい?」


 慌ててわたしを諌めようとしたエルネスティーの言葉を遮るように、ベルトラン町長が興奮しながらテーブルに身を乗り出した。


「不老不死か……。そうだな。先代、先々代と貴殿の存在だけは聞いていたのだが、私はずっと何かの地位に就いている人間のことを指しているものと思っていたのだ。遺伝性で特殊な病気にかかった選ばれし人間が必ず町に一人はいて、そんな人間がアンルーヴ地下に住むのだと。そんなお伽話のような……。いやはや、まさか本当に不老不死なる存在がいたとは」


 ベルトラン町長はもごもご口を動かしながら何か呟くように言葉を紡いだ。そんなベルトラン町長をよそに、エルネスティーと顔を見合わせる。彼女の表情はわたしに対して明らかな苦言を呈していた。


「ごめん。話がなかなか進まないから勢いにまかせて言っちゃった」


 適当に弁解するもエルネスティーはそれについては気にしていなかった。お互い身を乗り出し、ひそひそした声で話す。


「それはいいわ。問題は町長の態度よ」


「どういう意味」


「なぜ不老不死だということを知った途端にここまで我を忘れて喜べるのかしら。わかるでしょう」


「ベルトラン町長も不老不死になりたいってこと?」


「もしくは、私たちを利用しようとしているか」


 目を閉じ、うーん、とわたしは唸った。


 Legion Graineはきちんと研究してその機能なんかがわかれば、もしかすると何かの病気の治療薬として応用できそうなものだ。それこそ怪我や病気もすぐ治すことができる代物なのだから、Legion Graineそのものを万能薬として改良するのもできそうだけど。


 という考えをわたしはエルネスティーに話してみた。


 しかし、彼女は首を横に振る。


「それは私も一度は考えて、自分の体からその切片を取り出して数年かけて調べた時期があった。けれど、結局万能薬としての機能を得ることはできなかった。Legion Graineはこれが完成形で、移植以外に転用が利かないと結論づけた」


 町長がたとえその事実を知らなくても不老不死に関して手を貸すつもりは毛頭ない。と、エルネスティーは語る。


 以前、わたしが死から甦ってすぐ後の話なのだが、彼女はもう二度と、一度完全に死んで生き返らない生き物を甦えらせるような真似はしないと言っていた。


 誰だって死にたくないし、生きていたい。それはそうだが、死にたくない、生き続けていたいという気持ちだけで死を遠ざけてしまったら、本当に納得のできる相応しい死を迎えられる瞬間に、その死は自分の気持ちとは関係なく否応なしに遠ざかってしまうのだという。そして、私自身が今まさにそうなのだと、エルネスティーは苦しげな表情で言っていた。


 死は救いではないけれど、救いは時に死の形をとる──と。


「エルネスティー殿もマルール殿も、ますますアンルーヴの町へ迎え入れたくなった。どうだろう。どうかこの町への参加を考えてみてはくれないか」


 そこでお互いはっとして町長を見た。彼は身を乗り出してきらきらと目を輝かせ、望む答えを返す瞬間を今か今かと待っている。


 わたしはエルネスティーを見た。彼女の家の居候な以上、彼女の決定はわたしの決定になる。しかし、エルネスティーは目を瞑って何かを考えているようだった。


 たっぷり数分待って目を開けた彼女の口から出てきたのは、至って冷静な言葉だ。


「申し訳ありませんわ、ベルトラン町長。やはり、長い間なんの反応もなく蔑ろにされてきた経験を、今この時だけで解消、許そうという気になることはできません。もしよろしければ、また……私は食事ができませんが……このような話し合いの場を設けていただけたらと思います」


「ふうむ……」


 エルネスティーが言い終わるとベルトラン町長は小さく唸った。しかし、すぐに気持ちを切り換えたのか、こんなことを提案してくる。


「それならば、我が屋敷への出入りを自由にする権利を与えよう。貴殿らならばいつでも私の屋敷に来ても良いものとして、すぐ話し合いの場が設けられるようにしておこうではないか」


 ベルトラン町長はそう言って笑った。


 そして、あまりに無防備な提案にエルネスティーも不信感を解かざるを得なかったのか、気圧されたように言った。


「え、ええ、承知しましたわ」


 わたしたちはそうして、とりあえず食事の席を離れることにした。ベルトラン町長は部屋の使いたちに帰りの馬車を用意させるよう命じ、わたしたちを玄関まで導いてくれる。扉を開け外に出ると、すっかり暗くなってしまっていた。先ほど用意させるよう命じられたはずの馬車は、食堂から玄関までの数分の距離でもう用意させられており、あまりの手早さにびっくりする。


「では、エルネスティー殿、マルール殿。またこの屋敷へいらしてくれるよう願っているよ」


「ええ、もちろん」


「料理とお酒、おいしかったってコックの人たちに言っておいてね」


「ああ、きちんと伝えておこう」


 乗り込んだわたしたちを乗せた馬車はゆるやかに動き出した。窓から軽く手を振ってから厚いカーテンを引き、中を見られないようにする。


「エルネスティー。どうする」


「どうするって」


「またここに来るのかってこと」


 エルネスティーは手を顎に当ててしばし考え込んだ。わたしは料理目的にここへいつでも来たい気分だが、エルネスティーの手料理が食べられなくなるのは嫌だし、やはり彼女の決定に委ねられてしまう。


 しかし、エルネスティーは全く別のことを考えているのだろう。あのベルトラン・バラデュールという人物が本当にわたしたちの信用に値する人間なのか。


「私は遠慮するわ。何を考えているかわからないもの。私の成果を町の人にも享受させたいと言っていたけど、薬は簡単に手に入る訳ではないし、貯蔵庫に貯えてある薬は何十年と研究し手製してきたもの。簡単に分け与えられるものでもない」


 それに、と彼女は続けた。


「この町の地下に住んでいるのはLegion Graineの在処(ありか)を知られないようにするため。町の人たちとの交流を最低限にしているのもそれが目的だった。それに不老不死であるなんて、本当は知られてはならなかった」


 エルネスティーはすました視線をわたしに向けた。どうやら「わかってくれ」と訴えているらしい。


 エルネスティーを町の人として迎え入れようとしている町長の思惑は置いておき、単純に町の人の誤解を解くにはこれ以上なく申し分ない機会だというのは言うまでもない。町の人にならなくともエルネスティーへの誤解が解ければそれで十分だと思っている。


 しかし、エルネスティーに感じたひとりぼっちの寂しさもだいぶ和らいではいるけども、やはり彼女とて人並みに他者から認められたい部分があるはずだ。見ず知らずのわたしと一緒に暮らしているのがその最大の証拠だ。


 だからわたしはエルネスティーをまっすぐ見てはっきりと小さく言った。


「わたしがついてる。エルネスティーを狙うやつらなんて全員わたしが追い払うよ」


 同じようにわたしを見ていた彼女の表情が緩み、取り繕うように青のフードを目深に被ってからぼそぼそ何か呟いた。


「マルールが……」


「え、なに?」


「マルールが、そう言うなら」


 ──なにこのかわいい生き物。


「エルネスティー。隣座って抱き付いていい」


「だめ」


 ぼそぼそ言われたあとにはスパッと言い切られてしまう。相変わらず彼女の気の切り替えは山の天気並みに早い。


 わたしは大きな溜め息をエルネスティーに気づかれないようにゆっくり吐いた。


「じゃあ、とりあえずしばらく行かないようにしよっか。今日の訪問でいかがわしいこと考えたなら何か仕掛けてくるだろうし」


「不老不死が目的なのだとしたら、マルールも危険に変わりないものね。『わたしたち』なんて言ってしまったから」


 それでも拉致や監禁をしないだけまだましだけど、と彼女は苦々しい表情で言った。数ヶ月前の襲撃事件を思い出しての物言いだろう。彼女を狙う人間はたびたび訪れるらしいし、そうして狙ってくる人は大抵彼女の命かLegion Graineが目的なのだと言う。


 ベルトラン町長はちょっと変人かもしれないが、町の人のために尽くしているという事実がある訳だし、そこまで警戒するほどの人ではないのではないか。もしかして、そこまで警戒しなきゃいけない理由が町長側にあるのかもしれない。


 でも、今はまだ、聞かないでおこう。


 わたしは少し開けたカーテンから流れる街灯の明かりを見ながらそう思った。

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