序章Ⅰ
山の景色が紅や黄に変わるのを見るのは初めてだった。見た事はあるのかもしれないけど、覚えていないだけかもしれない。
あるいは興味が無かったか。
痩せがちの木々と落葉、絨毯のように敷きつめられた町への獣道を進む。視界の端に朱色の枯葉が落ちて、思わず顔を向けると黒い銃口。ライフル。装備は何も付いていない、素のそれ。生きる事だけやればそれだけで生きていける。それだけで随分、この人生は救われていると思う。
死ぬのに準備が必要なんていつも後悔してる人だけだ。
依頼されたものは何でもこのライフルで討ち取る。依頼されて討ち取るものは、今日の晩御飯の材料から、周囲に憎まれている存在、ひとり愛されている人、ただむかついたやつ、景気付けで狙われた人、人喰いクマ、畑荒らしの野犬、魚を盗んだドラ猫、とにかく色々。それくらい仕事は選んでいられない。でも、やっぱり多いのは人殺し。
正直なところ今回の依頼はあまり気が進まなかった。今まで数限りなく命を天秤にかけなければならない依頼はあったが、今回は特別だ。わたしの命を懸ける。依頼主から話半分に聞いていた。勝負はきっと一瞬に違いない。不死だか何だか知らないけど、この人生に多くを望める余地があるならそれはだいぶ価値のある事だ。
日は早くも傾き始め、視界は蒸気機関車の煙を撒き散らしたかのような霧に覆われ始めた。藪の隙間から遠い向こう側には、蝋燭の最後のひとかけらみたいな頼り無い太陽が薄ぼんやり光を放って沈もうとしている。急がなければ依頼された存在と相見える以前に、町に着く前に遭難してしまう。それだけは避けたい。
近道として獣道を選んだのはやはり間違いだったのか。遠回りでも初めから街道を通っていれば、こんな事にはならなかったのだろうか。自嘲しても何にもならないのは重々承知しているけど、それでもこの場において己の阿呆さ加減には心底呆れてくる。兎にも角にも、今は一刻も早く目的地へ。
そうして辟易の溜め息を吐きつつ歩の速度を速めた。視界が酷く悪い中、一寸先すらどうなっているか把握し得ない獣道を歩くという事の意味を忘れてしまうほどに、わたしは──
「あ」
──馬鹿だった。
それを反省する暇も叫び声を上げる暇も無く、わたしは暗く深い谷底へと真っ逆さまに落ちていった。