娘の昔語り2
この話はカナ視点となります。
尊敬はしてるし、嫌いじゃない。好きな方。
でも、あたしにとってはライバルなんだ。
あたしの一番古い記憶は酷いものだ。
母親らしき女が毎日毎日泣いている。
そしてあたしが何かしたり話しかけたりすると金切り声を上げて叩いてくる。
女の細い手だ。それでも、ほとんど食べ物も与えられず家から出ることも許されなかったあたしの体は年齢よりも酷く小さく細かった。そんな体に女だからといって大人に毎日毎日叩かれれば酷いものになる。
いつしかあたしは、声を発しなくなった。
自衛の為だ。声を出したら叩かれる。身動きせず、部屋の隅に蹲っていた。
…もう、動けるほど体力もなかったから。
ある日、女がいなくなった。何かあったのか。どうでも良かった。
もう、死ぬんだろうか。
そう思っていると、知らない男が来た。
そして転がっているあたしを見てため息をつくと、物を引きずるように連れていかれた。
そこからは別世界だ。
汚れた体は綺麗に洗われ、沢山の食べ物を与えられた。
そして言葉も文字も教えられたが、あたしは声を出さなかった。声を出したら、また恐ろしいことになりそうで怖かったからだ。
どうやらあたしはかなり薄いが王家の血を継いでいるらしかった。
遠い遠い血族が市民に手を出して出来た子供だと。
それを利用して王都に返り咲きするのだと、あたしを拾った男が楽しそうに語っていた。
あたしにそんな価値はあるんだろうか。
蔑んだ目で見てくるくせに、価値は高いと謳っている男は頭が悪いんじゃないかと思う。
だがいつまで経ってもあたしが喋らないことに苛立ちを募らせていった。
手は上げられなかったが、放置された。
食事は質素なものに変わったがあたしには十分だった。
そんな中、楽しみを見つけた。
文字を覚えたことによって本を読むことが出来るようになったのだ。
知らなかったことを知っていくのは、とても楽しい。
特に魔術の本が好きだった。王家の血が流れているのなら、魔力は持っているはず。
いつか魔術の達人になって色んな研究をしてみたい。本の中のことを全部やって、新しいことを見つけたい。
そんな夢を見た。
そしてまたある日、知らない男が来た。
全身真っ黒で、まるで本に書いてあったオバケのようだと思ったが、自分と同じ黒の瞳を見て何故か安心した。
「君に新しい家族を紹介させてくれないか?」
そう言ってきた彼に、…コータに、あたしは小さく頷いていた。
後から知った話だが、あたしを拾ってきた男は結構大きい貴族で、王都で脱税やら麻薬の取引やらで酷くやらかし地方への左遷となっていたらしい。だが反省するわけもなく、逆恨みでなんと王女の殺害を謀った。そしてあたしをその後釜に組み込もうとしていたとか。…本当の馬鹿だった。
そしてあたしは王都へ移動し、コータと名乗った魔術師に「家族を紹介しよう」と言って連れていかれた。
そこにはお姫様がいた。
「わたくしの妹?」
「そうだ。カナって名前だ。同い年だけど、シュリが少しお姉ちゃんだからな。仲良くできるか?」
「うん!よろしくね、カナ!」
真っ白な肌。キラキラと輝くシアン色の髪。
そして絵本で見たような、フワリとした綺麗なドレス。
何より自分と同じ黒の瞳が、まるで別物のように大きくキラキラと輝いて見えた。
こんな綺麗なお姫様が、あたしの姉?
それからは、また別世界だった。
あたしに向けられる目はとにかく温かい。シュリがコータを父と呼ぶので、あたしの姉が父と呼ぶのなら父なんだろうと1人考えていると彼は本狂いだと知った。なんとなしに、あたしも本が好きだと伝えると嬉しそうに色んな本をくれた。特に魔術、魔導具に興味があると示せば自らの発明品を見せてくれた。
母となった人はこの国の女王陛下だった。凄くおっとりとしていて、優しい人だった。
あたしの知る母親とは酷く違っていて戸惑ったけど、優しく頭を撫でられる感触は嫌いじゃなかった。
あたしの姉となったシュリは毎日笑顔で遊びに誘ってきた。
あたしが喋らないことを不思議そうにしながらも、特に態度を変えたりしなかった。楽しそうに毎日笑顔を浮かべて、あたしの名前を呼んでくれる。こんなにあたしの名前を呼んで、あたしを見てくれる人はいなかった。
初めて話したいと思った。あたしも名前を呼びたいと思った。
でも怖くて出来なかった。あたしが声を出したらこの優しい世界が壊れてしまいそうな気がして。
そんな状態が半年を過ぎた頃、父が消えた。
人がいなくなるというのは、あたしからすれば珍しくない。
けれどシュリには――…姉には衝撃的なことだった。
1日中城の中を探し回り、人に尋ねて歩き回る。父が何処にもいないと理解すると泣き出してしまった。
寂しいと、嫌われたくないと泣いている。
その姿がとても不思議だった。
あたしはそんな事思ったこともないし感じたこともない。ただ、現実を受け止めるだけ。
ああ、でも。
優しい母。本好きの父。…笑顔であたしの名前を呼ぶ、姉。
これが消えてしまうのは、嫌だなって今は思う。
だから、
「泣いてもどうにもならない。行動して相手を見返すくらい、強くなればいい」
久々に出した声は、酷くかすれていた。
この少女を、綺麗なお姫様を、あたしの姉を泣かせる父が、コータが許せなかった。
見返してやればいい。あんなヤツいなくても、自分は立派に出来るんだって。
あたし、だって。
コータがいなくても大好きな姉を笑顔にしてみせる。
そしたら何を思ったのか「わたくし、カナの立派なお姉ちゃんになる!」と宣言された。何を言ってるんだろう。彼女は、シュリは、あたしには勿体無いほどの素敵なお姉ちゃんなのに。
彼女は前を向いた。どんどん美しくなり、賢くなり強くなり、優しくなる。
ただひたすら努力する。王女としてではなく、父のために。
見ていたら分かる。シュリのコータに向ける愛情は親愛じゃない。女が男へと向ける感情だ。
ひたすら熱く、切ないものだ。
あたしがシュリに向けているものと、同じものだ。
「あの男が、お前のライバルか」
「まぁね」
訓練場で妖魔が出たことにより事情を知らない学園で暮らす人々が集められボディチェックをされていく。シュリの上手い誘導や説明、そしてコータの仲間の魔術により特に混乱はない。
そんな中、あたしとギルは2人並んで人の波を眺めている。サボっているわけじゃない。逃げ出したり様子がおかしい人がいないか見張っているのだ。目線は合わせず、会話だけ続けた。
「手強そうだな。お前の言ってた通り、知識と魔力がデカすぎる」
「それ以外はポンコツだけどね」
あたしもシュリと一緒に強くなった。
でもあの男は規格外だ。やすやすと妖魔を消滅させるほどの魔力と魔術の制御。知識は仕方が無いとしても、やっぱムカつく。改良ライターの餌食にして驚いた顔が見れたので少し満足していた矢先にコレだ。
――…ああ本当嫌になる。
「…悔しそうだが、嬉しそうだな」
「…まぁね。一応あたしの父親だし」
感謝している。
あたしに与えられた今の全て。
コータの行動の上に、今のあたしが在るのだから。
「ファザコン」
「うっさい。あたしはシスコンよ。言っとくけど、アンタもう他人事じゃないわよ?うちの馬鹿親父優秀なヤツほど落ちやすい魔性の男だから。昨日の今日であいつ大分懐いてたし、保護任せたんだからコロッといっちゃうわよ、きっと」
「ウソだろ?!」
人並みに向けていた顔を凄い形相でこっちへと向ける。仕事しろ。
ギル。ギルベルト・コクルド。この国の公爵家の息子。
あたしの幼馴染というか、まだ幼い頃庭園で読書してたら迷子になって半べそかいてた彼にばったり会って道案内してやったことからの腐れ縁。未だにこのネタでからかえる肩のこらない相手ともいう。
ギルは優秀だけど不器用というか…家族バカ。
もう家族が大好きで大好きで仕方が無い。少しでも家族の悪口や悪評を聞くとすっ飛んでいって怒る。だから、優秀な面よりあまり宜しくない評価を受けている。ま、貴族として失格よね。あたしはそこまで家族バカじゃないし、ギルより上手くやってるから問題ない。
そしてその家族愛は今特に1人に向けられている。
彼の双子の弟、レイトだ。
昔政治敵の罠に嵌められ、ギルとレイトは囚われの身となったらしい。ギルは救出されたけど、レイトは行方不明。ようやく見つければ記憶喪失で孤児院にいたという。
ギルはすぐ連れ戻したかったようだが、両親が待ったをかけた。
まだ敵との決着がついていない状態もあり、息子が自然と思い出すまでそっと見守ろうといった考えになったらしい。孤児院で弾けるような笑顔を見せていたわが子に、市民でいさせた方が彼は幸せなのかもしれないといったように。
だがギルは納得いかなかった。何度も様子を見に行って、自分と同じ魔術学園に入学することに狂喜乱舞し拗れて拗れて……
なんか愛情が変に歪んだのよねぇ。
市民であることを嫌がればすぐ連れ戻せる。そう考え市民であることをネチネチ…逆効果だっての。基本イイ奴なんだけど、バカなのよねー。
コータに喧嘩売ったのもイイトコ見せようとして失敗してるし。
「…お互い報われないわよね」
「そうだな…」
「しかもライバルが一緒とか」
「ぐ…オレは認めん」
まぁレイトは実際まだ落ちてないけど、時間の問題でしょ。
あたし達は似たもの同士。
だからこそ、上手くやっていけるだろう。
「あんたが婚約者で良かったわ」
「そーかよ」
そんな会話をしながら、2人人並みを警戒しながら眺めていた。
婚約者同士ですが、お互い恋愛感情は別にあります。
でもだからこその仲。といった2人でした。読んでくださりありがとうございます。




