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「えーと、まず自己紹介からしとこうか。俺はコータ。一応この屋敷の主人であんたを連れてきたのがキュスル。隣にいるのが俺の助手のナナで、居候の銀髪の男がヤシャ。双子がアカとクロだ」
「ご丁寧にどうも…オレは、ユスリって言います」
コータと名乗った青年は、不思議と安心感を与えてくる。彼はこの大きな屋敷の主だという。貴族?綺麗な服装だし貴重な本もある。だが貴族がこんな村人…というかただの貧乏人から悩みを聞くなんておかしいし。
それに…なんというか、紹介された全員がチグハグすぎておかしく見える。
なんでオレこんな所にいるんだろう。いや無理矢理連れてこられたんだけど。
「ユスリか。じゃあユスリ、なんか困ってたり悩んでたりするのか?俺はこの通り赤の他人だから言いにくい事とか吐き出して楽になってもいいんだぞ?あ、ちゃんと家には送り届けるから心配するな」
…いい人だなぁ。
言葉通り、ならだけど。強引だった彼女、キュスルさんと比べたら天使…いや村人でもここまで親身になってくれる人は少ない。みんなも、今日を生きていくので精一杯の貧しい村なのだ。そんな中お金を工面してくれたんだ。どの面下げて弱音や愚痴を言えるだろうか。今まで苦労したことが、あたたかい言葉でじんわりと染み出てくる。なんだか、少し頭もぼうっとする。泣きそうだ。
「あ、の…お言葉に甘えて、少し吐き出しても…いいですか?」
「いいぞ。吐いちまえ吐いちまえ。ウチのもんが迷惑かけたわけだしな」
苦笑いで促してくれた彼に背を押される形でオレは口を開いた。どうしようもない、現実を。
「オレには、年の離れた妹がいるんです。すごく、いい妹で。オレには勿体ないくらい。両親が亡くなって貧乏生活になっても文句も言わず、笑顔の絶やさないやつだったんですが…半年前くらいから体調を崩して…最初はたまに貧血みたいだったのが徐々に悪化して、今じゃ立てもしなくなっちまって…い、医者にも診せたんだけどっどんな病か分からないって、言われて…っ王都ならいい医者もいるだろうから診せてみろって言われてもそんな大金ないしもう妹だって王都に行けるほど体力も残ってない!もうっ…どうしようも…!」
口を開けば止まらなかった。こんな事言われても困るだろう。頭の冷静な部分ではそう思ってても苦しみから逃れるようにオレは話して泣き出した。妹はまだオレの半分も生きてない。まだ、生きているのに死んでしまうのを見ていることしか出来ないのか。どうしようもならないのか。代わってやりたい。でも、そんなこと出来るわけもない。妹に対して何もしてやれない。無力な自分が酷く情けなかった。
「おい、やりすぎだ」
「少し揺らしただけだって。やっぱ人間は脆いな」
涙で歪む視界の先でコータさんがヤシャと紹介した銀髪の男に何か言っていたが、あまり聞き取れなかった。ああ、いい大人が恥ずかしい。こんな人前で泣きじゃくるなんて。なんとか涙を止めようとするが拭っても拭っても止まらない。それを見ていたコータさんが今度はナナと呼んでいた少女に目を向けるのを見た。少し頷いて、少女の空色の瞳がヒタリとオレに向けられる。
「“落ち着いてください”」
ピタリと、涙が止まる。
今の今まで揺れていた感情までもがピタリと止まった。なんでここまで泣いてしまったのか。妹のことは悲しいけれど、ここまで泣いたのは初めてだった。知らぬ間に追い詰められていたんだろうか?どちらにしろ恥ずかしい。
「す、すいませんオレ…こんなこと言われても、しかも泣かれちゃ困りますよね…」
「こっちが話してくれって言ったんだ。気にしなくていい。寧ろ悪かったな。家族がそんなことになってたら、話しにくかっただろ」
気遣いの言葉に苦笑いする。そんな貧乏人の話に心配りを見せるなんて、貴族ではないのかもしれない。
「…話を聞いてくださってありがとうございます。少しスッキリした気がします。キュスルさんの旦那さんは、優しい人なんですね」
「…はい?旦那?」
「え?」
旦那の所へ連れていくって言ってたから、コータさんがそうじゃないのか?
皆の視線が彼女に集まる。彼女は満面の笑みで堂々と言った。
「私の旦那はコータ1人と決めているからな。いつかは子を授かりたいと思っている」
「お前の旦那になった記憶はないぞおい」
「いつか合意してもらうんだから、早めに言っても問題ない」
「ありまくりだろ!」
どうやらキュスルさんの一方的な好意らしい。こんな美人から求婚されてるなら頷けばいいのに、と個人的に思う。好みじゃないんだろうか?確かにもう1人の女性も美人だし…貴族なら複数の妻を持ってもいいって聞いたことあるけど。
ともかくオレの勘違いだったのか。いや、彼女の勘違いなのか。
「な、なんかすいません。誤解だったみたいで」
「いや、コイツが悪い。すまなかったな、変なこと言ったみたいで。じゃあ、行くか」
「はい。送ってくださるんですね、ありがとうございます」
「いいって。妹さんの様子も見ないといけないしな」
……んん??
「え?家に来るんですか?」
「え?だって妹さんの容態見るならそうするしかないだろう?」
「…お医者様なんですか?」
「いんや?でも、少し気になる部分があってな。もしかしたら力になれるかもしれない」
「はぁ…」
なにやらオレの家までわざわざ妹を診に来てくれるらしい。泣いた影響か頭がフワフワして現実味が無い。なんだろう、夢でも見てるんだろうか。都合のいい夢を。
「キュスル。場所何処から入った?」
「すまん、南東の森としか分からん。えーと、ユスリだったか。お前の村はなんと言う名だ?もしくはその近くの森の名は?」
連れてきた女…キュスルさんは自分が何処を歩いていたのか知らなかったのだろうか。とりあえず問題ないので「村の名はリールと言います。トトノスの森の近くです」とコータさんに答える。
「村は知らないが…トトノスの森は聞いたことあるな。確かWH-2ー12-1……」
ブツブツとよく分からない言葉を吐くと、彼は他の人に「じゃあちょっと行って来るわ」と告げたと同時にパチンと視界が暗くなる。
驚いて瞬きすると、そこは見知った村の入り口だった。
「………は?」
「へぇ~こんな所に村があったとはな。MAPに足しておかないと」
物珍しそうにコータさんは村を眺めている。え、いや…問題はそこじゃない。さっきまで本溢れる不思議な屋敷にいたはずだ。何故一瞬で自分の村の前にいるんだろうか。
混乱しているオレに彼は振り返って少し困ったような笑みを見せた。
「悪いな。お前さんからしてみればよく理解出来ないことばっかりだと思う。説明すると長くなるから、そういうもんだと割り切ってくれ。じゃあ行こうか。力になれるかは分からないが、妹さんに危害は加えないと誓う」
その言葉にスッと頭から血の気が引いた。そうだ、流されるままこの不思議な男に大事な家族を会わせてもいいんだろうか?危険じゃないだろうか?でも…
冷静に考えても、答えは1つなんだ。
「妹を、助けてください」
可能性があるなら、縋るしかないんだ。
村の端にある自分の家は大きくはあるが古くてあちこちツギハギだらけだ。それでも雨風は防げるし、ヒビは入っているが窓だってガラスがはめ込まれている。まだ親が生前稼ぎ時だった時に建てたもので、それを大事に引き継いだものだがやはり劣化はしてしまう。
ギイィと古びたドアを開けて真っ直ぐ向かった部屋の主は、ベッドから上半身を起こして笑顔で迎えてくれた。
「おかえりなさい!お兄ちゃん!」
「ただいま、リアラ」
妹のリアラ。病で立てなくなっても笑顔を絶やさない。大切なオレのたった1人の家族。
ニコニコとしていた彼女はふと驚いたように目を瞬かせる。その視線はオレの後ろに向いていたので、体をずらして彼と妹が対面出来るようにした。
「お客さん?わぁぁすごいっ村で見たことない人だ!旅人さん?お兄ちゃんのお友達?」
「こんにちは、リアラちゃん。俺はお兄さんのちょっとした知り合いになった旅人だ。名はコータっていう。ちょっと家にお邪魔しても構わないかな?」
「いいよ!コータさん、だね。よろしくお願いします!」
彼はおじゃましまーすと軽く言うと妹のベッドまで歩いていきしゃがみ込んだ。じっとリアラの顔を見る。いきなり初対面の男に近づかれじっと見つめられてもニコニコと警戒心なく見返す妹に多少危機感を覚える。お兄ちゃんは心配です。
幼くとも可愛い妹だ。少し距離をおいてくれないだろうかと思い一歩踏み出した所で「なるほどなぁ」と彼が立ち上がった。そしてクルリとこちらに向かって歩いてくる。
何だと思ったが、オレを通り過ぎて外へと通じるドアを開けた。ギィィといういつもの音と共に男は呟く。
「アカ、クロ。2の棚の99番。持ってきてくれるか?」
「分かった」
「了解」
少女達の声にギョっとする。外にはあの屋敷で見た双子の少女がいたのだ。いつの間に。というかついてきていたのか?
その子達に良く分からない事を指示したコータさんはそのままドアと閉じた。え?どうして閉めたんだ?あの子達は?
「あの…」
「ちょっとだけ待ってくれるか?」
ごめんなーと言われて口を瞑る。もう本当に今日は次から次へと不思議なことが起きる。妹はただオレと彼の行動を不思議そうに見ている。でもやはり嬉しそうなのは家に人がいるからだろう。動けない彼女は、いつも家に1人だから。
ギィィとまたドアの音がする。ドアの向こうから幼い手が差し出された。その手には1冊の本がある。
「おう、サンキュ」
彼が受け取ると手は引っ込められドアは閉じた。双子の少女は家に入らないのか。彼は気にする様子もなくまた妹の方へと足を進める。そして手にした本を妹へと差し出した。
「……??」
「この本を開いてごらん?」
優しく言われてリアラは本を受け取った。本なんて高級品本当に小さい頃村長が読んでるのを見た事があるくらいだろう。妹は物珍しそうにそれを縦にしたり横にしたりする。コータさんはその様子に笑って「こう、両手で開くんだ」と教えてやる。その言葉に頷いて本を開いた。
「わ…あ!」
開いた瞬間、光が溢れた。
キラキラとした不思議な光が本から溢れてくる。そしてその光の中には貴族が着る豪華なドレスを着た美しい女性がまた豪華な衣装の美しい男とダンスをしている。光に囲まれ、小さな男女がクルクル回る。キラキラと、本の上に映し出された世界で。
あまりの出来事に固まってしまう。なんだ、これは。本ってこんなものだっけ?
それとも魔術の一種なんだろうか。それなら納得するが、こんな美しい魔術があったなんて。でもどうやってこんな…ああもうわけが分からない。
混乱するオレとは違い、リアラはキラキラ映像を見せる本と負けず劣らず目をキラキラと輝かせてその光景を見続けている。顔色の悪かった彼女の頬は興奮の為かうっすら赤く染まっていた。
「気に入ったか?」とコータさんが聞けば妹はこれまでの笑顔とは全く違う…久しぶりに見た満面の輝かしい笑顔を見せた。
「うん!これすごくキレイ!!」
その顔を見て本のこととか、コータさんのこととか、疑問だらけのことが全て吹き飛んだ。ああ、もういいか。リアラがこんなに嬉しそうにしている。心の底から笑ってる。両親が死んで、自身が病に侵されても幼いながらに心配かけまいと笑みをを浮かべていた妹が。
自然と涙が浮かんできて慌てて手で拭った。病が治らなくてもこの男…コータさんにはお礼が言いたい。いや言おう。感謝だ。妹を笑顔にしてくれてありがとうと。
「気に入ってくれたなら良かった。じゃあこの本を…そうだなぁ5日くらい預けるから、暇な時間さえあれば開いて見ててくれ」
「いいのっ?!貸してくれるの??」
「ああ」
宝物を貰ったかのように喜ぶ彼女にオレも笑う。礼を言おうと口を開いたが次の言葉を聞いて固まった。
「5日後には完治するだろうからな。多分明日には歩けるようになると思うけど、あんまり急に走ったりはしないように。筋力も落ちてるだろうから徐々に歩いていかないと転ぶぞ」
「??リアラまた歩けるの?」
「そうだぞ~そのキラキラした本を見ててくれたら、外で駆け回れるくらい元気になるぞ?」
「本当?!やったぁ!お兄ちゃんこの本ってのすごくステキで、しかもリアラまた歩けるって!」
満面の笑みを向けてきた妹を見て我に帰る。
そして彼に詰め寄った。
「い、妹の病が分かったんですか?!医者でさえ匙を投げたのに…」
「あー…これは病気というか少し異色なものだからな。普通の医者ならまず気づかない。俺はちょっと前に同じ症状の子供を見たことがあったから分かったんだ。先祖返り…この子はな、魔力に侵されていたんだ」
「ま…りょく…?」
魔力とはあの魔力だろうか。魔術師が魔術を使用する為に必要となる力。普通の人には一切ない凄い力だと聞いているけれど…
「妹に魔力が…?」
「ああ。ただこの子には出口がなかった。普通の子と一緒でな。でも成長すると同時に魔力がどんどん体に蓄積される。…それが毒になって体が動かなくなっていったってわけだ」
「えーと…?」
「分かりやすくいうと、魔術師になれる人間やエルフなどの体には魔力という力の巡りがあって、術を使用する時に力を排出する出口が体中にあるんだ。それが魔力持ちと一般人の違いなんだが…まれに魔力があっても出口がない人間が生まれることがある。魔力を持った人間が先祖にいると魔力を持った子供が突然生まれてくることがあるから、この病は先祖返りっていう。出口があれば魔力も勝手に出ていくが、なければ体内に溜まる一方なんだよ。コップに水が入りきらなければ溢れるだろ?でも溢れる口に蓋をして水を入れ続ければ…コップの方が壊れる」
水が魔力で。コップが人の体だとするなら…。妹は壊れる寸前だったということだろうか?
サッと顔色を変えたオレに彼は大丈夫って手を振ってみせる。
「この先祖返りは外に魔力を出してしまえば問題ない。この本は少し特殊でな。開いた者の魔力を吸い取って映像を見せるんだ。出口があるとかないとか関係なくね。5日くらいで彼女の溜め込んでる魔力は全部本が吸い取ってくれると思うから、その後にもう魔力が溜まらないよう処置すればもう体が動かなくなることはないぞ。まだ足が動かない程度だったから、この本でも間に合った治療法だけどな。いやー役立ててよかっ…うぉ!?」
ボタボタと大量の涙がオレの目から床へと落ちる。もうダメだと思ってたんだ。助からないと思ってたんだ。
この古くて大きな家に、独り残されるものだと。
「あ、りがと…う…ありがどう!!」
「お、おう。いやでもまだ完治したわけじゃないからな?礼は早いぞ?」
「誰もっ…もうダメだと言ってたんだ…!治ると言われてこれほど嬉しいことはない…!!一生かけても治療代は払います…!!」
「いや、だから早いって」
何度も何度も礼を言うオレに困ったように男は笑って「じゃあ5日後にまた話そう」と言って、去っていった。
読んでくださりありがとうございます。




