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プロローグの話だけ他視点になります。

 今日は少なかったな・・・。


 ため息をつきながら疲れた体を引きずるように帰り道を歩く。早朝に家を出た為まだ明るい。

 暖かい日差しの中、自分の顔は憂鬱だった。


 手元にある籠を見る。中には森で採ってきた小さな木の実が三つ転がっている。魔物がよく出るので森の奥には行けないし、ようやく厳しい冬が終わった春先。実りはまだまだ少ない。それでも毎日少ない食料を求めて森へと向かう。

 小さな村に住んでいる自分に贅沢は無い。随分と前に他界した両親が残してくれた家や畑も、一人でやるには些か骨が折れる。何より、妹のことがある。年の離れた幼い妹。家のことを気にしてか、小さい頃からあまりワガママを言わなくなった。幼いながらも家や畑の手伝いをしようとオレの後をついてまわった。


 可愛い可愛い、オレの妹。


 オレは兄で、家の大黒柱で、守ってやらないといけないのに・・・・・・。


「どうした、暗い顔だな」


 自然と俯いてしまった所に声がかかる。聞いた事のない凛とした女の声。もしかして自分に問いかけられているんだろうか?そうだ、まだ村には辿り着いていない。村の外れの比較的安全な森の浅い場所。そこには自分しかいないのだから。

 慌てて顔を上げれば、そこには確かに女が立っていた。

 声の印象と同じ凛とした佇まい。燃えるような赤い髪をひとつに結い上げキリっとした目元には緑に輝く瞳。えらい美人だ。服装はよく旅人が着ているマントに戦士のような格好。大きなバスターソードを背につけていた。しかしなんというかその・・・胸元が大きく開いていて目のやり場に困るというか・・・彼女が動く度にたゆんと揺れる大きなソレに自然と目がいきそうになり慌てて逸らす。いけない、失礼だ。


「あの・・・オレに話しかけたんでしょうか?」

「そうだ。お前以外にいないだろう?暗い顔でトボトボ道を歩きおって。辛気臭いにもほどがある」


 何故初対面の相手にそんなことで文句言われなきゃならないんだ。しかし相手は美人。村で見たことないほどの。もしかしたら町でもめったに見ない美女かもしれない。反論する言葉は口の中に消えて代わりに「すいません・・・」と小さく謝った。なんでオレ謝ってんだろ・・・。


「何故謝るんだ?」

「え?」

「私はどうして暗い顔をしているんだと聞いただけだ。謝罪する理由などないだろう?」


 そう、心底不思議そうに美女が首を傾げた。いやいや・・・今謝る雰囲気だったでしょうが。

 美女だけど変だ。この人変だ。

 変な人に絡まれるのはごめんだ。「オレ村に帰るところなんで・・・」と早口で話し彼女の横を通ろうとしたんだが・・・ガッチリ肩を掴まれた。


「おいおい、私の質問に答えてないぞ。何故暗い顔をしている?」


 逃げられない。

 女の力なら振り切ればいいと思ったが掴まれている肩からギチギチと変な音が聞こえてくる。痛い痛い痛い・・・!なんて力だよ?!


「な、なんでいきなり初めて会った人に自分のこと話さないといけないんですかっ!迷惑です!」


 痛みでようやく自分の主張を吐き出した。ついでに掴まれていた肩から手を振り払う。今度はちゃんと離れじんじん痛む肩に小さく息を吐いた。怒ると思っていた相手はコチラが拍子抜けするほどアッサリ「そうだな」と頷いてみせた。


「確かに。いやなに、私の旦那が知識持ちでな。よく人間の悩みを解決してやるんだ。私はそうやって旦那が称えられるのが好きでな、お前に悩みがあるなら相談してみるといい。きっと力になってくれるぞ?」


 そしてなんとも怪しい台詞を吐かれた。

 なんだろう。この美女は怪しげな商売をオレにしてくるつもりだろうか。見て分かるように自分は金も持っていないただの村人だ。なんのつもりだろう。悩みを解決してくれる旦那が、そんな人が本当にオレの悩みを解決してくれるなら素晴らしい人なんだろうな。無理だ。だってオレの悩みは…。


「じゃあオレの妹を救ってくださいよ。医者だって匙を投げた分からない病気に侵された妹を…助けてみろよ!」


 投げやりのように言ってやる。そう、オレの妹は今病に侵されている。村でなんとかかき集めた金で医者に診せたが、こんな病気は見たことが無いと、諦めるしかないと言われたのだ。

 日に日に妹の体は動かなくなっていく。見た目は何にも異常がないのに、どんどん力が入らなくなっていくんだ。とうとう歩けなくなって今ではベッドの住人。それでもいつか治るよと笑顔を見せる妹の姿は、見ているのが辛いほどだった。

 治してやりたい。だが治療法がない。金だって、もうない。両親も親戚もいない村で無理言って色んな人に金を借りたんだ。返そうと畑仕事に勤しむ毎日。畑のものは売り物だ。森で食べ物を調達して過ごす毎日は本当に辛いもので。

 八つ当たりかもしれない。でも、この日々はもう限界に近い。そんな中現れた美女。まるで物語のように自分や家族を救ってくれるのか。バカみたいだ。そんな奇跡、あるはずないのに。


「なるほど。分かった」


 しかし彼女はオレの言葉にしっかりと頷いた。

 「え」と漏れた言葉は悲鳴に変わる。突然、彼女がオレの体を担ぎ上げたからだ。

 確かに自分はヒョロヒョロのやせっぽっちだが身長は結構ある。しかも男。それを片手で持ち上げると軽々担いでみせたのだ。どうなってるんだこの女?!


「では旦那の所へ行こう。私では判断しにくい。直接話をしてやってくれ」

「えっ何…お、降ろしてください!降ろせっ」

「しっかり掴まっているんだぞ」


 声など聞こえないというように動き出す。いや飛んだ。凄く飛んだ。

 急激に体が浮遊感と力に圧される。自分の目に映る景色が森の中から森の上へと。口からはよく分からない声が響いた。何だ何だ何が起きてるんだコレェェェ?!!わけが分からなくて思わず強く目を閉じる。



「“ひらけゴマ”」



 女の口からよく分からない言葉が放たれる。それと同時にカチリ、と何か不思議な音が聞こえた。急に空気が変わった気がする。浮遊感もなく、風もない。恐る恐る目を開ければ、世界が変わっていた。


「……は?」


 まず目に飛び込んできたのは本だ。本の大群だ。その本がまるで自分に向かって襲い掛かってくるんじゃないかと思うほどびっちりと壁にはめ込まれている本棚に収まっている。そしてその壁は恐ろしく高く、この空間を包み込んでいた。本は貴重だ。村でも村長の家に数冊置かれているくらいだろう。町や王都では図書館と呼ばれる本の置き場があると聞くが…オレみたいな生まれも育ちも村の人間からすれば金持ちのもんだ。それが自分の家の何倍ともあろう空間の壁を埋め尽くしている。言葉が出なくなるというのはこういう時に言うんだな…。


「帰ってきたの」

「何連れてきたの」


 唖然としていれば幼い声にハッとして目を向ける。そこには不思議な衣装を身に着けた黒髪の幼い少女が2人立っていた。


「同じ…顔?」


 着ている衣装は同じもの。薄い布に、腰巻はまるで背びれのように大きく華やかなもの。顔まで同じだから見分けしにくいものの、衣装の色が赤と黒という全く違うものなので区別はつくがそれがまた少女達を不思議な存在にみせた。

 ニンマリと4つの金の瞳が弧を描く。


「人間だ」

「また。聞きにきたの?それともゴハン?」

「聞きにきたんだ。コータはいるか?」


 彼女が聞けば2人の少女はコクリと大きく頷いた。その仕草に満足そうにしながら「では行こう」と促してくる。ま、待った!


「あ、あの!ここは…何処なんだ?どうやって来たのか…」

「ここはコータの家だ。どうやってって…転移したに決まっているだろう。さっき見ていなかったのか?」


 コータの家?誰だ。彼女が言っていた物知りの旦那の事だろうか。それに転移?転移だって?


「転移なんて魔術個人で使える人間なんているわけないだろ?!あれは魔力をくうから魔術師数人使わないと無理だって国が管理して」

「転移くらいなんともないさ。まぁ確かに普通の人間には難しいかもしれんな」


 簡単さ、と散歩でもしてきたかのように言ってのける。本当になんなんだ彼女は。それにコータという人物も。

 恐怖がブルリと体を揺らす。なんなんだこの場所。なんなんだこの人達。自分の悩みを解決するだって?そんな事をして彼女達に何の得があるっていうんだ。転移までも使える人間が…人間?本当に人間なのか?人を簡単に担いであの跳躍力。それさえも人間離れしていたじゃないか。殺されるのか、それとも何か実験に使われるのか。魔物のエサ?悪魔に魂を食われる?色々な恐怖にジリジリと足が後退していく。すると背中にトンと何かに当たった。


「ヒッ」

「なんだ?また拾ってきたのか」


 壁でもなくソレはひょいとオレの顔を覗き込む。それは大層顔の整った長身の男だった。サラリとした銀髪から覗く金の瞳に唖然としている自分が映りこむ。

 オレを連れてきた女も美人だったが、この男は群を抜いて美しい。まるで次元が違う生き物のように見える。黒い服にジャラジャラとした金の飾りをつけて男は正面に回ってきた。そして上から下にじっくりと眺められる。な、なんなんだ。さっきの恐怖も忘れて見とれているとニヤっと笑みを浮かべた。何故かその顔があの2人の少女と被って見える。同じ金の瞳だからだろうか?


「ふぅんなかなか…なぁお前、少し遊ばないか?」

「え?」

「おい、コータの客だ。遊ぶな」


 男のセリフに被るように女が諌める。それと同時に世界が戻ってきた感じがした。なんだ?一瞬のうちに見入っていたんだろうか。この美しい男に。


「お前もボーっとしてると食われるぞ。ほらこっちだ」


 ガシっと手を掴まれて引っ張られる。あまりの力にたたらを踏んだがお構いなしに彼女は進む。逃げられない。

 すると男もついてくる。いつの間にかあの2人の少女も横に並んで歩いていた。廊下らしき空間をゾロゾロと大人数で移動すると大きな扉の前に立つ。いかにも頑丈そうで立派な両開きの扉を女は片手で大きく開けてみせた。


「コータ、いるか?」


 扉の向こう側は、最初の部屋とは違う小さな空間。

 しかし壁はやはりというべきか本で埋まっていて、その空間の中心には大きな机が存在感たっぷりに居座っていた。そしてその周りには紙くずが散らばり机の上にも大きく積みあがっている。その傍らに机に伏せっている黒髪の男。そして机の横で佇む美少女。

 男の顔は見えないが、立っている少女はこちらへ顔を真っ直ぐ向けている。美しい少女で茶髪の長い髪を結い上げ冷めたような冷たい青の瞳を持っている。見たこともない黒い服装。しかし膝から下はスラっと伸びる白い足がまた眩しく、自分の手を握っている美女とはまた違う部位で目線に困ることになった。


「10分の仮眠中です」


 そんな自分の動揺も気にせず少女は淡々と告げた。表情と同じで声も淡々としているが、その声のはとても惹かれた。なんて美しく、透明な声。あの男とは違う方向で魅入られる。


「仮眠しているのか。ちなみにあと?」

「15秒で終わります」

「そうか。じゃあ終わったら起こしてくれ」

「貴女に言われずともそうします。……3、2、1。マスター、起床のお時間です」


 そう言うといつの間にか彼女の手には美しい陶器のティーポット。それを男の頭上へ掲げると、容赦なく傾けた。


「あっ……づっ?!!」


 こちらから見ても湯気の立つ中身は相当熱そうだ。悲鳴を上げて跳ねるように体を起こした男はなんというか…普通だ。目の下の隈が酷くて年齢がよく分からない。そしてこの空間にいる人物としては普通の顔立ちの男。ただ目も髪と同じ黒だというのは珍しい。髪と同色の者はほぼいないから。

 着ている服は上質のもののように見える。だが普通だ。彼が『コータ』なんだろうか?


「熱い…ナナ、普通に起こしてくれフツーに」

「この方法が一番マスターがすぐ起きますので」

「そりゃ寝てたとこに熱湯かけられたら普通跳ね起きるっての。なんで起こされるごとに火傷せにゃならん…って誰?」


 ひたりと男の黒い目がオレを捕らえた。不審者を見るわけでもなく、ただただ何でここに人がいるのかと驚いた顔。その顔は少し彼を幼く見せる。思ったより若いのかもしれない。

 オレが口を開くより早く、隣の女が前に出た。


「コータ。困ってるらしいからまた解決してやってくれ。お前なら出来るだろう?」

「困ってるらしいって…また無理矢理連れて来たのか?」

「解決出来るんだ。多少強引でもほら、コータもよく言うだろう。終わり良ければ全て良し!」

「あのね…」


 彼がオレに憐れみの目を向けてくる。

 あ、やっとまともな人に会えたと思ってしまった。



読んでくださりありがとうございます。

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