天使を拾った日
残酷描写があります。ご注意ください。
「ギャー!!!」
執筆作業がひと段落して、まったりとコーヒーブレイク中のこと。
突如響き渡った絶叫に噴出した。き、気管に入った…!
ゲホゲホと咽ていると物凄い勢いでビビが飛んできた。
「コータ、コータぁ!ナナ姉がナナ姉がっ」
「ゴホッ…ナナがどうした?」
「ウデが取れちゃったのっ!!」
ウデ?ああ、腕か。納得したというように頷く。
「最近休めって言っても休まなかったからなぁ。そりゃ取れるわ」
「天使って腕取れる種族だったっけ?!」
混乱した。
**
「私の手足は全てマスターによって作られた『義手』というものなのです」
「ぎしゅ…?」
初めて聞いたであろう言葉にビビが首を傾げる。俺はベッドに座らせたナナの取れた右腕を検査中。あーやっぱりヒートしてるな。あれだけ無茶するなって言ってあるのに。
「ナナ。これ右腕だけじゃないだろう。全部見せなさい」
「………」
物凄く嫌そうな顔をしながらも素直にベッドに横になった。今日のナナが着ているのはメイド服。しかもシックな昔ながらのもの。…腕は捲ればいいんだがロングスカートを捲るのは凄く抵抗がある。
両腕は二の腕の中心部から、両足は太股の上くらいから義手なんだよなぁ…まぁでも、仕方ない。メンテは俺がするしかないし。とりあえず左腕からだ。袖を捲り上げると白く細い腕が顕わになる。見た目では全く義手だと分からない。感触は少し硬い程度で体温も同じにしてあるから旗から見ると普通の腕だ。そこに俺が触れ魔力を流せばガションという音と共に左腕が外れた。やっぱり…接着部分が少し赤く腫れている。痛みが出てるだろう。
次は足だ。スカートをたくし上げると白い足が見えた。これも義手だ。太股に触れて同じように魔力を流せば、腕と同様にガションと音を立てて外れた。足は…そこまで赤くないな。良かった。
「わぁ…これが『ぎしゅ』?え、どうやって動いてるの?ナナ姉の手足どうしてないの?」
不思議そうに俺がメンテしている手足の周りをビビが飛ぶ。この世界はほぼ魔力で発展している。ので機械は存在しない。あっても魔導具という錬金術で作られた別物だったりする。だから、手足を失った者は傷が治せてももう戻らない。生えてくる種族もいるし、まだ壊死前ならなんとか治癒術で治せる確立はあるが…手足を失っているナナは無理だった。
この世界の初の義手や義足は俺が作った…というか、まだナナの分しか作れていない。義手の原動力は魔力だ。だから着けているナナ自身の力で動いているので途中で外すのはメンテの時ぐらいなものだ。防水加工も魔術式で組み込んであるので大丈夫だし、衛生面もバッチリ。もう義手じゃなくて魔導具でいい気がしてきた…。だが、やはり無理をすると生身との接触部分が腫れたり痛みが走る時がある。普段通りなら問題ないが、ココ最近忙しかったもんなぁ。俺に任せて休めと言ったんだがコッソリやっていたっぽいなこれは。ナナは集中すると長いし無茶も結構やらかすので、義手が完全にヒートする前に外れる設定にしてある。そうすれば無茶は出来まい。それが今だ。この天使は働き者なのだ。理由は、なんとなく分かるけど。
昔、俺がまだ自国と屋敷を行ったりきたりを繰り返している頃。ある貴族が禁止されていた奴隷を大量に屋敷においていたことが発覚し捕らえ処分した。奴隷だった者達は生きているのが不思議なくらい痛めつけられ衰弱しているものがほとんどだった。その中に、ナナもいたのだ。
天使は地上界にほぼいないと言っていい。何故か。姿を見せれば人間に捕まるからだ。天使は皆見目が良く、羽は癒しの力を持ち流れる血は若返りの薬となる。
ナナは生まれてすぐ地上界へと落ちてしまったらしい。そして人に見つかり、掴まった。見つけた時、ナナは大きな鳥篭のような檻に入れられており、羽は根元から切り落とされ逃げられないよう足も切断されていた。顔や体は痣だらけで、腕は異常なほどの切り傷があり腐敗していた。羽をなくした天使には治癒力はない。なので腕はもう使い物にならず、出血の多さに死に掛けていた。
なんとか一命は取り留めたが、羽のない天使。天界には戻せない…天使にとって羽は、天界で生きていく為に欠かせないものだからだ。天使の扱いには皆困っていた為、俺が引き取ることになった。屋敷は魔界にあるし、人の目に触れることはない。悪魔であるヤシャは嫌がったけれど、俺が頼めば渋々OKした。いや、俺にくれた屋敷なんだよな?
魔術や薬で大分治療出来たが、腕はもう切るしかなかった。羽と足はもうないから、彼女はもう人の手を借りなければ生きられない。死にたい、というかもしれない。
それは駄目だと、まだ目覚めない彼女の傍らで腕と足の義手を作った。地球にいた頃機械仕掛け関連の本を読んだことがあったのと、魔術の知識の組み合わせで出来たなんちゃって義手だ。
目を覚ました彼女は貴族がいないことに驚き沈んだ。帰る場所がないと言う彼女に唖然とした。あの小さな鳥篭は彼女の家になっていたのだ。
だから、ここが今日から君の家だと根気よく教えた。暖かい食事を与え、義手をつけてのリハビリ、暇つぶしに本を渡せば器用に魔術で捲って読んでみせた。
やがてリハビリが上手くいき1人で歩けるようになると何かお手伝いがしたいと言い出した。体をまだ休めているといいって言ったけど、自分が出来ることはないのかと引き下がらなかった。
なら、俺の本作りを手伝ってほしいとお願いした。
代筆なら動かなくていいし、手のリハビリにもなる。字は読めるが書くことはしたことがない彼女にペンの握り方から教えた。彼女は覚えるのが早い。どんどん知識や技術を吸収しものにしていく。彼女はリハビリ期間を終えると共に、1人で1冊の本を作り上げた。
印刷じゃない直書きの、手作りで丁寧に作られたこの世でたった一つの本。中身は彼女の好きなものを書けばいいと言ってあるので、俺は内容を知らないけど…いいものが書けたんだろう。表紙を撫でる手は穏やかだ。
「ナナが作り上げた本だ。おめでとう」
だからプレゼント。まぁ自分で作った本だし、記念に。戸惑った様子だったが、大事そうに抱え込んだので喜んでくれていると思うことにしよう。そのまま本好きになってくれると嬉しい。
「これからもよろしく」
**
そして居候となった。ナナは瞬く間にスーパー秘書化した。俺のスケジュール管理から本の売り先の手配とか屋敷の管理とか…料理だけは無理だったけど。あれは…兵器だ。
元々天使は尽くす種族。だからこそ、貴族なんかに飼われていた。そして新しく尽くす相手が俺になった。もう自分の好きにしていいんだと言ったけど「自分は好きでここにいます」の一点張りだ。正直助かっているから在り難いんだけど…こういった無茶をよくするからなぁ。
「ナナ。今日から3日間はお休みだ。体を休めること。仕事は一切禁止」
「ですが」
「休みなさい。…気づいてやれず、悪かった」
「……はい」
小さく、ベッドに横になったまま頷く。丁度いいから腕や足の方メンテだけじゃなくて術式も新しくするか。確かもっと効率がいいのを最近作れたし。
俺がそんなことを考えながら義手を丁寧に包んでいると、ナナがビビにつらつら言ってのけた。
「ビビ、マスターの監視をお願いします。明日に2本締め切りが入っていますので今日中に仕上げ、明日確認作業をさせるように。あとインクが切れそうなので補充をお願いします」
「ラジャー!」
「ちゃんとやるぞ?!ビビも元気に返事するなっ…ってどんなけ信用ないんだよ俺…」
一応今まで締め切り守ってきれるんだけどな。
すると「信用してますよ」とナナは言って、
「ひとの看病 ばかり気にするマスターですから、自分もおちおち休んではいられないんです」
信頼しきった顔で、静かに微笑んだ。
なんちゃって義手と義足です。
読んでくださりありがとうございました。