双子のお遊戯
「コータ」
「コータ、遊んで」
長椅子に寝そべりながら本を読んでいると横から声がかかった。目を向ければこちらをじっと見つめている双子がいた。…さよなら俺の読書時間。別に2人が嫌いってわけじゃない。子供は元々好きだし懐かれれば嬉しいし癒される。だがこの2人はなぁ…遊びが本気すぎる。
本を閉じるとソファーから身を起こす。素早く両端に座り込んでこっちを見上げる2人はニコリろ微笑んだ。構ってくれると分かったんだろう。2人は声も見た目も全く同じなので俺がデザインして作ってもらった浴衣を色別に着てもらってる。浴衣は両方とも白く水色の波紋が描かれている。帯は鮮やかな刺繍がされた紅と黒の大きな帯を蝶結びしており、その上に薄い布を重ねて華やかにしている。歩くたびにヒラヒラしていて可愛らしくしてみた。紅の帯がアカで黒の帯がクロ。気に入ってくれているようなので常にこの格好だ。ちなみに足元は草履。
なんで見分けがつくようにしたかって見た目同じだけど性別が違うんだよ。アカが男でクロが女。容姿が一緒なのは種族的なようなものだ。実際は双子じゃないけど、双子って呼んだりするときもある。
「コータ、あのね」
「コータの書き途中の原稿本棚の中に隠したの」
「何してんの?!」
いや本気で何してくれちゃってるの?!
きゃっきゃと楽しそうに2人は俺から離れると扉の影に隠れる。顔だけ覗かせるようにして言ってのけた。
「宝探しだよ。1時間以内」
「じゃないと5枚とも消えちゃうよ」
「5枚も隠したの?!」
本当この双子の遊びは困るものが多い。今書き途中のやつは確か召喚魔術についてのもので、あの陣の細かい図形をまた描けと言われると泣きたくなる。いや、泣くぞ俺。
慌てて部屋を出ても双子の姿はもうない。本棚の中って…この屋敷にどれだけあると思ってるんだ。1時間以内とかムリゲーだろ?!
とりあえず一番近い書庫へと向かう。廊下を走っていると不思議そうにこっちを見ているキューが見えた。
「どうしたコータ。そんなに慌てて…トイレか?」
「キュー!アカとクロがどの部屋で遊んでたか分かるか?!」
「あの2人か?そういえば図鑑の所で遊んでいたな」
「サンキュ!」
「よく分からんが…楽しそうだな、私も行こう」
遊んでいるわけでは…いやあの2人にとっては遊びか。俺の横で並走してみせるキューは宣言通り楽しそうだ。悪意ある無邪気さと天然の無邪気さを思うと…天然の方が危険な感じがするんだが気のせいだろうか。
書庫へ到着すると扉を勢いよく開ける。とりあえず荒らされてはいないようでいつもと同じように並ぶ本棚の列にほっと息を吐く。図鑑…というと3階の左側か。
「ところでコータ。今回は何の遊びなんだ?」
「宝探しだと。俺の原稿が5枚書庫のどこかに隠されてる」
「ほう、書庫に隠したなら魔術では探せんな。よく考えたものだ」
「こっちは災難だけどな!」
3階まで駆け上がると本棚を1つ1つ確認していく。本の中に隠したとかだったらお手上げだが、あいつらは本棚と言った。なら多分…
「あった!1枚!」
ペロンと本棚からはみ出ている原稿を発見。慎重に引き出せば俺の書きかけの魔術式が書いてあった。良かった…破けてたらどうしようかと。
「コータ、こっちにも1枚あったぞー」
「本当か?!キューたすかっ…ギャー!!ちょ、慎重に扱ってくれ!!」
ぶんぶんと乱暴に原稿ごと腕を振り回す彼女に青くなる。気づいたように手を止めると笑って誤魔化された。いや、誤魔化されないからな?
「あっはっは、そうだったな。本は丈夫でも原稿はただの紙だ。悪かった」
やっぱり天然の無邪気さの方が恐ろしい…!
手渡された原稿をよく見ても破れた箇所はない。良かった…と息を吐けば何かが目の前を横切った。
「コータ、どったのー?」
「ビビ」
「まぁいいんだけどさー見て見て!ナナ姉がアタシに服作ってくれたんだよーかわいい?」
くるんっと空中で回ってみせるビビの格好はセーラー服だ。正統派というか紺色のセーラー服。真っ赤なスカーフに膝丈のプリーツスカート。白のハイソにローファーまで。相変わらずナナの裁縫は凄いな。異世界に興味を持った彼女に俺の記憶に残ってるものを映像で見せたらファッションの方に興味が向いたようで自作するのが趣味となった。俺は凄いとしか言えないけどプロ並みじゃないか?
「キュスル。書類や原稿はあれほど丁寧に扱いなさいと言ったでしょう?」
「おお、ナナ。すまん。こう、興味の無いことは頭から抜けるのが早いんだ」
「そう言いますとキュスルは普段から8割程度聞いていないということですね。いいでしょう。覚えるまで叩き込んで差し上げます」
「ん?んん?ナナ落ち着け…私は元々戦闘以外は…」
そして現れたナナは女子高生スタイル。ニットセーターに赤いリボン。ミニスカートに黒のニーソ。髪型は片ポニーだ。似合うがそれ一部のマニア方面の女子高生スタイルじゃないか?
「マスター。自分の方でも原稿を1枚回収しました」
「マジでかありがとう!これで3枚だな、あと2枚…」
「探すより書き直した方が早いのでは?」
「嫌だ…もう円陣描きたくない…」
ナナの言葉に耳を塞ぐ。確かに本は書いてて心安らぐ時もあるがあの細かい作業は本当キツイ。そもそも魔術なんて分野知らなかった人間が円陣とかさ…まぁ慣れたけど。でもキツイ。本読んでゴロゴロしてたい。
「本音が駄々漏れですが」
「コータもやりたくないならやらなきゃいいのに。何で本なんて書くの?」
「本なんて、とか言うな。本は偉大だぞ。どんな人にも平等に知識と楽しさを教えてくれるものだ」
「その偉大なものを嫌がってるのもコータだぞ」
うっさいぞキュー。
それに書くのと読むのじゃ全然違う。
「賢者の呪いの話はしただろ?」
「うん。その賢者の知識を本にして人間に渡すんでしょ?書かなきゃダメなんだろうけど、呪いってどんなの?やりたくないって放置出来ないの?」
好奇心タップリにビビが聞いてくる。それはだな、
「まず寝れなくなる」
「うん?」
「そして食事が喉を通らなくなってペンを握っていないと全身が痒くなってくる。本を書くまで続く現象だ」
「呪いというか…どんなけ本書かせたいのその賢者…」
だよな。
大体3日くらい本を書かなかったりすると発動する呪いだが地味に辛かったりする。まぁこの症状はオマケみたいなものだけどな。
「とりあえず俺が幸せに本を読んでダラダラする生活は書き終わるまでお預けってことだな」
「ふぅん…でも凄いね。この書庫の本の数からして人間の賢者ってのは知識がいっぱいだ~」
「俺が作りたくて作った本が半分占めております」
「ただの趣味じゃん?!」
だって魔術の本だけが特化してても面白くないだろう。地球の知識の話とか物語とかも流行させてもいいだろう。他に書く人増えるかもしれないしな。実際に姫と騎士の恋愛ものはご婦人に大人気だ。あれ、次の〆切いつだっけ。
「コータ、まだ?」
「あと20分」
思考を別次元に飛ばしているとアカとクロがひょっこりと本棚の上から顔を出す。しまった!タイムリミットが…!
「あと2枚…っよりによってあの2枚!」
1時間かけて必死に描いたあの陣のやつ2枚だったー!諦めるにはちょっと心が折れそうだ。慌てて探すことを再開しようとした所で「お」という声がビビから漏れた。見れば彼女は真っ直ぐ俺の頭上を指している。…あった!4枚目ー!
「でかしたビビ!」
「ふふん。お礼はハチミツミルクでいいよ」
得意げにしている妖精はちゃっかりしていて報酬を求める言葉に頷きながら原稿を取り出す。良かった…折れてない。
「マスター、残り1枚ですし手分けしますか?」
「そうだな、その方が早い」
「ずるい」
「コータひどい」
「この本棚の量に対して俺1人なのも十分酷いと思うぞ?」
そう抗議すれば「コータは大人だもん」「だから大丈夫だよ」と理不尽な返答を頂いた。大人でも無理なものは無理です。
「コータ、そんなことしてるといつまでたっても探せんぞ?」
「相手するからいつも遊び相手にされるのよ~」
「ぐっ…わ、分かってるよ!いいか、お前達、見つけ終わったら説教だからな!」
「やだ」「やー」と可愛らしく拒絶の言葉を吐きながら楽しそうに走り去っていった。俺は楽しくない。
「マスター」
はよ探せと言わんばかりのナナの声にトボトボ動き出す。ここら辺の範囲にあるといいんだがなぁ。本棚を1つ1つ見ながら奥へ進んでいくとビビがついてきた。
「前から気になってたんだけどさぁ、あの子達って何?コータの隠し子?」
「隠し子だったらちゃんとパパって呼ばせてる」
「うわぁ…まぁ親子って言ったらヤシャのがあの2人に似てるけど。ヤシャの子供?でも悪魔って子供産めないし産めても人との間の子…まさかヤシャとコータの」
「それはない断じてない」
変な想像は止めてくれ。
「ヤシャと似てるのは当然だ。アカとクロはヤシャから魔力を与えられて人型になったからな。眷属、みたいなもんか」
「へぇ~じゃああの子達精霊寄りの悪魔?」
「いや、あいつらは…」
「コータ、何してんだ~?」
ズシっと背が重くなる。今日はなんだ。全員集合の日なのか。いつもは自由気ままにしてるのに。背中に凭れている悪魔は俺より背が高い為顎を頭に乗せており、見上げればその口元から羽が……
「って、おいこら!ビビを食うな!吐き出せっ!」
慌てて口をこじ開ければ中からヨダレだらけのビビが半泣きで出てきた。ああ、うん。怖かったよな普通に。
「もぉヤダ~っなんなのこの悪魔っ!サイテー!せっかくナナ姉に作ってもらった服が台無し!しかも乙女を食べようとするとか!ありえない!!」
「目の前ブンブン飛んでたら気になるだろ?妖精はまだ食ったことなかったし、まぁいいかなと」
「よくないわよっ!」
ニヤニヤしているヤシャに怒り心頭のビビ。そう突っかかるから色々されるんだよな…あれ。アカとクロに対する俺ってこんな感じなのか?
「ほれほれ。拭いてやるからじっとしてな」
「ヤダヤダ!来んなバカー!!」
ビリィィ…
紙が裂けた。正しくはヤシャが持っていた紙でビビを拭こうとしてそれを拒否したビビが風魔法を放ったのだ。本棚に気を配って威力は最小限。それはいい。でもヤシャが持っていた紙は見事に裂けた。
「…ヤシャ。その紙どこから持ってきた?」
「向こうの本棚の上に置いてあったぞ?」
「ビビ、なんで魔法使った?」
「だ、だってこの悪魔が…っうあんアタシ悪くないー!!」
俺はニッコリと微笑みを浮かべて、一歩踏み出した。
**
「面白かったね」
「おもしろかった」
「またやる?」
「コータ怒るかな?」
「怒ってるコータも面白い」
「でも喜んでるコータ好き」
「好きだね」
「じゃあ今度大掃除でもしよっか」
「いいねしよう。褒めてくれる?」
「くれるよきっと」
「でも今日は眠い」
「寝ようねよう」
幼い2人の子供がパタパタと執務室へ走る。中を覗き込めばいつもコータが使っている大きな机の端に水だけ入った金魚鉢。フワリと2人の体が宙へと浮き上がる。クルリクルリと体を回転させると姿が消えた。代わりに、チャポンチャポンと2つの水音。
何も入っていなかったはずの金魚鉢には、赤と黒の金魚が泳いでいた。
「アカとクロはマスターの…過去の出身国で身近にいた魚に似ていると買ってきた鑑賞魚です。ヤシャが喋ったら面白そうという理由で魔力流して人型にしました」
「うわぁ…あの男昔から変わってないんだね」
読んでくださりありがとうございます。