本の虫
「そして言ったんですよ!彼女は!『私と本どっちが大事なの?!』って。そんなの本に決まっているじゃないですか!僕から人生の楽しみを奪おうなんて考えられません!!」
「そうだそうだ!本はこの世で一番の道楽だぁ!それを奪うなんて酷いやつだ!」
「その通りですよ!本こそ世界!」
「本こそ命!」
よっしゃーと杯を2人で掲げる。
久々に夜の街に繰り出した俺は1つの酒場で静かに飲んでいたわけだが、途中で1人の男がまたイイ飲みっぷりを披露しに酒場に来たのだ。何があったのかと興味本位で話しかけたら俺と同じ本好きの人間だった。
商人の三男坊で特に何も秀でてないが本を読むのが大好きで、最近出来たこの街の図書館で働き始めたらしい。そしてよく本を借りに来るお嬢さんとお付き合いを始めたらしいが…上手くいかなかったそうだ。
そして冒頭のセリフを吐かれ見事破局。ここでヤケ酒しているといった所。分かる、わかるぞ。男たるもの女は好きだが本という知識の山には別の魅力がある。本好きからすりゃ本はなくてはならない水のようなもんだ。それを天秤にかけるのがまずおかしい。理解してくれる女性を探すべきだ!
「いやーこんなに話を理解してくれる人に会ったのは初めてですよ。僕はリスターって言います。あなたは?」
「俺はコータ。よろしくな」
彼は薄い茶の髪に紫の目を持った青年だ。大きめな眼鏡のせいか少し幼く見える。お姉さん系辺りに好かれそうな顔だな。
もてないことはなさそうだし、すぐ新しい彼女も出来るだろうと思っていたらズイっと彼がキラキラした目で寄ってきた。
「ところでコータさん。先日発売された魔術の時短変則の本読みました?」
「あー…あれな。読んだ読んだ」
俺が書いた本だし。
「あの論文は素晴らしい!まさか変則にあんな規則的なものがあったなんて…今じゃ様々な魔術師が自分の魔術を高める為こぞって買い求めてすから絶版らしいですよ。いや~僕魔力がないので魔術は出来ないんですけど読むのは好きで…早めに手に入れておいて良かったぁ」
「そうなのか」
本の内容と知識は賢者のじーさんのものだ。あのじーさんの知識の中では普通のことだったんだが、この時代には画期的なものだったらしい。
こうやって本を通じて賢者の知識を浸透させていく。これは、俺にかけられた呪いなんだ。
だから書いて書いて書きまくって本を出版しているわけだ。多分リスターの働いてる図書館の半分は俺が書いた本だろう。大分普及はしてきたが本は高級品。誰でも簡単に手に入れられる時代にしたいもんだ。
「リスターはホードラーン著者の本が好きなのか?」
「ええ!そりゃあもう!だって魔術から薬草学、また歴学や生物学、果てには物語まで様々な分野で活躍してますから!しかもどれも誰もが認める素晴らしいものばかり!尊敬だけじゃ足りないくらい憧れてますし好きなんです!!」
…はい、物語は俺の趣味です。PNなんです。いいじゃないか、伝えられてる物語とかそういったの好きなんだよ。好きだから本にしたよ。悪いか。
呪いうんねんの前より己の欲望で書いたよ。いいじゃんか、小説とか好きだし書けば色んな人が書いてくれるかなとも思ったし。
俺がこうやって色んな町や村を転々と訪れるのはそういった古くから伝わる伝承や物語、最近の変わった出来事まで聞いて本にする為だ。この世界で俺が聞いたものを形にして色んな人に見てもらいたい。多分、じーさんも同じ気持ちだったのかもしれない。だから恨んでないし俺はこの世界の生活を楽しんでる。
「僕もいつかホードラーン先生のように多くの本を書いてみたいんです」
こうした、本の虫も見つかることだしな。
「いいね。是非本が書けたら教えてくれ。最初の読者になるぞー」
「ありがとうございます!是非!」
「どんな本を書こうと思ってるんだ?」
「男は1人でも生きていけると綴った本です」
「・・・ゑ?」
ニコニコしながら凄いこと言ってきた。
「女なんていらないんですよ。男は夢と本で生きているんです。そりゃゆくゆくは子供とか欲しいなーとは思いますが愛や恋などというのは幻なんです。本さえあれば!生きていけます!!」
「あはははははー…」
そういやコイツ振られてヤケ酒してたんだっけ。
「そうです…女が全てじゃない。僕は本を大切にし本の為に生き本の為に死ぬ!本好きのコータさんなら分かってくれますよね?!その人生を!生涯を!素晴らしきものとして世に残すんです!!」
それはきっと黒歴史になるやつだー!
ヤル気になっている所悪いがこれは止めるべきだろう。
彼の為に。いや、世の独身男性の為に。
「あのさ、」
「マスター」
しかし声をかける前に声がかかる。聞きなれた美しい声に振り返れば、冷めた青の瞳が俺を見ていた。
「修正箇所が一定数を超えました。これ以上超えると明日の予定に支障が出ますので今すぐの帰宅を推奨します」
「それって帰って徹夜でやれってことなんじゃ…」
分かってんじゃねーかといった言葉が目で語られる。で、ですよねー。
今日のナナの服装はチャイナドレス。茶の髪は綺麗に結い上げられ白い項が眩しい。しかもスラリとした白く長い足がスリットから覗いている。それでなくとも美人でプロポーションもいいんだから酒場で目立ってしょうがない。
このままだと絡まれるかなぁと思っていたら案の定ナナの後ろの酔っ払いが手を伸ばしてきた。
と、その手を払うように現れたのは新たなトラブルメイカー。
「背後から奇襲をかけるんじゃない。声をかけたければ正面から行くといい。コータ、酒なら私も誘ってくれればいいじゃないか」
前半は不埒者に。後半は俺に目をやりながら告げるキュー。ナナの清楚な美人系とは違う華やかな美人で出るとこ出てるタイプのボンキュボンがキューだ。しかもその肉体は惜しむことなくビキニアーマーで強調されている。あー…ほら注目の的じゃないか。
「今日は静かに飲みたかったんだよ」
「滅茶苦茶騒いでましたね」
いやそうだけど。
気の合う奴見つけてテンション高かったのは認めるが…って静かだなそういえば。
顔を正面に戻せばリスターに満面の笑みを向けられた。
「…裏切り者」
リア充爆発しろ★みたいなセリフ吐かれた。目が笑ってない。なんでこうなった。
いや確かに2人とも美人だけどこいつら容赦ないし恋人ってわけでもないからそんな怒るようなもんでも…。でも美人達引き連れた平凡な男がいたら俺もリア充爆発しろってなるわ。
言い訳を諦めた瞬間だった。
しかしそれとこれとは別として俺の両脇には筋肉ムキムキの男性方がスタンバイ。
「おう兄ちゃん。美人はべらせていい気なもんだねぇ」
「オレらにも分けてくれや」
いかにも悪役っぽいセリフで酒臭い息を吹きかけてくる。やっぱ絡まれるのか…。
目の前のリスターは笑顔を浮かべたままだが汗がダラダラ流れている所を見ると暴力沙汰は苦手らしい。俺も苦手だ。チラリと女性陣に目を向ければ2人揃って首を傾げた。
「早く帰りましょうマスター」
「なんだ、家飲にするのか?」
助ける気ナシですねーそうですよねー。俺はヘラリと笑うと横にいる男達に顔を向ける。まさか笑顔が返ってくるとは思ってなかったんだろう。驚きと戸惑いの表情が伺える。
「そうだよな、俺ばっか幸せモンだと世の中不公平だよな」
「お、おう…?」
「分かってんじゃねーか…?」
人間、予想とは違うことをされれば動揺する。俺は素早く男の間を抜けるとカウンターでこちらを様子見ていた店長さんらしき人に金貨が数枚入った小袋を渡す。
「今夜この店の飲む分は俺の奢りだ。店主、足りるか?」
「―…十分です」
客人用スマイルではなく袋の中身を見てニコニコと頷く店長。うん、店の酒飲み尽くしてもお釣りは出るだろう。
奢りと聞いて店の中にいる全員が歓声を上げる。先程まで絡んできていたおっさん達も「兄ちゃんサイコー!」「イイ男だぜ!」と調子のいいことを言って酒盛りが始まる。ハハハ…さよなら俺のお小遣い。
でもま、暴力沙汰になるよりかは金で解決出来る方が在り難い。本当嫌な男になったもんだ。
「リスター、気分良く飲んでたのに悪かったな。俺はこれでさよならするからゆっくりしてってくれ」
ただ黒歴史本は止めておけという言葉は呑み込んで急かすナナにハイハイと返事をし店を後にする。すると「待ってくれ!」と声がかかった。慌てたように店から転がり出てきたリスターはずれた眼鏡を直しつつ俺を見て笑顔を見せた。今度は含みの無い笑みで
「話を聞いてくれてありがとう。スッキリしました。またこの街に寄ることがあったら飲みにいきましょう」
…そうだよなぁ。話が合えば、また語りたくもなる。そして縁は続くもんだ。
「今度はそっちが奢りだろ?」
「馬鹿言わないでくださいよ。割り勘です」
ほら、本が好きでも自分の世界は広がっていく。
「そ、それと今度はそちらのお嬢さん達も一緒に…」
…お前それが目当てか!
読んでくださりありがとうございます。