終わって始まる。
両手の重みが心地いい。
頬を緩ませながら横断歩道の信号が青くなるのを待つ。
紙袋を抱え込み中にはミッチリと本が詰まっている。底が破けないように抱えて運ばないといけないが、しっかりと重みを感じることが出来る。
俺は本が好きだ。
文庫、地図、図鑑、辞典、漫画。なんでも好きだ。
本に書かれていることを覚えたり眺めたり世界に浸ったり。何よりこれだけ小さなものに知識が詰まっていることに喜びを覚える。いわゆる本の虫だった。
最近の本は装丁も凝っていて外見も美しい。スマフォとかでも読める時代になったがやはり本は紙が一番だな。触り心地も匂いも何もかもがいい。そんな俺が大学を卒業し就職した先は安定の図書館の事務員。職場で本に囲まれるだけで毎日ハッピーである。
そんな中、近くにある古本屋が最近になって閉店することが決まった。近場の本屋がなくなるのは悲しいが、そこで店主が行ったのは本のセールだったのだ。アパート暮らしの部屋には置ける本は限られている。しかしたまには新しい本を手元に置きたい。思い切ってセールの中へと飛び込めばそこは宝の山に間違いなくて。
思わぬ大量購入となってしまったが、後悔はない。明日から二日間の休みは読書三昧だ。なんと幸せなことだろう。顔がニヤけるのも仕方がない。
「おぬし、幸せそうじゃのう」
そんな時声がかけられた。顔を向ければいつの間にか隣には老人が立っていた。
日本人にしては珍しい長く真っ白な髭。そして民族衣装のような真っ白な服。大きな杖を持った、老人。
よくよく考えれば怪しい老人だった。しかしその時の俺は本のことで頭がいっぱいで、機嫌よく答えるだけだった。
「ええ。欲しいものが手に入ったので」
「その書物かい?そんなに貴重なものなのかい?」
「いえ、普通の本ですよ。俺は本が好きでしてどんな本でも嬉しいんです」
だから沢山の本に囲まれて幸せなのだと笑顔で答えれば老人もまた嬉しそうに笑った。
「そうかそうか。本が好きか」
「ええ、好きです」
「いいのういいのう。おぬし、いいのう。
おぬしにしよう。ワシの願いを託すのは」
「え?」
にこにこしながら老人はよく分からないことを言う。
何のことかと問いかける前に物凄いブレーキ音が辺りに響く。
「だから、連れて行こう」
老人の笑みは本当に嬉しそうで。
強い衝撃と誰かの悲鳴。
そして手から離れていった本の重みが、俺の人生の最後の記憶となった。
書きたかったほのぼのファンタジーです。よければお付き合いくださいませ。