呟き
侍は呟く。
世間は自分達を必要としていない事を知りながら。
侍は刀を握り、構える。
目の前で同じく構えているのが古くからの友でありながら。
侍はふっと一息吐く。
吐いた息が空気との差で白い。
侍は覚悟を決めた。
どちらが死のうが生きようが別れは別れであり、二度はない。
侍は斬りかかる。
友の刀が振り上げられたと同時に。
侍は大きな後悔を抱いた。
地面と垂直に振り下ろされる友の刃を素直に頭上で受ければ良かったと。
侍は友の刃に鼻を割かれながらも友の胴を斬り込む。
人の身体は臓やら肉やら骨やらが詰まっている故、硬い。
侍は友の力の抜けた一振りを鎖骨で受ける。
友の刃に力が籠ることはもう無い。
侍は刀を振り切る。
友の胴を上手く断つ事は適わず、普通刃が斬り抜かれる所からは血が飛び出していない。
侍はすまなく思う。
相手に余計な痛みを与えずに斬るのが掟であり、真の侍。
侍は二太刀目を斬り込まない。
友に二度も敗北を与えるの事は先よりすまない。
侍は友が動かなくなるのを見届けた。
侍の心は何故か落ち着いているし、涙も何故か溢れて来ない。
侍は亡骸と化した友を外に連れ出した。
友の五体を断つ。
侍は五体を並べる。
偉そう侍に刀を教え、偉そうに老いぼれ、偉そうに死んでいった師が、偉そうに建てやがった、偉そうな道場の玄関に。
侍は雨の振りそうな墨汁をぶち撒けたような夜空を見上げる。
気づけば侍も、友も、この偉そうな道場の門叩いた時に見た、偉そうな師と同じ歳になる。
侍は偉そう侍に刀を教え、偉そうに老いぼれ、偉そうに死んでいった師が、偉そうに建てやがった、偉そうな道場を去る。
侍も、自分はそんなに偉くなったか、と少しだけ唇を傾けて。
侍はその以来、刀を捨てる。
世間は自分達を必要としていない事を知りながら。
侍は呟く。
夜は冷えるな、と。