第16話 槍の意地
ショウ視点です。
闘技場内の歓声を受けながら舞台へと上がる。
対面にある出入り口からは予選でソーゴさんと接戦を繰り広げたクライブさんが出て来る。
彼は僕の前に立つと真っ白な槍を手に構える。
僕も彼に倣って槍を構える。
けれども僕の構えなど堂々と構えるクライブさんに比べて弱そうに見えて仕方ない。
「やはり槍に関しては素人」
構えを見ただけで見抜かれてしまったらしい。
「はい。槍を手にしてから2カ月程度です」
槍を手にした理由は単純。
召喚されて数日で自分の武器を手にしてみることになった。スキルによってどの武器に適性があるのか分からなかった僕は騎士が適当に並べた武器の中から余っていた槍を手にする事になった。
武器がなければ素手で戦うしかない。
そんな事は怖くて選べなかったので結局、槍で戦う事を選ぶしかなかった。
武器を変えるチャンスはそれから何度もあったにも関わらず、気が付けば槍を手に目の前にいる強そうな人物を相手にすることになった。
「精一杯胸を貸してもらうつもりで戦います」
「いいよ」
クライブさんが踏み込んでくる。
――速い!
気が付けば目の前におり、槍を突き出されていた。狙いは正確に心臓。
このままだと心臓を貫かれてしまうのでクライブさんの槍に向かって僕も槍を横から叩き付けて逸らす。そこからクライブさんへと槍を軌道修正する。本来なら凄い力の要りそうな軌道修正だけど、僕が今使っている槍はメタルスライムが槍に擬態した物。軌道修正に必要なサポートはシルバーの方でしてくれる。
「力がないわけでもない」
槍を手放したクライブさんが体を動かして僕の槍を回避する。
「この……!」
意地になって槍を何度も突き出す。
けれども全ての攻撃がクライブさんの体捌きによって回避されてしまう。
「怒りに身を任せて攻撃するのは素人の証だよ」
僕の槍を拳で逸らしながら近付いて来たクライブさんが僕の額を叩く。
軽く叩いただけの攻撃。僕にダメージなんてないに等しいけど、槍じゃなくても武器を持っていたら……本気で攻撃されていたら僕は即座に行動不能に陥っていた。
「君は彼の仲間だね」
「はい……」
彼――ソーゴさんの仲間である事は間違いない。
「君たちは本当に不思議な存在だ。それだけの力を身に着けるほど鍛えたなら必要なはずの経験が全く身に着いていない」
僕たちなりに召喚されてから努力して来たつもりだ。
それでも2カ月は短すぎた。
こんな場所に立っていられるのも手に入れた能力が偶然にもチートだったからに過ぎない。
「槍使いとしての君を倒すだけなら簡単だ。君は僕の胸を借りるつもりだと言ったけど、僕の方こそ君の力を頼りにしたい。どうせなら決勝で彼と戦う前に君たちの特殊な力に慣れておきたい」
クライブさんが予選での屈辱を晴らす為には決勝でソーゴさんと戦う必要がある。
それまでの本選で少しでも力を身に着けるつもりらしい。
そういう意味では僕との戦いはクライブさんにとっては打って付けなのかもしれない。なにせ僕も武闘大会に参加しているのに前衛職向きのスキルではない。
ははっ……クライブさんにとって僕は最初から眼中になんてなかった。
「分かりました。ですが、槍を手にして下さい」
「それは?」
「僕も全力で戦いますのであなたにも全力で戦ってもらいたいんです」
「いいだろう」
下手をすると怪我では済まされないかもしれないので迎撃してもらう必要がある。
クライブさんが手放していた槍を回収する。
その間に僕もクライブさんから距離を取って離れる。
アイテムボックスから金属塊を取り出して大きくする。
「行け!」
持ち上げた巨大な金属塊を投げ付ける。
当たった金属塊がクライブさんを圧し潰す……はずだったが、クライブさんが槍を金属塊の下を通して投げて来る。ただ、投げて来ただけの槍は僕に当たることなく離れた場所を通り過ぎて行く。
僅かに見えていたクライブさんの姿が消える。
「降参するかい?」
首筋に当たる冷たい感触。
さらに聞こえる声は間違いなくクライブさんのもの。
金属塊が舞台の上に落ちる。
「どうやって移動したんですか?」
瞬間移動でもしなければ僕の後ろまで移動する事はできない。
「僕の持っている『白槍』は持ち主が求めると手元へ戻す事ができる。その反対に持ち主を槍の下まで運ぶ事もできる。距離はそれほど長くないけどね」
つまり、クライブさんは槍を僕の後ろへ投げることで背後までの瞬間移動を可能にした。
こうして武器を突き付けているのは勝利を確信しているから。
「彼の不思議な力には驚かされたけど、どんな力を持っているかなんて実際に戦ってみるまで分からないもの。これ以上の策がないなら降参してくれないかな?」
全力で戦うよう求められて僕がした事は1回戦の焼き直し。
とても彼の要望には応えられていない。
僕なりに【錬金魔法】の色々な使い方を考えて来ているけど、舞台の上でするのは不可能なうえ、ルールを明らかに侵している。
「降さ……」
降参しようとすると顎に衝撃が伝わる。
背後から槍を突き付けているクライブさんのものではない。
そっと視線を下に移動させるとスライムの姿に戻ったシルバーがいた。スライムの姿でいる以上、僕の手から槍はなくなっている。
シルバーは体をプルプルと震わせていた。
それなりに長く一緒にいるので怒っている事が分かる。
「そうだよね……」
僕は簡単に敗北を受け入れられる。
ここで負けたとしてもソーゴさんが勝ってくれると信じているから。
けど、自分が最強になりたいと思って僕に着いて来てくれているシルバーは簡単に受け入れる事ができない。
最強を目指す者だからこそ敗北する事が分かっていても戦わなければならない時がある。
「レイさんと同じです。負けが確定しているならルール違反を前提に戦う事にしましょう」
シルバーも頷いてくれる。
舞台から浮かび上がって僕の手元まで来ると鞭へと形を変える。
「変わった従魔を連れているんだね」
「槍に姿を変えた従魔を連れていた。その事実が発覚した時点で僕の負けです。ここで試合を終わらせますか?」
僕のルール違反を受け入れるだけでクライブさんは3回戦へと進む事ができる。
「まさか、これほど面白い相手とし合える機会を自分から捨てるような真似はしない」
とはいえ、僕もルール違反をしている身でクライブさんに勝つつもりはない。
一手だけでいいから攻撃を当てる。
鞭を振るう。
メタルスライムの金属で造られた鞭は衝撃波を発生させながら鋭くクライブさんへと迫る。
「はっ!」
鞭とは思えない大質量の攻撃を槍で防ぐ。
だけど、この鞭の真骨頂はここから。
鞭が細くなり、先端から新たに生み出すとクライブさんの背後へと迫る。
「くっ!」
全く予想していなかった動きに翻弄されながら槍を振るう。
しかし、蛇のように軌道を変えられると槍が空ぶっていた。
そうして3度、4度と軌道を変えている内に生じたクライブさんの隙をシルバーは見逃さなかった。鞭による一撃をペシッと顔に当てる。
鞭を受けたクライブさんは平然としていた。
鞭からスライムの姿に戻ったシルバーが近付いて来る。
「満足したかい?」
シルバーが頷く。
どうやら一撃入れられた事で少しだけではあったものの受け入れるだけの余裕が生まれていたらしい。
「帰ろうか?」
『白槍』に秘められていた能力を引き出す事に成功した。
優勝候補で有名なクライブさんの情報を集めれば簡単に知る事ができたかもしれないけど、全く情報の出回っていない僕たちだからこそ武闘大会に参加している選手に配慮して情報を集めないようにしていた。
けど、瞬間移動に関しては僕が引き出した情報。
ソーゴさんならしっかりと有効に使ってくれるはず。
それに今ので色々と問題点も見えて来た。
僕にとっては有意義な短い時間だった。
「もう、いいのかい?」
「はい。パートナーは今の攻防で色々と満足したみたいですし、あなたと本気で衝突して無駄に怪我をするよりもいいです」
僕が問答無用でスキルの全てを開放すればクライブさんには勝てる。
けれど、武闘大会らしくはないので自重する事にした。
「僕としては納得いかないけど、勝利を譲ってくれると言うのなら貰っておこう」
「決勝、頑張ってくださいね」
「随分な余裕だね」
「僕たちはリーダーが勝ってくれると信じていますから」
僕たちの役割は強そうな相手の排除。
難しそうな勝利を譲る事ぐらい問題ないと思っている。
「彼は勝ってくれるかな?」
ソーゴさんと戦う為には決勝まで勝ち上がってもらう必要がある。
順当に勝ち上がって行くと準決勝で危険な相手と戦う事になる事をクライブさんも知っている。魔族だという事までは気付いていないけど、既に本選1回戦で前回の大会でクライブさんと優勝を争った相手を再起不能になるまで痛めつけてしまっている。
その様子を見た後だと不安になってしまうのは仕方ない。
「安心して下さい。僕たちのリーダーは強いです」
ハルナも次は自主的にリタイアすることを決めているので仲間は全員敗北となりました。
次は、準決勝――VS魔族(武闘大会編です)




