第15話 武闘大会での手加減
『武闘大会も今日で4日目。今日は2回戦と3回戦が行われます』
『選手にとって今日は2連戦となります。誰と戦う事になるのかくじ運も試されていますね』
『では、勝ち残った16人での試合を始めて行きましょう』
真っ先に試合が始まる俺は舞台が見える廊下から出る。
出場選手の姿が露わになると闘技場全体が沸き立つ。
『予選、本選1回戦と強力な風の魔法によって相手を場外へと吹き飛ばしたソーゴ選手。魔法使いで本選を勝ち残れる事は本当に稀ですので彼には期待したいところです』
多くの選手が入り乱れる予選なら魔法使いでも勝ち残れる事ができるかもしれない。
しかし、二人の選手が対峙した状態から始まる本選では魔法使いが勝ち残るのは難しい。
『対してソーゴ選手と戦う事になるのは、これまでの試合で巨大な剣を振り回し相手を薙ぎ払っていた巨漢の大剣使いバルドせん……』
マルセラの言葉が詰まる。
俺も試合の様子を見ていたから大柄な男が剣を振り回していたのを覚えている。
対戦相手の多い予選ならそれも有効な手段かもしれないが、対戦相手が一人しかいない本選でも剣を振り回しながら近付いて委縮した相手を吹き飛ばしていた。
あまりに大雑把な戦い方だったため記憶に残っていた。
しかし、予選と本選の時の姿とは違って全身鎧に身を包んで顔も見えなくなっていた。
昨日までは、そんな物を用意していなかったはずだ。
『ど、どういう事でしょうバルド選手……これまで装備していなかった鎧を身に着けています』
『おそらくソーゴ選手の風に対抗する為でしょう』
「その通り」
鎧の中から声が聞こえる。
「お前の風は2度も見させてもらった。テンパリー渓谷を吹き抜ける風のように強力な突風だ」
「テンパリー渓谷?」
「外国から来たのか? 帝国と聖国の間にある渓谷で、両国の最短距離を進む事ができる渓谷なんだが、凄まじい風が吹き荒れているせいで思うように進む事ができない場所だ」
テンパリー渓谷。
名前まで興味がなかったので調べていなかった。
バルドが自信満々に言っているが、そのままテンパリー渓谷で回収した風を利用している。間違ってはいないのだが、正しくはない。
「この鎧は渓谷の突風にも耐えられるほど強固な鎧だ。俺を同じ方法で落とす事はできないぞ」
「そうか」
元々は風を使うつもりはなかった。
しかし、そこまで自信満々に言われてしまうと試したくなってしまう。
『――試合開始』
即座に銃を抜いて風の弾丸を3発放つ。
見た目通りに重い鎧を着ているせいで回避する事ができないのか、それとも防御力に絶対の自信があるせいで回避するつもりがないのか。
真偽は分からないが、俺の撃った弾丸が全て鎧に命中する。
「自信満々に言うだけはあるな」
「そうだろう」
鎧に傷を付ける事すらできずバルドは平然としていた。
「一流の冒険者ならこれぐらいの防具は持っている。お前の敗因は相手に合わせた装備を用意していなかった事だ」
鎧の背中から大きな剣を抜く。
予選や本選で見せた振り回すような真似はせずに剣を上段に構えていた。
攻撃に関してはそれなりに見せて来たが、防御については全く見せていないと言える。大雑把な男だが、未知数の相手に対して冷静になれるだけの慎重さは持ち合わせていたらしい。
「なるほど。鎧の性能は分かった」
風では鎧を傷付ける事すら不可能な事が分かった。
銃を収納する。
武器は一切持たずに肩を回す。
「諦めたか?」
「まさか……それよりも鎧の防御力が詳しく分からないから大雑把な手加減しかできない。気合を入れていないと死んでしまうかもしれないぞ」
「何を言って……」
20メートル先にいるバルドを無視して懐へ跳び込む。
上段に剣を構え、鎧で身を守っているせいで視界が狭くなっているとはいえ2回戦まで進める者が何も遮る物がない舞台の上で対戦相手を見失うなどあり得ない。
「……!」
それでも彼は、殴る為に手前で止まるまで近付く俺に気付く事ができなかった。
「歯ァ、喰いしばれよ」
全力……で殴ってしまうと鎧を貫通してしまいそうだったので3割程度まで抑えたステータスで鎧を殴る。
殴られた鎧が拳の当たった場所を中心に凹み、衝撃によってバルドが吹き飛ばされる。
『な、何が起こった!? 気が付けば拳を振り抜いた状態でソーゴ選手が立っており、バルド選手が場外どころか観客席下にある壁に激突している』
『私でも遠くから見るだけで精一杯でした。鎧の上からソーゴ選手が殴ってバルド選手を吹き飛ばしていました』
『彼は魔法使いではなかったのですか!?』
『たしかに魔法使いとは思えないほどの力です。今、彼のプロフィールを見せてもらったのですが、自己申告によると使えるスキルは【収納魔法】との事です。決して【風魔法】が使えるなど描かれていません』
『ですが、【収納魔法】の使い手にこのような事が……』
荷物持ち程度にしか使えず、本人のステータスも貧弱になる事が多い。
だからこそプロフィールに描かれていない【風魔法】が使えると実況と解説まで信じ込んでしまった。
しかし、今の俺の行動のどこに【風魔法】が関わっているというのか?
『とにかく方法は分かりませんが、ソーゴ選手がバルド選手を殴って場外まで吹き飛ばしたのは事実。今、審判が確認したところバルド選手は気絶しているだけで命に別状はないという事です』
倒れて起き上がる様子のないバルドに男性が近付いて状態を確認すると実況席に向かって合図を送っていた。
その後、ゾロゾロと現れた10人以上の男の手によって担架で医務室へと運ばれて行った。重たい鎧を着ているバルドを運ぶのは簡単ではない。
手加減がそれなりに上手く行ったようで鎧を吹き飛ばすだけで終わり、鎧の中にいたバルド自身は衝撃に耐え切れずに気絶してしまったらしい。
「おめでとう」
控室へ続く廊下へ行くとハルナが笑顔で迎え入れてくれる。
彼女の試合も次なので見える場所で待機していた。
「手加減が上手く行ってくれてよかったよ」
「強くなりすぎるって言うのも困りものよね」
「そっちも手加減はしろよ」
「あたしたちは問題ないわよ」
これから試合だというのに緊張した様子も見せず舞台へと上がって行くハルナ。
俺も試合が直接見えるここから応援させてもらう。
ハルナの対戦相手は片手剣に盾を装備した平凡な冒険者らしい。らしい、というのはあまりに地味な戦い方をするものだから試合を見ていたはずなのにバルドとは違って記憶に全く残っていない。
対戦相手はハルナの攻撃を盾で受けてから剣で攻撃しようとするが、早さで翻弄するハルナの動きに付いて行けず、後ろに回り込まれた直後に首に短剣を当てられる。
首から赤い血が微かに流れる。
「参った……」
静かになった対戦相手の声が響き渡る。
マルセラさんがハルナの勝利宣言をして試合は終了となった。
「勝ったわよ」
試合前より晴れ晴れとした笑みを浮かべたハルナ。
「それにしても地味な対戦相手だったわね」
何が地味だったのか。
見た目もそうだが、何よりも名前を憶えていなかった。何度もマルセラさんの口から語られたはずなのに頭に残らない。
ま、終わった対戦の相手についてはいい。
「これで次は消化試合ね」
二人とも順当に勝ち進めたおかげで3回戦は俺とハルナの試合になる。
無駄に体力を消耗する必要もないので試合が始まる前に降参を宣言して試合はすぐに終わらせるつもりだ。武闘大会としては盛り上がらないかもしれないが、せっかくのくじ運なのだから利用しない手はない。
「それよりも明日の準決勝は大丈夫なの?」
ハルナが言っているのは準決勝で戦う事になるだろう相手。
おそらく予選で虐殺を繰り広げていた魔族と戦う事になる。本選ではそれなりに自重をしているのか相手の体をボコボコになるまで殴るだけで止めていた。
対策はきちんと考えている。
「俺もショウと同じで【収納魔法】で戦う」
別に武闘大会だからと言って剣や拳で戦わなければならないわけではない。
俺らしく戦うつもりだ。




