第11話 優勝させる為に
『おっと! ウィンディア選手、突然膝を付いて蹲ってしまった!? 先ほどレイ選手から攻撃を受けていましたが、予想以上のダメージだったという事でしょうか!』
マルセラさんの実況が聞こえますけど、実際のところは違います。
けれども闘技場にいるどれだけの人が真実に気付いているのか。
「これは攻撃のダメージなんかじゃないわ」
もちろん血を吐き出したウィンディアさんは気付いています。
そうでなければ間抜けとしか言えません。
舞台の上で呟かれた言葉は小さく、闘技場を包み込む喧騒に打ち消されてしまうせいで近くにいるわたしにしか聞こえません。
「何をしたの?」
ウィンディアさんの疑問はもっともです。
わたしの攻撃が大したことがなかったのは攻撃を受けた彼女がよく分かっています。でも、状況的にわたしが何かをしたのは間違いない。だからこそ何をされたのか気になって仕方ない。
「それほどの事はしていません」
アイテムボックスからポーションを取り出して飲みます。
回復効果を持った液体が体全体に染み渡ると斬られた傷口が塞がり、疲労が取れて行きます。
試合中に使ったなら即座に失格となってしまうポーションですが、既に場外へと出て失格となっている状況で使う分には問題ありません。
「そのポーションもデタラメね」
「そうですか?」
「飲んだ直後に傷口を塞いでしまうポーションなんて持っているだけで一財産になる上級回復薬に分類されるわよ」
わたしとしては街中で適当に手に入る薬草と魔物の素材を組み合わせて作っただけのポーションという認識だったんですけど、いつの間にかわたしのポーションもチート入りしていたみたいです。
それよりも彼女の疑問に答えてあげるべきですね。
「毒を使わせてもらいました」
アイテムボックスから掌に収まるほど小さなガラス容器を取り出して、入っている毒を見せつけます。
「毒なんて使えば一発で失格よ」
「ええ、そのように聞いています」
だから最初は毒を使うつもりはありませんでした。
けど、魔族が同じ場所で戦っている以上、わたしの目的は『試合に勝つ事』から『魔族を勝たせない事』へと変わりました。
ポーションで回復したのと同じようにバレたとしても既にわたしは失格になっています。バレたところで問題がありません。
わたしの失格と引き換えに魔族を一人失格にできるのなら安い物です。
それに、毒を使った事がバレるとは思えません。
「あなたに使った毒は魔族にだけ効く毒です」
「そんな物を作れるはずが……」
「わたしには作れました」
最初に倒した魔族スターク。
彼の持っていた魔族としての特性は『毒』で、【調合】を持つわたしとの相性が非常に良かった。
彼の体を徹底的に調べて魔族だけに有効な毒の開発に成功しました。
他の出場選手が大会に魔族が紛れている現状に気付いていない現在、魔族だけに有効な毒を毒だと認識するのは難しいと思われます。
その毒は、魔族の体内にある臓器を腐食させ、呼吸した際に動かす筋肉の動きだけでも激痛を齎すほど強力な毒。
ただし、死に至るほどの力はありません。
戦闘でも使えるよう即効性を優先したため、一定以上の効果が出ないようになっています。
それでも戦闘で有効な事が証明されました。
この後、ウィンディアさんの体が検査される事もありません。
医者のように人体の構造について詳しい者が魔族の体を診察すれば、すぐにでも人間ではないという事が判明します。正体を隠して大会に出場している以上、彼女たちだって正体が知られるのは避けるはずです。
「わたしの使っているメイスの先端にはその毒が塗ってある小さな針があります。叩かれた時の衝撃で気付かなかったかもしれませんが、あなたはわたしの毒を受けて倒れてしまったんです」
魔族が紛れているのが分かった時点でアイテムボックスから容器を取り出して握りしめると毒をメイスに塗り付けます。わたしにもかかりましたが、魔族ではないわたしには効果がありません。
「この程度なら問題ないわ」
ウィンディアさんが立ち上がってわたしを睨み付けて来ます。
その鋭い視線は今にもわたしを殺しそうです。
立っているだけでも苦しいはずなのに気合だけで立っています。
すぐにでも逃げ出したい気持ちにさせられましたが、わたしには彼女に教えてあげなければならない事実が残っています。
「わたしを恨むのは自由ですけど、わたしを睨み付けているような暇があるんですか?」
「……そういうこと」
わたしの視線はウィンディアさんではなく、その後ろへと向けられています。
その先には二人の男性が立っています。
一人はウィンディアさんと同じように長剣を手にしていて、もう一人は大きな盾を装備していました。
舞台の上にはウィンディアさんと彼ら二人しか残っていません。
つまり、予選Iブロックから本選へと進む為にはあと一人を落とす必要があります。
立っている男性二人はそれなりに余裕がありそうですが、ウィンディアさんは毒の影響で満身創痍にしか見えません。
誰を狙うべきなのか?
事前に打ち合わせをしていなくても一目瞭然です。
「参ったわ」
ウィンディアさんは彼らと一切戦う事なく舞台から下ります。
『これにて予選Iブロックの試合を終了します! 勝ち残った二人に拍手を!』
闘技場にいる人々が舞台に残った名も知らない二人に拍手を送っています。
負けたわたしはウィンディアさんと一緒に控室へと続く廊下へと辿り着きます。
「持っているなら解毒薬をくれないかしら? 正直なところ、立っているだけでも辛いのよ」
戦闘中と比べてもそうですが、試合前の舞台に向かっていた時と比べても彼女の足の動きが鈍くなっていました。
「いいですけど、恨んでわたしたちを襲ってくるような事はしないで下さいね」
「ええ、約束するわ」
この約束をしておかないと大会中に襲われる可能性が残ってしまいます。
わたしが襲われるだけなら、しばらくの間だけでもわたしが身を隠していれば問題ないのですが、大会に参加しなければならないソーゴさんまで襲われるような事態は避けなければなりません。
彼女にはわたしたちが仲間だという事実が知られてしまっています。
アイテムボックスから解毒薬の入った瓶を取り出して渡します。
瓶の中身を飲み干すと足取りが軽くなっており、解毒が成功したのが分かります。
スキルの効果で解毒薬がきちんと作れている事は分かっていましたが、毒の使用も初めてだったので効果を確かめた事もありませんでした。
「それにしても、こんな毒を使うっていう事は、あなたたちは魔族について知っていたのね」
「そうですよ。そっちこそ魔族がどうしてこんな大会に参加しているんですか?」
「それこそ私の口からは言えないわね」
お互いに決定的な事は教えないまま廊下を歩いていると分かれ道に辿り着きます。
「敢えて言うならリーダーを優勝させる事よ」
「奇遇ですね。私たちの目的もリーダーを優勝させる事です」
けれどもお互いの立ち位置は分かりました。
リーダーを優勝させる為に脅威になりそうな相手を倒す。
結局、お互いに予選で敗退してしまいましたけど、脅威になりそうな相手を倒す事には成功しました。
「私たちのリーダーは強いわよ」
「残念ですけど、わたしたちのリーダーの方が頼りになります」
もう大会でわたしが協力できる事がないのが本当に悔しいです。
でも、あの人に付いて行くと決めた以上はサポートするのがわたしの役割です。
「いいわ、また戦う事があったなら今度はお互いに死力を尽くして戦いましょう」
そう言って分かれ道を左へと進んで行きます。
わたしも右へ進んで仲間の許へ戻って負けた事を謝らなければなりません。
レイは敗退しましたけど、ウィンディアも敗退させました。




