第10話 レイの奮闘
試合開始を告げる鐘が聞こえる。
すると周囲にいた人々が一斉に自分の近くにいた人と戦いを始める。
バトルロワイヤルというルールの状況の中では、どこでも戦いが始まりますし、誰もが敵になります。
わたしの隣にいた男性も刀みたいな長く細い剣を振りながら近付いてきます。あんな武器で斬られれば唯では済まされません。
男性の動きもこれまでに戦って来た魔物の攻撃より鋭く、武闘大会に参加するだけあって強いのでしょうが、ソーゴさんの用意してくれたアイテムボックスの恩恵を受けているわたしの目にはゆっくり動いているように見えます。
「ぶほっ」
男性の胸にメイスを突き入れると口から色々な物を吐き出しながら舞台の上に倒れて気絶していました。
これで男性は大丈夫でしょう。
「一撃、ね」
後ろから声が聞こえて振り返ると一人の女性が立っています。
真っ赤な髪に、真紅の瞳。赤い服の上から革鎧を着た全身が赤い女性。
同じ女のわたしから見てもハッとさせられるほどの美人です。
女性は、周囲にいる人々が表情を険しくして戦っている中、自然な感じで右手に長剣を持って微笑みまで浮かべています。
見る人が見れば隙だらけのようにも感じます。
けど、わたしでも分かります。
女性はこのような場所においても本当に余裕がある。
「もらった!」
そんな事も分からない男性が手斧で攻撃しています。
「邪魔」
攻撃してきた男性を一瞥もすることなく女性は剣で斬り捨てています。
その表情には、男性を斬った事に対して何も思うところがないようで人相手でも斬る事になれているようでした。
「貴女、Aブロックの試合で私の仲間二人を落とした人の仲間なんでしょ」
戦いの音で舞台の上が煩い中、女性の声は透き通ったようにわたしの耳に聞こえてきました。そのせいで答えなければならないという気持ちにさせられます。
どう答えるべきなのか?
肯定するべきか、否定するべきか。
「否定しても無駄よ。予選敗退なんていう部下の体たらくに怒った私たちのリーダーが情報収集の得意な部下に命じて情報を集めさせた結果、一緒にいる所を目撃しているの」
一緒にいたのは失敗だったかもしれません。
試合後はわざわざ観客席で集合して一緒に試合を見る。その後の事まで見られていたなら同じ宿まで帰った事まで知られているはずなので、少なくとも同じ出場選手同士仲良くしていたなんて言葉は通じません。
仲間だという事は知られています。
「そうですよ」
「貴女に個人的な恨みはないけど、リーダーからの命令でね。予選で当たったなら貴女たちの力を確認する為にも全力で戦え、って命令されているの」
女性が初めて剣を構えて腰を低く落とします。
鍛える為にショウさんと模擬戦闘をしているソーゴさんの動きに似ています。
「ゴメンね」
他の出場選手よりも速い動きで女性が接近すると剣を振り被って来ます。
咄嗟にメイスを叩き付けて剣を弾き飛ばします。
「あら?」
剣を弾き飛ばされた事に驚いた女性が離れて行きます。
「どうやら、あの二人を倒せたのはマグレというわけではないようね」
今の攻撃でわたしの実力が確かめられてしまったみたいです。
ですが、今のでわたしも確信しました。
彼女の言葉から魔族だった二人と仲間だったみたいですけど、受け止めた彼女の剣は強く、普通の人間の範疇に収まるようなものではありません。
彼女も魔族です。
拳を握りしめるとメイスを構えます。
「行きます」
メイスを叩き付けて彼女を攻撃します。
けれど、わたしの攻撃の全てが剣で受け止められると滑るように移動してわたしの攻撃を回避していきます。
「あっ……」
思わず力を込めながら叩き付けた攻撃が受け流されると態勢を崩してしまいます。
そこへ突き出された剣がわたしの左胸へと向かって行きます。
心臓を狙った攻撃。
咄嗟に身を捩じりながら舞台の上を転がると攻撃を回避できます。
左胸を手で触れて確認してみます。怪我はないみたいですが、服が僅かに斬られてしまったみたいで肌に触れることができます。
あと少しでも避けるのが遅ければ心臓を貫かれていました。
「貴女、相当な実力を持っているみたいだけど戦闘経験はそれほどでもないみたいね」
「……そうです」
悔しさから肯定するしかない。
わたしたちの力はほとんどソーゴさんに頼ったものです。ハズレスキルとされた【調合】もそれなりに使えるようになりましたが、それでもアイテムボックスがなければ、誰かの回復ぐらいにしか使えないスキル。
勇者のスキルでなくてもいいスキル。
そんなスキルしか持っていないわたしの事を迎え入れてくれた。
わたしが今もこうして生きていられるのは彼のおかげ。
だからこそ少しでも役に立ちたい。
「私は剣士として10年以上の時間を費やして研鑽を積んで来たわ。どういう方法か知らないけど、力を手に入れただけの貴女に負けるような私じゃないわ」
わたしの方がステータスは強いはずです。
それは、わたしの攻撃を受け止めた時に分かっているはずです。
けど、戦闘経験という意味でステータスの差が覆されています。
彼女は本気で努力して来たみたいです。わたしのように仲間の力に頼って大会に出場しているような者とは違います。
「棄権しなさい。私も戦意のない攻撃するような真似はしないわ。場外に出たなら安全よ」
「たしかにそうかもしれません」
私よりも強いソーゴさんなら勝てるのは間違いありません。
それでも、仲間として彼の負担を少しでも軽くしたいと思います。
「あら?」
命を失っていたかもしれない状況に陥らせても戦意を失わないわたしの姿を見て本気で驚いています。
『レイ選手立ち上がった。女でありながらメイスを軽々と振るう可憐な姿。
それに対するは、剣士のウィンディア選手。
予選から女同士の白熱する試合を見せてくれます。あたくしも同じ女として目が離せません』
マルセラさんの実況によって彼女の名前が分かりました。
女同士で戦っているわたしたちの戦いは複数の人間が舞台の上で同時に戦っているにも関わらず闘技場の注目を集めているみたいです。
彼女――ウィンディアさんが身を低くして舞台の上を駆け抜けます。
わたしに接近したところでカウンターのようにメイスを振り下ろすとメイスが舞台を砕き、そこにウィンディアさんの姿はありませんでした。
驚きながらもわたしの視界にはしっかりと左へ避けて後ろへと回り込む姿が見えます。
後ろへ回り込むと、またしても心臓へと剣を向けています。
彼女は本気でわたしの命を取りに来ているみたいです。
もう、ルールとか気にしていられる余裕はありません。
――間に、合え!
奥歯を噛み締めて万が一の場合に備えて用意しておいた薬を服用する。
世界がスローモーションになったようにゆっくりとした動きになる。
私が服用した薬は、人の感覚を何倍にも上昇させてくれる薬。
今の私では5倍の感覚上昇が限界ですけど、それでも感覚だけは今までの5倍の速度で対応することができる。
体を無理矢理に回転させながらメイスをウィンディアさんの胸に叩き付ける。
無理な体勢から放ったわたしの攻撃には力が籠っていなかったらしく、メイスを叩き付けられてもウィンディアさんは平然としていました。
逆にわたしは脇腹に剣が突き刺さっています。
「今の攻撃によく対応できたわね」
「わたしではこれが限界です」
剣が突き刺さった場所から血が流れて、凄く痛いです。
手から力が抜けてメイスを手放すと舞台の上に膝を付いてしまいます。
「ギブアップです」
「そう、頑張った方よ」
降参を告げるとウィンディアさんはわたしから興味を失ったようで舞台の上で続けられている他の戦いへと視線を向けています。
残っているのは5人。
ウィンディアさんの実力なら他の3人を倒す事も可能でしょう。
けど、魔族である彼女を本選へ進ませるわけにはいきません。
「あなたもここで終わって下さい」
「何を言って……」
舞台の上を去るわたしの声が聞こえたらしく訝しむウィンディアさんですが、次の瞬間には口から血を吐き出して舞台の上に蹲っていました。
弱くても頼ってばかりではいられません。




