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第8話 洞窟の中で

500PVありがとうございます。

旅に出るまで、もう少々お待ちください。

 ライデンが息絶えたことを確認すると死体に鞭打つような感じがして気が引けたが、必要なことだったため急いで手首や足首を斬って大量の血を流させる。

 人間の体内には成人男性なら約4000mlの血液があると生物の授業で先生が雑談に話していたのを覚えている。

 絞り尽くすように血を流させれば5人の人間が死んだように見えるかもしれない。


 その後、ライデンの遺体を収納すれば死んだのが1人だという証拠は何も残っていない。


 この異世界には、DNA鑑定などない。

 魔法で個人を特定できるものがあるかもしれないが、血液からライデン1人のものだと判断するのは難しいはずだ。


 その後、王剣と王盾を回収する。

 岩に突き刺さった王剣は、そのまま引き抜こうとすれば俺の筋力では抜けないほど深く突き刺さっていたが、剣だけを収納すれば簡単に回収することができた。


「大丈夫、かな?」


 離れた場所で俺とライデンの戦いを見ていた増田たち3人は呆然としていた。

 俺には彼らを巻き込んでしまった責任がある。

 少なくとも最低限の事情説明はしなくてはならない。


「御者をしていた兵士が戻って来ないことを不審に思って探しにくるかもしれないから少し、移動しようか」

「あ、ああ……」



 ☆ ☆ ☆



 馬車を置いてきた麓とは反対側へと歩く。

 だが、その足取りは歩きにくい山道を歩いているのとは違う事情で重い。


 やがて陽が沈み切る前に洞窟を発見した。


「今日は、ここで野宿しようか」


 夜の風を凌げる場所が確保できるだけでも十分だ。

 洞窟の奥の方へ行くと収納から薪とライターのような道具を取り出して火を点ける。焚火なんて初めてしたけど、上手く行ってくれた。


「とりあえず体を暖めるだけでも落ち着くから焚火の前に行くといいよ」


 俺が焚火の前に座ると、同じように3人とも焚火を囲む。

 増田は落ち着きを取り戻したようだが、女子2人は未だに怯えている。

 櫛川さんは普段の明るい様子が嘘のように膝を抱えて俯いているし、天堂さんは心ここにあらずといった感じで焚火を見ている。

 大丈夫だろうか?


「今のは?」

「この世界の魔法道具らしい。燃料の代わりに魔力を使って火を点けることができるみたいだ」

「そんな物をいつの間に……」


 もちろん城にいた頃にこっそりと保管庫に忍ばせてもらって便利そうな道具を拝借させてもらった。

 こっちは3日目の段階から脱出の為に色々と準備をしていたんだ。


 魔法道具に魔力を流す動作には少し不慣れだったが、収納魔法を使い続けてきたおかげで、きちんと使うことができた。


「こんな凄いことができるならどうして敵対するような真似をしたんだ?」

「もしかして俺が強いとか思っている?」


 増田の疑問ももっともだな。

 俺が今日倒した相手は、城にいる騎士で実力も十分だったから異世界から呼び出された勇者の指導役をしていたんだ。それだけでなく宰相から極秘任務を任されるだけの信頼もある。


 そんな相手を、殺した。


「俺は強くなんかないよ」

「そんなこと……」

「俺がライデンを殺せたのだって国の貴重な道具を盗んだことを見せて動揺させたうえで不意を突いた攻撃だったから上手くいっただけなんだ」


 俺には剣術スキルなんてない。

 だから王剣なんて持っていてもまともな使い方ができるはずがない。

 他にもいくつか重要そうな宝物を持ってきているので、どれか1つは動揺を誘える道具があるだろうと思っていたが、1つ目で当たりに巡り合えてよかった。


「でも、有用な能力だって教えることができたなら……」

「それで勇者たちと一緒に世界を救う為に戦えと?」


 はっきり言おう。


「そんな無意味なことをするつもりはない」

「どういうことよ……」


 顔を上げずに櫛川さんが聞いてくる。


「俺たちが召喚された日に言っていた宰相の言葉を覚えているかな?」

「宰相、ってあのお爺さんのことよね」


 そうだ、と首を縦に振る。

 ただ、あの時はいきなりの事態に気が動転していたせいで細かいところまでは覚えていないらしい。


「あの爺さんは、『元の世界に帰す方法は分からない』と言っていたんだぞ」

「けど、その後で『魔王を倒した後で元の世界へ帰ったと言われている勇者もおります』って言っていなかった?」


 間違っていない。

 たしかに言っていた。


 けど……


「だって、『言われております』だぞ? 勇者を召喚する方法とかはきちんと伝承されているのにどうして勇者のその後が正確に伝わっていない」

「あ……」


 櫛川さんが顔を上げた。

 その瞳は濡れていた。

 顔を伏せていたのは、どうやら泣いていることを悟らせない為だったらしい。


「魔王と戦った後で勇者がどうなったのか宰相たちは知らない。もしくは、新しく召喚された俺たちに知られたくなかったんだ」


 少なくとも前回の勇者召喚で魔王を倒した後の勇者がどうなったのか彼らは知っている。他の勇者については、知らない。


「正直言って宰相たちの言葉は全く信用できない。だから俺は独自に帰還する方法を探すことにしたんだ」


 最初は、当座の活動資金が得られたら夜中にでもこっそりと城を脱出するつもりでいた。

 しかし、俺の予想以上に早く宰相が俺たちを切り捨ててしまったため計画を前倒しにしなくてはならなくなってしまった。しかも活動資金が得られただけで、どこへ行くのか全く決まっていない。


「宛てはあるのか?」

「ない」

「ちょっと……!」

「それを探す為にも俺はこれから異世界のあちこちを旅するつもりでいる。召喚する方法があったんだから帰還する方法だってどこかにあるはずだ」


 というか、あってくれないと困る。


「強いんですね」


 呆然としながらも俺の話を聞いていたのか天堂さんが呟く。


「わたしは、そこまで強くなれそうにありません」


 そして、たった一言だけ……


「帰りたい……」


 その呟きは4人ともに共通した願いだった。


「お母さんに会いたい」


 1週間。

 突然の事態に振り回され続けてきて泣き言を言えるような状況ではなかったが、ここに来て天堂さんが限界を迎えてしまった。


「はい」


 どんな効能があるのか知らないが、ハーブティーの入ったコップを渡す。

 食糧とか色々と入れておいてよかった。給湯室のような場所に忍び込んだ時に城に勤めるメイドが用意していた物だからちゃんとした物なはずだ。

 これで落ち着いてくれるといいんだけど。


「あったかい」


 天堂さんが温かいままのハーブティーを飲む。

 いや、戦闘には使えないハズレスキルだと思っていたけど、収納魔法が想像以上に役に立ってくれる。収納していると収納した時のまま状態が保存されるから温かいまま持ち運びができるんだよな。

 おかげで死体も腐ることない。


「あの、帰る方法を探すにしても城の人に頼んで探してもらった方が確実なんじゃないですか……?」

「はっきり言って俺は城の連中を信用していないんだよね」

「どうしてですか?」


 まず、勇者を召喚した目的である『魔王討伐』を叶えられる前に貴重な戦力である勇者を手放すはずがない。そのため帰還方法を知っていたとしても教えるのは魔王を討伐した後になる。

 そんなのを待っている気は全くなかった。


 それが、昨日の夕方までの心境だ。


「魔王は定期的に復活して、異世界から召喚された勇者の手によって討伐されている。じゃあ、魔王討伐を果たした後で勇者がどうなったのか想像できる?」


 俺が尋ねると増田と櫛川さんは首を傾げていた。

 天堂さんにも視線を向けると首をフルフルと全力で横に振っていた。


 一冊の本を収納から取り出して全員に見せる。


「これは、今から約200年前に召喚された前回の勇者の活躍を童話にしてまとめたものだ」


 この本は図書室に行った初日にすぐ見つけることができた。


「見てみるといいよ。前回の勇者がどうなったのか知ることができる」


 ただし、この本が童話であることを忘れてはならない。


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「こんな凄いことができるならどうして敵対するような真似をしたんだ?」「もしかして俺が強いとか思っている?」 これは、そんなに強いのなら私たち三人は殺されても、貴方は城の人たちと行動を共にしたらと言っ…
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