第9話 武闘大会-初日の夜-
――武闘大会1日目夜。
予選はHブロックまでの前半が終了し、残りの試合については2日目に行われることになっているためショウの出場したFブロックの試合が終わるとすぐに闘技場を後にした。
武闘大会の影響で賑わっている大通りには様々な露店があり、冷やかしをしながら宿へ着く頃には夕方になっていた。
少し早かったが、宿の女将さんに豪勢な夕食を頼む。
帝都にいる間はほとんど豪勢な食事になりそうだが、所持金の心配は必要なかったので躊躇いなく頼める。
「では、ソーゴとショウの予選突破を祝して」
『乾杯』
お酒ではなくジュースの入ったグラスを鳴らして祝杯を挙げる。
テーブルの上には料理が次から次へと置かれ、4人で食べるには多いように思えるが、多い分については俺が食べるので問題ない。
「2人とも本選に残れてよかったね」
「まだ予選を突破しただけなんだけどな」
ハルナとレイは自分の事のように喜んでくれた。
もちろん予選を勝ち残ったショウも喜んでいる。
ただし、喜んでばかりもいられない。
「明日は2人の試合だけど大丈夫?」
「いや~、今日の途中まではあたしも問題ないと思っていたんだけど……」
「あの試合を見た後だと自信がないです」
レイの言うあの試合――予選Dブロックでの出来事だ。
あの試合を一言で表すなら――酷い。
「僕は見ていないんですけど、どんな試合だったんですか?」
「どんなって……」
快活なハルナらしくなく言い淀んでいた。
仕方ないので俺の方から説明する事にした。
「試合が始まった瞬間に魔族の男が隣にいた男の喉に手を突き刺していたんだよ」
「え……?」
その光景を想像したのか言葉を失くしていた。
喉を一突きされていた選手は誰の目にも明らかなほど死体となっており、無造作に放り投げられても反応できずにいた。
反応できなかったのは舞台の上にいた出場選手。それに試合を観戦していた人々も同じだ。命を失う可能性のある試合とはいえ、本当に命が失われるのは稀だ。
戦闘に慣れている選手はともかく観客は死に慣れていない者ばかりだ。
その後は、簡単だ。
呆然としたまま動かない選手の体を魔族が自分の手で貫いて誰もが血を吐き出しながら倒れて行った。
「5人が倒れた時点でバラル将軍が斧で止めに入った」
拳と斧が衝突する衝撃は凄まじく観客席まで届くほどだった。
巻き込まれないよう舞台の上に残っていた選手のほとんどは自ら舞台を下りて退避していたが、どちらかが倒れた後で自分も舞台の上に残っていた一人になる為に漁夫の利を狙っていた男が一人いた。
そのせいで舞台の上には3人が残っているせいで試合は続けられていた。
けれども、そんな姑息な手段が成功するはずもなくバラル将軍との戦いを中断させた魔族の手によって殴られると場外へと叩き落とされていた。場外負け以前に体のあちこちがおかしな方向に折れ曲がっていた為再起は不能だった。
『い、以上! 予選Ⅾブロックでした!』
マルセラの実況によって試合は終了となった。
その言葉には焦りがあった。
『事前に頂いていた情報によりますとバラル将軍と健闘していたのは冒険者のアクセル選手との事です。こちらでも詳しい経歴を把握しておりませんが、先ほどの戦いを見る限りかなりの実力者みたいですね』
『え、ええ……私としてはSランク冒険者でもおかしくないほどの実力を持っているのではないかと思うのですが……』
解説のヘクターがそんな事を言っている。
果たしてそんな枠に収めていい存在なのか?
俺にはそんな風には思えない。
「そんな事があったんですか」
試合が終わった後の舞台は凄惨だった。
5人分の血が流れ、死体はそのまま放置されている。
係員の手によって死体がどかされ、魔法によって舞台が瞬く間に綺麗にされて行く光景は勉強になったが、試合を見ていた人の心境はそれどころではなかった。
人が死力を尽くして戦う姿を見に来た人でも本当に死人が出ると直視できない。
「俺の予想でしかないけど、あの時に見せた実力でさえ本気には程遠い」
「え、あれって全力じゃなかったの?」
試合を見ていたハルナが俺の言葉に驚いている。
「お前にはあの試合がどういう風に見えた?」
「あたしには物凄く速い動きでバラル将軍を翻弄しているように見えた」
「あいつの動きはとにかく速いんだよ」
試合の時点で魔族最強だったパラードと最初に戦った時と同等の速度があった。
本気になった場合には全盛期のパラードを上回る速度を出せるのではないかと思う。
魔族最強という基準があるからこそハルナもアクセルが全力だと判断した。
しかも相手はフェクダレム帝国の将軍だ。一般的な考えから言えば全力を出してもおかしくない相手。
全力ではなかったと聞いて少し怯えている。
ここは少し安心させた方がいいだろう。
「もしも、本選で奴と戦うような事があったら絶対に棄権するようにしろ。奴は俺が倒す」
3人とも頷いてくれる。
こんなところで危険を冒す必要はない。
それに、パラードと違って速度重視型だ。
俺ならどうにか対応できる。
「問題は他の出場選手の危機意識なんだよな……」
多くの人が危険な人物が紛れていたとは思っても魔族が紛れているとは思っていない。
魔族という存在は、時には災厄のように扱われる。
実際にそれだけの実力を備えており、大会など無視して暴れた場合にはどうなるのか分からない。
「ま、暗い話はここまでにして楽しむことにしよう」
☆ ☆ ☆
『さあ、フェクダレム武闘大会も2日目になりました。予選後半戦の始まりだ!』
『わぁぁぁあああ!』
闘技場が盛り上がるのを観客席から見る。
今の俺はこれから行われる試合が心配で盛り上がるどころではない。
「……大丈夫かな?」
「信用しなさい。あの子だって覚悟して参加するんだから」
「そうですよ」
両隣に座ったハルナとショウが落ち着くよう言ってくるが、2日目の最初に行われるIブロックの試合には仲間内からはレイが参加することになっている。
レイが持っているスキルは【調合】。
俺たち4人ともが戦闘には向かないスキルだが、中でも最も向かないのがレイの【調合】だ。主な使い道としては回復薬の精製で、レイなりに毒を用いて戦って来たが武闘大会では回復薬や毒の使用が禁止されている。
従ってスキルに頼らず戦わなくてはならない。
そのルールを聞いた瞬間、参加を止めるよう進言したが参加を決めたレイを止めることはできなかった。
普段は物静かな少女なのだが、1度決めた事はやり遂げる意思は持っていた。
「そんな風に心配するよりも応援してあげなさいよ」
舞台に上がって来るレイの姿が見える。
だが、その後ろにいる人物を見た瞬間に目を覆いたくなった。
「魔族まで一緒にいるだろ」
「静かに!」
叫びそうになった声はハルナに口を押さえられて止められた。
こんな場所で魔族云々を言ってしまうとパニックになるか冷ややかな目を向けられる事になる。
この後の事も考えれば騒ぎを起こすのは得策ではない。
「後ろにいる女性は魔族なんですか?」
「あたしには普通の女性にしか見えないけど」
「いや、俺には分かる……」
二人には分からなかったみたいだが、レイの3人後から出て来た女性は間違いなく魔族だ。
俺の突出したステータスの成せる技なのか感知能力が格段に上がっていた。
距離があるとはいえ、ショウとハルナの二人が気付いていないとなるとレイも気付いていない可能性がある。
『――試合開始』
だが、試合を告げる鐘が鳴らされてしまった。
もう止める術はない。




