第8話 Fブロック予選
ショウ視点です
試合の開始を待つ控室には20人の選手が待っていた。
僕と同じFブロックの出場選手だ。
そんな出場選手を控室のベンチに座りながら確認していた。
武闘大会では剣士や格闘家といった前衛職の選手が多い。
それと言うのも舞台に理由がある。
隠れる場所がなく、本選では自分と対戦相手だけが対峙することになる。そんな環境で遠距離からの攻撃を得意としている魔法使いが実力を発揮できるはずがない。魔法使いが実力を発揮するなら盾になってくれる前衛職や隠れる場所が必要になる。
そのため、武闘大会では鍛えられた肉体が自慢の猛者が集まる。
それに比べて僕の体は小さく、線も細いため周りの出場選手から侮られた視線を向けられていた。
「どうして、あんな弱そうな奴が参加しているんだ?」
「武器は……槍を持っているみたいだけど、本当に使えるのか?」
ヒソヒソとした声が聞こえて更に体が小さくなる。
持ち込んだ武器は銀色の槍――実際は、僕の従魔になってくれたメタルスライムのシルバーが槍に変化した物。
武闘大会では自分の武器を持ち込むのは自由だけど、テイマーが従魔を参加させることは禁止している。だから、従魔だとは知らせずに槍のまま使うことにしている。
シルバーの槍が最も使い易く、強度もある。
「僕、大丈夫?」
控室の中にいた唯一の女性が話し掛けて来る。
彼女は盗賊職らしく、腰に2本の短剣を差した軽装をしていた。
「あ、大丈夫です」
「そう?」
女性が隣に腰掛けて体を寄せて来る。
控え目な胸だったが、軽装だったこともあって胸の感触が伝わって来る。
「あ、あの……」
「そんなに緊張しなくていいわ。緊張していると予想外な怪我をすることになるわ。そんなに緊張するぐらいなら棄権した方がいいわよ」
……いえ、今緊張しているのはあなたが密着しているからです。
そんな事は言えない。
だが、女性の言う通りだ。
下手に緊張している方が危険だ。僕が負けても勝ってくれる仲間がいる。それに握っている槍を通してシルバーの冷たい感触が伝わって来る。冷静になれ、と言っているみたいだ。
「あら、緊張も解れたみたいね」
「ありがとうございます」
「アタシはミラベルよ。お互いに健闘しましょう」
「はい」
ミラベルさんと握手する。
とても武闘大会に参加するとは思えない女性らしい柔らかな手をしていた。
この世界にはステータスというものがある。そのためゴツゴツとした鍛えられた手をしていなくても握力が凄いという事がある。女性らしい手をしていたからと言って油断するわけにはいかない。
ミラベルさんと話をしていると控室の外にある廊下が騒がしくなる。
「何かあったのかしら?」
廊下の方を見て首を傾げているミラベルさん。
僕も同じように廊下の方を見てみると担架で運ばれている出場選手の姿が見えた。それも1人や2人ではなく、何人も運ばれてくる。おまけに観客席で見ていた試合とは違って全員が重傷を負って血を流していた。
隣に座っていたミラベルさんが立ち上がってドアの方へ行くので僕も近付いて行く。
「何があったの?」
「どうやらDブロックの試合で死人が出たらしい」
死。
参加申し込みの時にそういう事態が起こっても文句がないように誓約書を書いているとはいえ、実際に目にすると恐怖心が沸き上がって来る。
「今回の参加者には危険な奴が混じっているみたいね」
「そうですよね。これまでの試合では死者は出ませんでした」
怪我人はいても死者はいなかった。
それと言うのも出場選手の誰もが鍛えて来ているし、出場選手も相手の命を奪うような攻撃をしないように気を付けている。自分の実力を発揮する場所だが、あまりにやり過ぎてしまうと危険人物と見做されてスカウトが入らなくなるからだ。
だから武器を使っていても手加減して怪我で済む。
「坊主も気を付けた方がいいぞ」
「ご忠告ありがとうございます」
元の世界では喧嘩なんてした事がない。
ここで逃げ出しても文句なんて言われないだろう。
でも、仲間に任せて僕だけが逃げ出すなんて状況を僕自身が許せない。
「あの出血だとEブロックの試合開始は遅れそうね」
「そうなんですか?」
「まさか血に濡れた舞台の上で戦うわけにもいかないでしょ。だから舞台が壊れたり、汚れが酷かったりした場合には修繕や清掃が入るのよ」
この世界、魔法があるおかげで時間の掛かるはずの舞台の修復もあっという間に終えることができる。
舞台の清掃が終わったらしく、会場が歓声で沸き立っていた。
たぶん出場選手が舞台の上に現れたのだろう。
次は僕らの試合となるため控室を出て舞台が見える場所へと進む。
舞台の上では死闘が繰り広げられ、一人の男性が場外へと叩き落とされていた。叩き落とされた時にどこか痛めてしまったらしく自力では立てずにいた。
近くで怪我をする人を見ると足が竦んでしまった。
「帰るなら今の内だぜ」
「大丈夫です」
足が竦んでいる僕を見て嗤っていた男性の言葉を遮る。
20分近い死闘の末、舞台の上には2人の男性が立っていた。
自分の力で歩ける者は自力で僕たちのいる廊下とは反対側にある廊下へと進み、自分の力では立てない者を係員が担架で運んでいた。
僕たちの試合の番になった。
実況のマルセラさんの紹介で僕たちも舞台に上がる。
『な、なんと! 今回の大会では密林の王国フォレスタニアからSランク冒険者のミラベル選手が参加してくれています』
実況の紹介に僕を励ましてくれたミラベルさんが観客席に向かって手を振る。
観客席からは女性の黄色い歓声が飛んでくる。
『あたくしも同じ女性として強い方には憧れますね。冒険者ランクの中でも最高ランクまで上り詰めた彼女の実力を是非とも見せてほしいものです』
他にもFブロックにはBランクの冒険者が3人混ざっているらしく、これまでの試合以上に盛り上がると説明を受けた。
どうして、僕の参加するブロックに限ってそんな事になっているのか。
『――試合開始』
試合開始を告げる鐘が鳴らされた。
「まずは弱い奴から」
近くにいた男が斬り掛かって来た。
さっきBランクの冒険者だと紹介されていた。
あの剣で斬られれば重傷を負うのは間違いない。けど、どうしてだろう……全く脅威に感じない。
ああ、そうか。これまでに相手した魔族や魔物に比べれば動きがあまりに遅いんだ。
相手が腕に自信のあるという事実から勝手に過剰評価していたみたいだ。
槍でBランク冒険者の剣を弾き飛ばすと石突きで鳩尾を突く。
それだけで彼は悶絶して倒れてしまった。
「やるわね」
声のする方を見るとミラベルさんが両手に短剣を持って参加者の中を飛び跳ねるように動き回っていた。同時に出場選手の横をすれ違いながら体の至る所を斬って行く。
斬られた男たちは体に力が入らず立っていられないため舞台の上に蹲る。
「は、速ぇ……」
「こんなのどうやって攻撃しろって言うんだよ」
男たちはミラベルさんの動きを追うことすらできないようで翻弄させられていた。
「……そうなのかな?」
逆に僕はミラベルさんの動きを目で追えていた。
ここで自分の思い違いにようやく気付いた。
「そうか。これまでドラゴンとか魔族みたいな規格外な奴らとばかり戦って来たから」
一般的な出場選手との間に実力差ができてしまった。
それもソーゴのアイテムボックスのおかげなので自分の力ではない。
「落ちろや!」
選手の1人が殴り掛かって来る。
しかし、その動きはゆっくりに見える。
脇に潜り込んで男の後ろに立つと槍で背中を叩いて場外へと落とす。
「せっかくなので不足していた対人戦闘経験ここで稼がせてもらいます」
ミラベルさんを相手にするよりも僕の方が簡単だと思ったのか何人かの選手が僕に狙いを定めていた。




