第1話 窮地の勇者
第5章プロローグです。
僕の名前は工藤淳一。
異世界に召喚される前はクラス委員なんてしていたものの別にリーダーシップがあるわけでもなく、誰もやる人がいなかったから半ば押し付けられるような形で引き受けた役職だ。
ほとんどが雑用みたいな仕事。
誰からも慕われているわけではない。
それが今ではみんなから慕われている。
理由は僕が勇者という立場になったからだ。
僕が授かったスキルは勇者の中でも強力な物で、召喚した人たちからは真の勇者などと呼ばれていた。
せっかくこんな力を得たんだ。魔王討伐なんて危険な使命を帯びているんだから少しぐらいこの力で遊んでもいいだろう。
自由行動が許されるようになると、僕の次くらいに強いスキルを授かった3人とパーティを組んで強い魔物を倒し、人々からの称賛を浴びた。レベルはまだ低いものの強いスキルを授かったおかげで冒険者が苦戦するような魔物が相手でも問題なく戦えている。
最高に気持ちよかった。
――魔王軍が攻めて来る。
そんな報告を聞くまでは……
レベルを上げる為に各自で活動していた僕たちの下へ騎士が報告に訪れ、勇者全員が広い食堂に集められていた。全員で100人近くになるため集まるなら広い場所が必要になる。
集まった勇者を見渡す。
いや、全員ではなかった。
召喚されて数日が経った頃に行われた魔物を相手にした初めての実戦。
そこで4人の犠牲者が出た。
初めはみんなゲーム感覚で気楽に考えていた。けれど、犠牲者が出た事によって現実だと教え込まれてしまった。
おかげで真面目に取り組んでいなかった連中も生き残る為にレベル上げを必死に行っていた。
これなら僕の足を引っ張るような事にはならないだろう。
使えない連中の面倒を見るなんてご免だ。
「相手の数、2万だってよ」
「そんな数を相手に勝てるのかよ……」
けれども、今までに相手にしたことがない大規模な軍勢が相手という事でほとんどの連中が委縮してしまっている。
「おいおい何言ってんだよ」
「そうだぜ、俺たち勇者なんだぜ」
中には暢気に考えている者もいるけど、そいつらは危ない。
怯えている奴も暢気に考えている奴も危険だ。
「やはり、初めての大規模な作戦という事でみなさん緊張しているようですね」
「宰相」
召喚を行った人物の中でも責任者である宰相が話し掛けて来た。
「ここはひとつ真の勇者であるクドウ様が号令を出した方がよろしいのではないでしょうか?」
「僕が?」
「そうです。大規模な作戦においてはリーダーとなる人物がいるのといないのとでは大きな差があります。そして、号令を出す事によって誰がリーダーなのかを明確にするのです」
「そう、だな」
食事を受け取る為のカウンターの前に立つ。
ここが食堂の中で一番目立つ。
「みんな聞いて欲しい」
僕の声は決して大きくはない。
それでも勇者として活動してきたおかげかみんなの注目を集めることができた。
正直言って逃げ出したい気持ちで一杯だった。それでも真の勇者として選ばれてしまった以上、僕がやらなければならない。
「僕たちはこれから危険な戦いへと赴かなければならない。中には犠牲になってしまう者もいるかもしれない」
みんなの心の中に犠牲になった4人が思い起こされる。
会話もした事がないような相手だから顔を思い出せないが、食堂で全員が集まった時にチラッと見た事はあった。
「それでも、この世界にいる人を守る為に僕たちの力が必要とされている。力ない人の為に力を尽くそうじゃないか。そして、犠牲になってしまった4人には申し訳ないが、ここにいる全員だけでも生きて元の世界に帰ろう」
僕も本当なら戦いなんてしたくない。
けれども僕の力が求められているなら人々の為に使いたい。
「ああ、そうだなここで怯えていたって始まらないんだ。俺たちの力なら魔王軍なんて雑魚だぜ」
一人が声を上げれば全体へ広がって行く。
「さすがは真の勇者様ですね」
騎士の一人が近付いて来る。
これから彼の説明を受けて戦場へ向かう事になっている。
「これからよろしくお願いします」
「いえ、私の祖国を救って頂くのですからこれぐらいは当然です」
☆ ☆ ☆
「どうでしたか勇者は?」
勇者たちの様子を眺めていた私の許へ部下が近付いて来る。
たしか外交関係を担当していた部下だったはずだ。今は外交で頭を悩まされる問題が発生している最中だっただけによく顔を合わせている。
「あれは子供だな。あんな子供に頼らなければならないとは……」
なかなか思い通りにならない。
レベル上げも効率的な方法をこちらから教えようとしていたのだが、子供故に反発的な者が多く、これから大きな戦いへ赴こうというのに集団にまとまりがなく頼りない真の勇者にまとめ役になるよう言わなければならなかった。
私の仕事は召喚して終わり、とはならなかった。
過去にいた勇者の担当者はどうしていたのか知りたいぐらいだ。
「それで、何の用だ?」
これから色々と詰めなければならない案件が山のようにある。
外交――明確な証拠もないにも関わらず周辺国に喧伝するように『前回魔王軍の中でも最強だった魔族パラードの封印を解いた犯人の処刑』をデュームル聖国は流している。
明確な証拠はないので賠償などは必要ない。
だが、周辺国からは非難が次々と舞い込んでいる。
それらの問題に関しては目の前の彼に一任している。
「緊急の案件でなければ後で……」
「王剣の所在が分かりました」
「なに!?」
王剣――メグレーズ王国の国王だけが持つ事を許された宝剣。
本来なら宝物庫で眠っているはずの宝剣は忽然と姿を消していた。
もたらされた報告は緊急の案件だった。
「どこにあった!?」
「こちらを」
部下が渡して来たのはグランノース砦であった出来事の報告書だった。
その中でも注目するように言ったのは封印から目覚めた魔族パラードを倒した冒険者についての情報。
あの砦には封印を解いた工作員だけでなく、監視する為だけの人物も派遣していたので正確な情報が数日経った今では届いている。
「その人物が使っていたのは金色の紋様が刃に施され、銀色の翼のような装飾が付いた鍔、透き通る蒼い水晶の埋め込まれた柄……」
その先にも剣の特徴が描かれていたが間違いない。
王剣だ。
「今すぐにこいつらの身柄を抑えに行くぞ」
「残念ながら冒険者は既にデュームル聖国を旅立ったとの事です」
「では、犯人をみすみす見逃せ、と言うのか!?」
私の代でこのような恥を残すわけにはいかない。
必ず私の手で処刑しなければ気が済まない。
「この者たちの素性なら推測できております」
「ほう……」
「この報告をした人物は相手のステータスが確認できる【鑑定】スキルを所持していたので確認したそうです。ですが、相手の魔力が高いせいか【鑑定】が弾かれてしまい、確認できたのはスキルだけだそうです」
魔力が高い場合には相手のスキルを弾く場合がある。
だが、それが可能になるには比べようもないほどの差があった場合だけだ。
スキルだけしか覗けないなど新人とベテランでは済まされないほどの差がなければ不可能だ。
「王剣を所有していた人物についてはスキルすら確認できなかったそうですが、仲間が所有していたスキルは【錬金魔法】、【強化魔法】、【調合】です。さらに王剣所有者は、何もない所から王剣を取り出していた事から【収納魔法】の使い手ではないかと予想される、との事です」
「ちょっと待て」
【収納魔法】、【錬金魔法】、【強化魔法】、【調合】の4人組。
覚えのあるスキル構成だ。
「さらに言えば冒険者の4人組は勇者様たちと同年代の若者で、全員が黒髪だったとの事です」
「あいつらか」
私たちが使い物にならないからと捨てた4人組。
4人の遺体については魔物にでも喰われてしまったのか処分するように言っておいた騎士と一緒に大量の血痕だけを残して行方が分からなくなっていた。
実は、その4人が生きていた。
「王剣が盗まれたのは彼らが王城に滞在していた期間です」
盗み出した方法。
どうやって生き残っていたのか。
最強の魔族すら倒した方法。
色々と疑問は尽きないが、彼らが王剣を盗み出した犯人だと考えるのが一番合理的だった。
「犯人は分かった。問題は、彼らが城に戻って来る事もせずにどこへ行っているのかだな」
おそらく私たちの意図は知られてしまっている。
だからこそ戻って来ない。
「現在の居場所については分かりません。ですが、こちらから誘導する事は可能なはずです」
「どうするつもりだ?」
「魔王軍は勇者様を誘き出すつもりなのか目立つ動きをしています。おかげで、こちらも早々に魔王軍を見つける事ができましたが民衆にも知れ渡ってしまいました。おそらく迫る魔王軍に勇者様たちが対処しなければならない事は彼らの耳にも入っているでしょう。さすがに同郷の者が危険に晒されているなら駆け付けないわけにはいきません」
「なるほど」
それが最強の魔族すら倒せる力を持っているなら尚更だ。
「こちらは駆け付けた彼らが魔王軍を蹴散らして疲弊したところを捕縛すればいいだけです。諸々の事情は捕らえた後で聞き出すことにしましょう」
「すぐに部隊の編成をする」
私は部下の提案に乗る事にした。
居残り勇者は魔王軍との対決。
主人公組は王剣を盗み出した事がバレてしまった。




