第29話 聖国の次なる目的地
「こいつがお前たち所望のタイヤだ」
「おお!」
冒険者ギルドを訪れると約束通りにアルバンがタイヤを用意して待っていてくれていた。
用意されたタイヤは元の世界で見慣れたタイヤそのものだった。
「本当にタイヤの情報が正確に伝わっているんですね」
「そうだな。タイヤを再現する事もそうなんだが、アーマーボールを加工するのが大変だった。なにせ柔軟性はあるんだが、異常に頑丈なんで形を変えるのに技術が必要だった。だが、金貨10枚分の働きはしたと思うぞ」
完成したタイヤを叩いてみる。
たしかに頑丈な手応えが返って来た。
これなら日本の整備された道路と違って全く整備されていない悪路を走っても耐えてくれるだろう。
「ありがとうございます」
収納から車を取り出す。
ショウがタイヤをホイールに填め……サイズが違うせいで嵌められなかったので【錬金魔法】で調整する。
うん、問題なく嵌められたみたいだ。
そのまま残りのタイヤも嵌めて行く。
その光景を俺は収納から取り出した串焼きを食べながら眺めていた。
「おい、朝はちゃんと食ったのか?」
「ちゃんと食べましたよ」
2時間前にきちんと食べたばかりだ。
だが、お腹が空いてしまっては仕方ない。
「こんなのんびりとした奴が英雄様なんてな」
「英雄?」
「ギルドじゃ、お前らが魔族パラードを倒した話は既に有名だぞ」
「……! いつの間に……!」
思わず食べていた串焼きを喉に詰まらせそうになってしまった。
「砦であった戦いには冒険者だって参加していたんだ。怪我をしていた連中が治療の為に聖都に帰って来て何があったのか話を誇張させながら語っているんだよ」
噂が広がるにつれて尾ひれが付いて行くなんて話じゃない。
最初から盛られた状態で話が広がっている。
「大きくなった話の大半は適当なのかもしれないが、お前らが救世主様すら封印するしかなかった魔族を倒したって話だけは本当だって広まっている。帰って来た奴らは口々にお前らの事を英雄だって褒め称えているんだよ」
「英雄……」
「えへへ」
近くで話を聞いていたレイとハルナが照れている。
俺はそれどころではない。
「話はどんな風に広まっています? 具体的には俺たちについてどれだけ詳細な情報が広がっていますか?」
「スキルみたいな個人情報は広まっていない。だが、お前が剣で首を斬り落とした話や他のメンバーも武器については知られているみたいだな」
それだけなら問題なさそうだ。
俺たちの武器は、剣に槍、短剣、メイスだ。
冒険者のパーティとしては前衛に偏っているもののありふれている……武器が特徴的でなければ。
「やっべ」
パラードとの戦いでは強力な一撃が放てる王剣を使っていた。
王剣はさすがに特徴的すぎる。
話を聞いた者の中にメグレーズ王国出身の物がいれば俺たちの素性について気が付くかもしれない。
「ま、いっか」
既に自分の身は守れるだけの力は得ている。
今さらメグレーズ王国に追われたところでどうにでも対処できる。
2本目の串焼きを取り出して食べ始める。
「まだ食べるのかよ」
「ちょっと事情があってお腹が空いているんです」
「事情?」
「救世主様すら勝てなかった相手を倒せるほど強力なスキルに何のデメリットもないと本気でお考えですか?」
「……あるのか?」
顕著に出始めたのが昨日の夕食からだ。
いや、それ以前から兆候はあった。だが、関係ないだろうと無視していた。
「それが、2人分の食事をしても腹八分ぐらいなんですよ」
「へ?」
アルバンさんが目を丸くして驚いている。
最強の魔族すら倒せるスキルの代償が空腹感。
ちょっと間抜けな代償だ。
これまでにも1人分の食事をしてもお腹が空いている事が何度かあった。けれども体を動かしているせいで空腹になり易くなっているのだろうと事実から目を逸らしていた。
だが、昨日の夕食で2人分の食事をしても空腹感が収まらなかった事から目を逸らすわけにはいかなくなった。
俺の【収納魔法】は暴食らしく、無限に収納し、生物のステータスすらも取り込んでしまうほどの力を持っている代わりにステータスを底上げすればするほど食事にエネルギー摂取が必要になる。
これが意外に大変だ。
朝食に2人分以上の食事をして満腹感を得ても昼になる頃には空腹感を覚えるようになっているだろう。現に朝食を抑えたせいで空腹感を覚えてしまっている。
そんな食事を繰り返していれば食費が凄まじい事になる。
さすがにステータス2万はやりすぎだったらしく、空腹感がいきなり強くなってしまっていた。
「大丈夫なのか?」
「……大丈夫じゃないです」
食費をどうにかする為にも稼ぐ必要がある。
だが、食費を稼ぐ為にも収納内の物は手放せない。
「ま、お前ならどうにかやっていけるだろう」
「ええ、しばらくは大丈夫です」
ギルドを通して報奨金が出されている。
それに朝早くにギルドで待っていた騎士が収納した貴族二人の遺体を引き取りに来ていた。こんな権力が強いだけで低ステータスの人物を収納しても肥やしにしかならないので貴族の遺体を金貨10枚で、兵士の遺体を金貨1枚で交換させてもらった。
もう、死んでしまっているのでどうにもならないが、貴族として遺体がないまま死亡処理するのは問題だったらしく慌てた様子の親族が快くお金を出してくれた。
他にも戦場で得た素材を売り払った。
臨時収入もあったので、お金に困る事はしばらくないはずだ。
「それで、次はどこに行くんだ?」
「出て行ってもいいんですか?」
「最初からそのつもりだろう。」
魔王が復活した現状では国としては少しでも戦力は欲しいはずだ。
特に俺たちはフリーの異世界の勇者。
大金を払ってでも国に仕えて欲しいと聖王様も思っていてもおかしくない。
しかし、いくら金を積まれたところで全く興味がない。
俺たちの目的は元の世界に帰る事にしかない。
デュームル聖国に元の世界に帰る能力を持った魔法道具がない事は俺ではなく、救世主様が確認している。彼が生前に持っていた権力なら国中の魔法道具を確認する事ができた。それでも見つける事はできなかった。
結局、デュームル聖国にもなかった。
もう、この国にいる理由がない。
何より、苛立っていたとはいえやりすぎてしまった。
「子爵に公爵までやってしまったのは失敗でした。あの場にいた聖王様は仕方ないと笑ってくれるかもしれませんが、他の貴族連中はそうはいかないでしょう」
ちょっと怒らせただけで貴族すらも手に掛ける人物。
最悪、自分へ牙が向けられるかもしれない。
そんな風に思われている。
とてもではないが、そんな風に思われている人物のいる場所で仕えるつもりはない。
「とりあえず隣国に行って情報収集をしながら次の目的地を決めたいとおもいます」
幸いタイヤが手に入ったので移動はかなり楽になる。
「それなら耳寄りな情報があるぞ」
「なんです?」
「さすがに違う世界へ行く方法なんて知らないが、凄い魔法道具がたくさんある場所についてなら心当たりがある」
「聞きましょう」
アルバンさんから貴重な情報が貰えた。
次の目的地が決まった。
「――というわけなんだけど、いいかな?」
「行くのはいいけど、向こうで具体的に何をするつもりなの?」
「それは決まっていない」
しかし、目的もなく現地へ行くというのも旅の醍醐味である。
俺の返答にハルナが溜息を吐く。
「どっちにしろこの国に居続けるよりも情報が集めやすいだろうし、まずはその国へ行ってから決めましょうか」
「わたしも賛成です」
「こっちの出発準備は終わったぞ」
タイヤの装着が終わったショウが合流する。
いつでも発進できるようなので車を収納する。
さすがにこんな物を街中で使うわけにはいかない。
「じゃあ、行こうか」
食糧なんかの消耗品を補充したら次の目的地へ行こう。
ごめんなさい。俺が2人分食べるので収納してあった保存食だけじゃ足りないんです。
判明するチートスキルのデメリット。
聖国編は以上で終了です。
エピローグとプロローグを挟んで本格的に次章へ行きたいと思います。




