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第28話 ワールドギャップ

「――綴る」


 『聖典』が俺の手から離れて宙に浮くと俺の正面に移動する。

 誰も触れていない。にも関わらず『聖典』が一人でに開き、文章が描かれていた最後の頁まで捲られる。


 俺の正面に浮かんだ事で『聖典』が俺を使用者だと判断する。


「ここに我が足跡を記し、書となれ。我は旅人にして記録者なり」


 詠唱を終えると『聖典』の空白だった頁に次々と文字が描かれて行く。


 それは、これまでに俺が体験して来た出来事。

 日本語で描かれた日記が5分ほどかけて完成する。


「やっぱりダメか……」


 『聖典』に描かれた文章を読んで、『聖典』では元の世界へ帰る事ができない事が確認できた。

 元々、救世主が帰らなかった事から俺が『聖典』を使っても帰還ができない事は予想できていたし、理由も分かっていたので落ち込むようなことはない。


 ただし、別な理由で今すぐに塞ぎ込みたい。


「ダメだったのか?」

「ああ、残念だけど『聖典』の力じゃ足りなかった」


 『聖典』に描かれた内容をショウに見せる。

 帰れない理由について事前に説明していなかったが、読んですぐにショウもすぐに理由に思い当たった。


「たしか『聖典』の効果は、日記に描かれたある過去の地点まで時間を巻き戻す、だったよな」

「そうだ」

「なら、これだと『この世界に来た日』までしか巻き戻す事ができないのか」


 それが『聖典』では帰る事ができない理由。


「これは使用者の魔力を文字にする魔法道具だ。俺たちは元の世界にいた時、魔力なんて持っていなかった。おそらく召喚されてこの世界に来た時、初めて魔力を手にしたんだろう。だから、魔力を手にするまでの記録を記す事ができない」

「日記として文章が記されていなければ過去に戻る事もできない」


 過去に戻る道具の理想としては、召還された時間に召喚される場所にいないようする事だ。

 たったそれだけで召喚されるという事実をなかった事にする事ができたかもしれない。


 タイムパラドックスが起こる可能性については、救世主が何度も過去をやり直していた事から気にしていなかった。


 『聖典』を閉じる。

 使い道がなくなってしまったので返すことにしよう。


 ハルナが近付いて来て周りにいる兵士たちに聞こえない小さな声で呟く。


「厨二詠唱おつかれさま」

「だから人前で使いたくなかったんだよ」


 思わず肩を下げて落ち込んでしまう。


 俺たちが使っているスキルには詠唱がない。

 メグレーズ王国の王城にいた時、他の勇者の中にはスキルを使う為に詠唱を必要としていた者もいた。そして、詠唱が必要なスキルほど強力な効果を発揮してくれていた。


 その点、俺たちのスキルにはスキル名を呟く程度で長い詠唱を必要としている物はない。


 詠唱がなかった事からも俺たちのスキルが戦闘では役に立たないと判断されてしまった原因だったが、詠唱する事を考えると【収納魔法】で良かったと思える。

 こんな恥ずかしい詠唱を何度もしていれば悶死してしまいそうだ。

 “我”とか言ってしまって恥ずかしい。


「今のが『聖典』の使用に必要な詠唱か」

「そうです」


 聖王様が興奮した様子で近付いて来る。


「伝承にあった通りだ」

「伝承?」

「聖王家には救世主様が『聖典』を使っていた様子は細かく伝えられている。もちろん『聖典』使用時に詠唱をしていた事も伝えられているし、詠唱の内容も一言一句変わらずに伝わっている。それでも今のように『聖典』が宙に浮くような事すらなかった」

「それは発音の問題ですよ」

「発音?」


 正確には言語の問題かな。


「――綴る。これがどのように聞こえますか?」

「――綴る。だろう?」


 二人とも同じ言葉を同じように発している。

 しかし、俺と聖王様との大きな隔たりがある。


「俺たちは異世界から召喚された時にコミュニケーションに問題が無いよう『言語理解』のスキルが与えられています。俺は詠唱する時に故郷で使われていた日本語で発音していますが、聖王様はこの世界――ポラリスの言葉で発音しています」


 お互いに慣れ親しんだ言語で聞こえる。

 おかげで同じ発音をしているように聞こえても全く違った言葉を発している事になっている。


「では、今まで誰も使えなかったのは……」

「単純に日本語を話せなかったからですね」


 ガクッと肩を落としている。


「だが、日本語を覚える事ができれば……」

「それも難しいですね」


 そもそも発音する方法を教える手段がない。

 発音に関しては正しい発音を知っている人間が言って教えるしかないのだが、どれだけ日本語で語り掛けたところで全ての言語が翻訳された状態で伝わってしまうので正しい発音を伝える事ができない。

 発音の方法を文章にしても正しくは伝わらない。


「それでは、聖王家に伝わる詠唱は……」

「正しい事は正しいんでしょう。ただ正しく発音する為には日本語を学ぶ必要があります」

「正しい詠唱が3つとも正確に伝わっているというのにこの世界の人間では唱える事が誰もできないとは……!」


 本当に悔しがっているみたいだ。


 俺としては他の詠唱――過去を記した文章を映像化する能力と過去へ移動する方の詠唱をしなくてホッとしている。なにせ2つとも文章にする時以上に長い詠唱と恥ずかしい詠唱を要求される。

 何度も唱えていられない。

 下手に要求される前に帰る事を希望する。


 聖王様は悔しがってはいるみたいだけど、詠唱の内容を恥ずかしいとは思っていないみたいだ。


 リアルにファンタジーな世界では詠唱が普通に行われている。俺たちにとっては恥ずかしい内容の詠唱でもこの世界の人たちにとっては普通の事らしい。

 これがワールドギャップといったところか。


「これはお返しします」

「あ、ああ……」


 放心した様子の聖王様に『聖典』を渡す。

 俺がさっさと収納を経由して元の場所に戻してもいいのだが、こうして聖王様に手渡す事できちんと返したという事を認識させる。


 これで約束は果たした事になる。

 国の危機を救う代わりに国宝をちょっとだけ使わせてもらう。


 誰からも文句は……


「きさま……!」


 マゴット公爵が剣を抜いていた。

 剣には不必要なほど装飾が施されており、実用的な武器には思えなかった。


「さっきの兵士を見ていなかったんですか? この場で剣を抜いて俺の前に立つという事がどういう事なのかよく考えたうえで行動して下さい」

「よく考えなくても分かる。国宝である『聖典』を勝手に使用した。処刑されても文句の言えない状況だ」

「……こっちは国の危機を救っていますし、侯爵だけじゃなくて聖王様からも許可を貰っての行動なんですから文句があるなら許可を出した事に対して文句を言って下さいよ……」


 もう面倒くさくなって来た。

 こいつの目的は俺の『聖典』使用を問い詰めることではなく、俺みたいな存在に対して使用許可を出した事を追及して聖王様の権威を貶めるのが目的みたいだ。


「こんな事を言っていますが、俺に出した使用許可は間違いだったんですか?」

「いや、たしかに私は使用許可を出した」

「では、俺には責任はありませんね。これからの事も考えないといけないので宿に帰りたいんです。これ以上は敵対した者全員を敵と見做します」


 少しばかり凄みながら言うと兵士の何人かが下がる。


「兵士の諸君に問う。君たちは公爵と聖王である私のどちらの命令に従うつもりだ。これ以上、公爵の命令に従うというのなら反逆罪を適用しなければならない」


 反逆罪。

 その言葉にとうとう兵士が手から武器を落とす。


「ええい、何をやっている!」


 武器を落とす姿を見たクローシュ子爵が兵士の落とした武器を拾う。


「武器を拾う。敵対する意思ありと見做します」

「へぷっ!?」


 変な声を上げるクローシュ子爵の首を掴んでステータス任せに180度回転させる。

 あまり人には見せられない姿になってしまったのでさっさと死体を収納する。


「きさま何をしたのか分かっているのか!?」


 すぐ傍にいたマゴット公爵にはクローシュ子爵の最期が見えた。


「きさまが手に掛けたのは子爵だぞ」

「分かっていないのはあなたの方だ」

「なに!?」

「俺は元の世界に帰る方法を探して旅をしている。それは、こんな世界に勝手に連れて来られたからだ。この世界の人は、本来なら全力で元の世界に帰る事に対して全力で協力しなければならないとまで考えている。それができなくても俺の旅を邪魔する権利は誰にもない。こうして邪魔をしている時点であんたには容赦するつもりはない。そして最後通告を無視した」


 今も敵対して目の前に立っている。

 邪魔した事を謝罪する為に道を譲るぐらいでなければ許されない。


「な、何をしている早くこいつを……!」


 今さらながらどんな奴を相手にしているのか分かったらしく震えながら俺を倒すよう指示を出す。

 だが、色々な意味で遅い行動。


 そして間違っている。


「収納」


 上半身と下半身に分かれると血で床を汚す前に収納する。


『聖典』では元の世界に帰れませんでした。

次の魔法道具に期待しましょう。

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― 新着の感想 ―
[一言] せめて初日に帰れば……とも思ったけどそこまで後悔することも無かったか
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